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脳細胞の源、神経幹細胞が生まれる仕組みの一端を解明 ―神経幹細胞を生みだすDNAの「脱メチル化」を初めて解明― ―ES細胞やiPS細胞を用いた神経細胞の作製技術の改良に期待―

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内容

再生医療の鍵を握るとして注目される幹細胞。すべての脳細胞の源となる神経幹細胞は、どのように出来るのでしょうか?今回、自然科学研究機構・生理学研究所の等 誠司(ひとし せいじ)准教授らの研究グループは、脳の全ての細胞の起源である神経幹細胞が生まれる際に、DNAの「脱メチル化」が起きることを世界で初めて示しました。ES細胞やiPS細胞を用いて神経細胞を作る際にも、この分子メカニズムが働いていると推定され、効率的な神経細胞の作製技術の進歩に期待できる研究成果です。英国科学誌のNature(ネーチャー)姉妹誌であるNature Neuroscience(米国・7月17日電子版)に掲載されます。

細胞が持つDNAには全ての遺伝子(ゲノム)情報が書き込まれていますが、細胞ごとの特徴に応じて必要な情報とそうでない情報が選り分けられて、不必要な情報は言わば「糊付け」によって隠されています。この「糊付け」を「DNAのメチル化」と呼んでいます。逆に必要な情報を取りだすためには、DNAの糊付けをはがす(メチル化を取り去るので「脱メチル化」と呼ぶ、図1)必要があります。等准教授の研究グループは今回、GCM(Glial cells missing)と呼ばれる遺伝子が働くと、この「DNAの脱メチル化」が起きることを世界で初めて証明しました(図2)。神経細胞が出来る前の胎児でGCM遺伝子が働くと、Hes5(ヘス・ファイブ)という別の遺伝子の「糊付け」がはがれ、Hes5遺伝子が活性化されます。そして、Hes5遺伝子が活性化することにより、脳の全ての細胞の起源である神経幹細胞が生まれることを解明しました。実際、GCM遺伝子がない遺伝子改変マウスでは、Hes5遺伝子が活性化されず、神経幹細胞が出来にくくなっていました(図3)。

等准教授は「神経細胞が生まれる際に、“脱メチル化”と呼ばれる分子メカニズムが関与していることを世界で初めて証明できた。ES細胞やiPS細胞を用いて神経細胞を生みだす際にも、この分子メカニズムは重要だと推定される。効率のよい神経細胞の作製技術の開発に役立てられるのでは」と語っています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。また、本研究は、東京大学・加藤茂明教授、理化学研究所・細谷俊彦チームリーダー、情報システム研究機構・堀田凱樹前機構長との共同研究の成果です。

今回の発見

1)全ての脳細胞の源である神経幹細胞が出来る際に、DNAの「脱メチル化」(DNAの「糊付け」を剥がす作用)が起きることを世界で初めて証明しました。
2)DNAの脱メチル化は、GCM(Glial cells missing)と呼ばれる遺伝子の働きによるものでした。
3)GCM遺伝子による脱メチル化作用で、Hes5(ヘス・ファイブ)という別の遺伝子の「糊付け」がはがれ、Hes5遺伝子が活性化されるようになり、効率よく神経幹細胞になることができることが分かりました。

図1

全ての脳細胞の源、神経幹細胞を生みだす仕組み

 

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神経細胞やグリア細胞といった全ての脳細胞の源である神経幹細胞。今回の研究でこの神経幹細胞は、神経の出来る前の細胞のDNAの“糊づけ”を剥がすこと(脱メチル化)で効率よく生み出されることを明らかにしました。

図2

DNAの“糊付け”をはぎ取る仕組み(脱メチル化)

 

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神経の出来る前の細胞のDNAでは、糊付けされてしまっている部分があり、神経幹細胞に重要なHes5遺伝子が上手く働くことができません。ここでGCM遺伝子が働くと、この糊付けを取り去ることができることがわかりました(脱メチル化)。これによって、幹細胞の細胞内信号として重要なNotch(ノッチ)シグナルの働きで、Hes5遺伝子が活性化することが可能となり、神経幹細胞として働くことができることが分かりました。

※ Notch(ノッチ)シグナル とは?
① 神経幹細胞に限らず、幹細胞の保持(自己複製能)に深くかかわっている細胞内の信号です。つまり、これによって、神経幹細胞が神経幹細胞でいられることができます。
② 幹細胞の自己複製能とは、幹細胞が様々な細胞に変化できる能力を保ったまま、動物の一生にわたって維持されることです。
③ たとえば、アルツハイマー病の治療薬として期待されているガンマセクレターゼ阻害剤も、ノッチシグナル活性を変化させます。

図3

GCM遺伝子がないと神経幹細胞が上手に作れない

 

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「脱メチル化」をすすめるGCM遺伝子がない遺伝子改変マウスでは、Hes5遺伝子が活性化できません(上図、右)。したがって、GCM遺伝子がない場合には、上手に神経幹細胞が作れないことがわかりました(下図、右、神経幹細胞の数が減っている)。

この研究の社会的意義

1.ES細胞やiPS細胞から効率よく神経幹細胞を作る技術の開発へ期待
 ES細胞やiPS細胞といったあらゆる細胞になることができる多能性幹細胞から脳細胞が出来る際にも、全ての脳細胞の源となる神経幹細胞となることが知られています(図4)。今回の研究で、この際、DNAの「糊づけ」を剥がす「脱メチル化」が進むと、効率よく神経幹細胞ができることを初めて証明しました。今回の分子メカニズムを応用して、ES細胞やiPS細胞から効率よく神経幹細胞をつくり、神経細胞やグリア細胞などのあらゆる脳細胞を作り出すことができるものと期待されます。

 

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論文情報

Mammalian glial cells missing genes induce Hes5 expression by active DNA demethylation and induce neural stem cell generation
Seiji Hitoshi,Yugo Ishino, Akhilesh Kumar, Salma Jasmine, Kenji F. Tanaka, Takeshi Kondo, Shigeaki Kato, Toshihiko Hosoya, Yoshiki Hotta, Kazuhiro Ikenaka
Nature Neurosciece 7月17日号(米国・電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然然科学研究機構 生理学研究所
准教授 等 誠司(ヒトシ セイジ)
Tel:0564-59-5246  Fax:0564-59-5247 
E-mail:shitoshi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp


 



 

 

 


光スイッチでマウスのノンレム睡眠誘導に成功 ―脳のオレキシン神経細胞の活動を光スイッチ遺伝子改変技術で操作―

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内容

特殊な光感受性センサー・タンパク質を遺伝子導入することで、光を使って神経の活動をコントロールする「光スイッチ(光操作)」技術が昨今注目されています。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の山中章弘准教授と常松友美研究員らは、ハロロドプシンという光感受性センサーを用いて、光スイッチをオンしたときに、マウスの脳(視床下部)のオレキシン神経の活動だけを抑えることに成功しました。これによって、光のオン・オフにしたがってマウスの睡眠・覚醒を操作することに成功し、このマウスは光を当てたときだけ徐波睡眠(ノンレム睡眠)になりました。2011年7月20日(米国東部時間)発行の米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)」で報告されます。

これまでにも、オレキシン神経が脳の覚醒に関わっていることは知られていましたが、覚醒に関わるオレキシン神経の活動だけを短時間でも抑えた場合、実際に睡眠を誘導することができるのか?またどのような睡眠なのか?その詳細は分かっていませんでした。今回、オレンジ色の光を当てると神経の活動を抑えることができるハロロドプシンと呼ばれる光感受性センサー・タンパク質をオレキシン神経細胞に遺伝子導入したマウスを作製しました(図1)。このマウスを用いて光スイッチでオレキシン神経の活動を1分間だけ抑制したところ、睡眠を人工的に誘導することに成功しました。睡眠には夢をみるレム睡眠と深い眠りのノンレム睡眠がありますが、今回の睡眠は特にこのうちノンレム睡眠だけを選択的に誘導していました(図2)。

山中准教授は「例えば、ナルコレプシーという睡眠異常の病気では、オレキシン神経が長期的になくなることが原因で、突然の睡眠発作や脱力発作が引き起こされます。今回のマウスでは、光スイッチでオレキシン神経の活動を短時間(1分間)だけ抑制することで、ナルコレプシーと同じような睡眠発作を再現することができました。しかし、誘導できる睡眠はノンレム睡眠のみで、ナルコレプシーで特徴的と言われる突然のレム睡眠や脱力発作は引き起こさないなどの点で違いもありました。こうした違いを調べることがナルコレプシーを引き起こす神経回路の病態の解明につながると期待しています」と話しています。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳神経回路の形成・動作と制御」研究領域(研究総括:村上 富士夫 大阪大学 大学院生命機能研究科 研究科長)における研究課題「本能機能を司る視床下部神経回路操作と行動制御」(研究代表者:山中 章弘)の一環として行われました。

今回の発見

1.光感受性センサー・タンパク質であるハロロドプシンを脳(視床下部)のオレキシン神経にだけ遺伝子導入したマウスを作製しました。
2.オレキシン神経に導入したハロロドプシンを、光ファイバーを使ってオレンジ色の光で刺激したところ、オレキシン神経の活動が光を当てた間だけ抑制されました。
3.オレキシン神経の活動を光で短時間(1分間)抑制すると、その遺伝子改変マウスはノンレム睡眠になりました。

図1

光感受性センサー・ハロロドプシンの遺伝子導入でオレキシン神経の活動を光で操作

 

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光感受性センサー・タンパク質であるハロロドプシンは、オレンジ色の光を当てると塩素イオン(Cl-)を細胞の中に取り込み神経細胞の活動を抑えることができます。このハロロドプシンをオレキシン神経細胞にだけ遺伝子導入したマウスで、オレキシン神経の電気活動をオレンジ色の光を当てた時だけ抑えることに成功しました。

図2

光スイッチによってマウスの徐波睡眠(ノンレム睡眠)を誘導

 

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オレキシン神経にハロロドプシンを遺伝子導入したマウスでは、光ファイバーを使ってオレンジ色の光でそのハロロドプシンを刺激してオレキシン神経を抑制したところ、少しずつ脳波が徐波に向かい、それと同時に筋肉の電気活動が弱まっていき、ノンレム睡眠の状態になりました。つまり、光スイッチ・オンで、オレキシン神経の活動を抑えたところ、ノンレム睡眠が人工的に誘導されました。

この研究の社会的意義

オレキシン神経細胞の異常:ナルコレプシーの病態解明に期待
オレキシン神経が長期的になくなることによって、ナルコレプシーという睡眠異常・脱力発作の病気になることが知られています。ナルコレプシーは、10~30代で、1000人に1人の割合で起こるとも言われています。今回オレキシン神経を光スイッチで短時間(1分間)だけ抑制すると、ナルコレプシーと同様に、突然睡眠する症状が見られました。しかし、ナルコレプシーでは突然のレム睡眠や脱力発作が見られますが、今回オレキシン神経の活動を低下させただけでは、ノンレム睡眠を誘導することはできてもレム睡眠や突然の脱力発作を誘導することはできませんでした。この違いを手掛かりにして、オレキシン神経が長期的になくなった場合に起きるナルコレプシーの病態のメカニズムと神経回路の変化についての解明が進むものと期待されます。

補足説明

 光操作法(光スイッチ)とは?
光感受性センサー・タンパク質を神経細胞に遺伝子導入し、光によって生体を傷つけることなくその活動を操作する方法です。例えば、チャネルロドプシンと呼ばれるタンパク質の遺伝子導入では神経細胞を青色の光で興奮させることができます。また、今回用いられたハロロドプシンではオレンジ色の光で神経活動を抑制することができます。
詳細については、「せいりけんニュース」20号で解説していますので、ご参照ください
(生理学研究所ホームページ: http://www.nips.ac.jp/nipsquare/sknews/backnumber/docs/sn20.pdf より)。

論文情報

Acute optogenetic silencing of orexin/hypocretin neurons induces slow wave sleep in mice
Tomomi Tsunematsu, Thomas S. Kilduff, Edward S. Boyden, Satoru Takahashi, Makoto Tominaga, Akihiro Yamanaka
米国神経科学会雑誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)2011年7月20日号(電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
山中 章弘 (ヤマナカ アキヒロ)
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門 准教授
TEL 0564-59-5287、FAX 0564-59-5285
E-mail: yamank@nips.ac.jp

<JSTの事業に関すること>
原口 亮治 (ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
TEL 03-3512-3525、FAX 03-3222-2067
E-mail: presto@jst.go.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp

科学技術振興機構 広報ポータル部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
TEL 03-5214-8404、FAX 03-5214-8432
E-mail: jstkoho@jst.go.jp


 

 

 


 

最先端の電子顕微鏡技術で神経細胞の微細な突起構造の3D立体画像構築に成功 ―神経細胞の突起の太さによって信号の受け取り方を調整するメカニズムを解明― ―「遠い信号はより受け取りやすく、近くの信号はそれなりに」―

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内容

脳の中の神経細胞は、電気信号を伝える電線の役割をはたしています。この電線が、さまざまなつなぎ目(シナプス)をもってつながることで、脳の様々な機能が生まれています。一つの神経細胞も、その突起上のたくさんのシナプスで信号を受け取り、その電気信号を統合して機能を生み出しています。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の窪田芳之准教授らの研究チームは、この神経細胞の微細な突起構造の特徴を、最先端の電子顕微鏡技術を駆使して明らかにしました。神経細胞は突起の形状によって「遠い信号はより受け取りやすく、近くの信号はそれなりに」均一化されて受けとることができる仕組みを持っていることを見出しました。英国ネーチャー(Nature)誌の姉妹誌であるサイエンティフィック・レポート(Scientific Reports)誌に掲載されます(2011年9月13日電子版)。

研究チームが注目したのは、脳の大脳皮質にある4種類の神経細胞(大脳皮質の非錐体細胞)。神経細胞は樹状突起と呼ばれる突起で他の神経細胞から信号をうけとります。この樹状突起の正確な構造を最先端の電子顕微鏡技術を駆使して連続的に撮影し、その3D立体構造を正確にコンピューター上で再構築することに成功しました。これによれば、樹状突起の形状にはいくつかの普遍ルールがあり、遠くの信号を伝える樹状突起はより太く、より信号を伝えやすいように工夫されていることがわかりました。

窪田准教授は「今回の電子顕微鏡による立体再構築技術は他の神経細胞に応用することもできます。たとえば、統合失調症、自閉症、うつ病、老年性痴呆症等をはじめとする各種の脳変性疾患によって樹状突起の微細な形状がどのように変化するのか分かれば、その病態解明にも貢献する可能性が考えられます」と期待をよせています。

本研究は文部科学省・科学研究費補助金による支援をうけて行われました。また、本研究成果の一部はJST戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究領域「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(研究総括:小澤 瀞司 高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)における研究課題「大脳領域間結合と局所回路網の統合的解析 」により得られました。
※なお、2011年11月5日の生理学研究所一般公開では、この最先端の電子顕微鏡技術で明らかにした樹状突起の微細構造の3D立体画像をお土産に差し上げます。

今回の発見

1.最先端の電子顕微鏡技術で連続的に神経細胞の微細な樹状突起構造を撮影し、3D立体画像構築に成功しました。
2.脳の大脳皮質の4種類の神経細胞(非錐体細胞)では、樹状突起の太さを決めるいくつかの普遍的なルールがあることを明らかにしました。
3.この樹状突起の太さのルールによって、「遠くの信号はより受け取りやすく、近くの信号はそれなりに」均一化されて受け取る仕組みがあることがわかりました。

図1

4種類の神経細胞の形と最先端の電子顕微鏡技術による3D立体画像構築

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脳の大脳皮質の4種類の神経細胞(非錐体神経細胞)の連続的な電子顕微鏡写真から、コンピューター上で正確に樹状突起の微細構造を3D立体画像として再構築することに成功しました。

※最先端の電子顕微鏡技術とは?
 今回の実験では、生理研の誇る世界有数の連続切片・透過型電子顕微鏡(TEM)技術と、新型の集束イオンビーム - 走査型電子顕微鏡装置(FIB-SEMクロスビーム装置)(ドイツとの共同研究)を用いて実験を行いました。

図2

樹状突起の微細構造(360度回転画像とステレオグラム)

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1マイクロメートル(1mmの千分の一)よりも細かい解像度で3D立体構築することによって、微細な樹状突起の太さの違いなど、突起の形状の詳細を明らかにすることができました。下の図は、ステレオグラムになっています。左の絵を右目、右の絵を左目で見る交差法をつかうと、こちら側に飛び出して立体に見えます。

※今回発見した樹状突起の太さの「普遍ルール」
(a) 樹状突起の太さは、先端方向にある全ての樹状突起の長さの総和に比例する。「長ければ長いほど太い」
(b) 樹状突起の分岐部で、親樹状突起の断面積は2つの娘樹状突起の断面積の和になる。
「分岐すると約半分の太さに」
(c) 樹状突起の断面は正円ではなくていびつな楕円形である。

図3 

遠くても近くても、神経細胞が受け取る信号の大きさは均一化される

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 上述した「普遍ルール」によって、遠くの信号をうけとる樹状突起はより太くなっていました。これによって、「遠くの信号はより受け取りやすく、近くの信号はそれなりに」均一化されて受け取る仕組みがあり、神経細胞の細胞体ではほとんど同じ大きさの信号となることがわかりました。

※ここでいう“信号”とは電気信号です。樹状突起の太さが太いほど抵抗が低くなり、電気信号も伝わりやすくなります。

図4

“遠くの信号は受け取りやすく、近くの信号はそれなりに“

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遠くの信号をとらえる樹状突起は太くなっており、より信号を受け取りやすくなっていることがわかりました。

この研究の社会的意義

1.脳変性疾患による神経細胞の形態異常の解明にも活用
今回の電子顕微鏡による立体再構築技術は他の神経細胞に応用することもできます。たとえば、統合失調症、自閉症、うつ病、老年性痴呆症等をはじめとする各種の脳変性疾患によって樹状突起の微細な形状がどのように変化するのか分かれば、その病態解明にも貢献する可能性が考えられます。これらの疾病は、正常な信号の伝達ができないことが原因と考えられていますが、樹状突起の形態異常が影響を与えているかもしれません。将来的には、これらの疾病のモデル動物や死後の患者の神経細胞の形態を、本研究と同様に正確に測定解析する事で、これらの病気の本質解明に一つの灯明をともすかもしれません。

論文情報

Conserved properties of dendritic trees in four cortical interneuron subtypes
Yoshiyuki Kubota, Fuyuki Karube, Masaki Nomura, Allan T. Gulledge, Atsushi Mochizuki, Andreas Schertel and Yasuo Kawaguchi
Scientific Reports, 2011年9月13日電子版

※Scientific Reportsは、本年新しく発行された英国Nature誌の姉妹誌で、玄人好みする非常に優れた論文を電子版のみで紹介するオンライン雑誌です。

お問い合わせ先

<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
准教授 窪田 芳之 (クボタ ヨシユキ)
Tel: 0564-59-5282   FAX: 0564-59-5284 
E-mail: yoshiy@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
pub-adm@nips.ac.jp

 

"元気・やる気"がリハビリテーションによる運動機能回復と関連することを脳科学的に証明

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内容

 脊髄損傷や脳梗塞の患者のリハビリテーションでは、モチベーションを高く持つと回復効果が高いことが、これまで経験的に臨床の現場で知られていました。しかし、実際に脳科学的に、モチベーションと運動機能回復がどのように結び付いているのかは解明されていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の西村幸男准教授・伊佐正教授 と、理化学研究所・分子イメージング科学研究センターの尾上浩隆チームリーダー、ならびに、浜松ホトニクス・中央研究所・PETセンターの塚田秀夫センター長の共同研究チームは、脊髄損傷後のサルの運動機能回復リハビリテーションにおいては、運動機能回復が進めば進むほど、モチベーションをつかさどる脳の部位と運動機能回復をつかさどる脳の部位の活動の間に強い関連性が生まれることを明らかにしました。この研究結果から、“元気・やる気”をつかさどる脳の働きを活発にすることで、脳神経障害患者の運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられます。本研究成果は、米国科学誌のプロス・ワンに掲載されます(9月28日電子版掲載)。

 研究チームが注目したのは、脊髄損傷を起こしてリハビリテーション中のサルの、情動をつかさどる脳の神経回路である“大脳辺縁系”です。その中には、”側坐核”といったモチベーションと関係する脳の部位を含んでいます。この脳の部位の活動を、ポジトロン断層法(positron emission tomography;PET)を用いて調べたところ、リハビリテーションによって運動機能回復が進めば進むほど、大脳辺縁系の脳の活動と運動機能をつかさどる脳の部位(大脳皮質運動野)の活動に強い関連が見られることが分かりました。研究チームはさらに脳の他の部位も調べたところ、前頭葉の眼窩前頭皮質といった情動と関連する他の脳の部位との関連性も、運動機能回復によって高まっていくことを明らかにしました。

西村准教授は「実際、運動機能回復のためのリハビリテーションにおいては、神経損傷後のうつ症状は運動機能回復の妨げになっていました。今回の実験結果から、リハビリテーションにおいては、運動機能に着目するばかりではなく、精神神経科の先生を加えた心のケアやサポートが重要であるといえます」と話しています。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人 光男 (株) 国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピューターインターフェイス」(研究代表者:西村 幸男)の一環として行われました。

今回の発見

脊髄損傷後のリハビリテーションによって運動機能回復期にあるサルの脳の活動を、ポジトロン断層法(PET)を用いて調べたところ、モチベーションや情動をつかさどる脳の部位、たとえば大脳辺縁系(腹側線条体、含む)等と、大脳皮質運動野の活動の関連性が高まっていました。

図1

脊髄損傷を起こしたサルもリハビリテーションによって指の運動機能が回復する

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脊髄損傷を起こしたサルは、損傷直後は、親指と人差し指をうまく使うことができず、食物をつまめませんが、リハビリテーションによって3ヵ月後には指先が自由に動くようになり、筒の中の食物を取ることが可能となります。

※参考(2007年12月14日の本研究チームのプレスリリース)
脊髄損傷からの機能回復 -“脳の働き”をサルで解明-
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2007/12/post-44.html

図2

運動機能回復期の脳の活動とその関連性

<PETによる断層像>
nishimura-2.jpg
リハビリテーションによって指の運動機能の回復期にあるサルの脳のPETによる断層像(損傷前と比較)。損傷前は大脳辺縁系(側坐核、眼窩前頭皮質、帯状回等)の活動が高まっても大脳皮質運動野の活動とは関連していません。しかし、脊髄損傷による運動機能障害がリハビリテーションで回復した後には、運動機能をつかさどる大脳皮質運動野の活動の高まりとともに、大脳辺縁系の活動の高まりがみられます。写真は、左から右へ、鼻側(前側)から後頭部側(後側)の脳の断層像。

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脊髄損傷後の運動機能回復期においては、運動機能をつかさどる神経回路である大脳皮質運動野の活動が高まるとともに、大脳辺縁系など、“元気・やる気”といったモチベーションや情動を担う脳の部位の活動が高まることが分かりました。また、運動機能回復期においては、運動野とこれらの情動を担う脳の部位の活動が、強い関連性を持つことが分かりました。脊髄損傷前は、こうした大脳辺縁系(側坐核、眼窩前頭皮質、帯状回など)の活動の高まりと、運動野の活動との関連性は見られませんでした。

この研究の社会的意義

“元気・やる気”がリハビリテーションによる運動機能回復を効果的に促す
今回の研究結果から、“元気・やる気”をつかさどる脳の働きが活発になることで、脳神経障害からの運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられます。実際、運動機能回復のためのリハビリテーションにおいては、神経損傷後のうつ症状は運動機能回復の妨げになっていました。リハビリテーションにおいては、運動機能に着目するばかりではなく、精神神経科の先生を加えた心のケアやサポートが重要であるといえます。精神状態を良くする事で、二次的に運動機能回復につながることが示唆されます。

論文情報

Neural substrates for the motivational regulation of motor recovery after spinal-cord injury
Yukio Nishimura, Hirotaka Onoe, Kayo Onoe, Yosuke Morichika, Hideo Tsukada & Tadashi Isa
プロス・ワン PLoS One, 2011年9月28日号(電子版)

お問い合わせ先

<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
准教授 西村 幸男 (ニシムラ ユキオ)(※9月27日午後より海外出張)
Tel: 0564-55-7766   FAX: 0564-55-7766 
E-mail: yukio@nips.ac.jp

教授 伊佐 正 (イサ タダシ)
Tel:0564-55-7761 Fax:0564-55-7766 
E-mail:tisa@nips.ac.jp

独立行政法人理化学研究所 分子イメージング科学研究センター
分子プローブ機能評価研究チーム チームリーダー 尾上 浩隆 (オノエ ヒロタカ)
TEL 078-304-7121  FAX 078-304-7123
E-mail: hiro.onoe@riken.jp

浜松ホトニクス株式会社
中央研究所PETセンター
PETセンター長 塚田 秀夫 (ツカダ ヒデオ)
Tel: 053-586-7111   FAX: 053-586-8075
E-mail: tsukada@crl.hpk.co.jp

<JSTの事業に関すること>
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(研究推進担当)
原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:presto@jst.go.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp

科学技術振興機構 広報ポータル部
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkoho@jst.go.jp

独立行政法人理化学研究所 分子イメージング科学研究センター
広報・サイエンスコミュニケーター 山岸 敦(ヤマギシ アツシ)
Tel: 078-304-7111 / Fax: 078-304-7112
E-mail:ayamagishi@riken.jp

浜松ホトニクス株式会社 広報グループ 
海野 賢二 (ウンノ ケンジ)
TEL 053-452-2141 FAX 053-456-7888 
E-mail:k-unno@hq.hpk.co.jp
 

生理学研究所 一般公開 2011  「見て聞いて感じてみよう!心と体の不思議」

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内容

 自然科学研究機構(岡崎)では、2011年11月5日(土曜日)に、一般公開を開催いたします。今年は、生理学研究所の研究テーマである人体と脳の不思議をより親しく知っていただくために、「見て聞いて感じてみよう!心と体の不思議」をテーマにいたしました。生理研の全ての研究室の研究内容を体験できる展示を中心に、様々な企画をたてています。とくに今回は特別企画として、日本生理学会と共催でシンポジウム「心と体の環境適応力」を開催します。宇宙飛行士・向井千秋さんの夫でもあり、エッセイストとしても活躍する向井万起男さんや、COP10で活躍した環境経済学者の香坂玲さんをお迎えしてのシンポジウムです。また、先着2000名様には、脳や体の中を立体的に覗くことができる生理研オリジナル“脳と体の3D画像”と3D Shot Camビューワー(タカラトミー)のお土産をさしあげます。場所は、生理学研究所の山手キャンパスと、岡崎コンファレンスセンターにて。入場無料・予約不要(※注:2つの企画のみ参加者募集中)ですので、多くの市民の皆さまにいらしていただければと思っております。

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日時: 2011年 11月 5日 土曜日 9:30-17:00(受付終了16:00)
場所:岡崎コンファレンスセンター および 生理研 山手キャンパス

名鉄・東岡崎駅から無料シャトルバス運行
JR岡崎駅より路線バス(名鉄バス)

3D Shot Camビューワー(タカラトミー)と生理研オリジナル3D画像のお土産もあるよ!


※国立大学フェスタ2011の一環として行われます。
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※あいちサイエンスフェスティバルのイベントとして登録しています。
一般公開の詳細については、生理研一般公開特設HPをご覧ください(http://www.nips.ac.jp/open/

タイ王国チュラロンコン大学薬学部との学術研究協力に関する協定締結

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内容

 生理学研究所は、タイ王国のチュラロンコン大学薬学部と、9月30日に、学術研究協力に関する協定を締結いたしました。チュラロンコン大学は1917年創設で学生数22,455人(加えて修士課程10,746人、博士課程2,394人と職員数8,096人)のタイ国最古で最大の大学で、タイ国内の各界に人材を輩出しています。このたび、生理学研究所より岡田泰伸所長ならびに伊佐正教授(生理学研究所研究総主幹)、さらにチュラロンコン大学薬学部よりPintip Pongpech(ピンチップ・ポンペック)薬学部長ならびにParkpoom Tengmnuay(パクプーム・テンニュエイ)副学部長の出席のもと、バンコク市内のチュラロンコン大学において締結式が執り行われました。これまでにも、伊佐正教授研究室を主として、多くの若手研究者と大学院生が同学部より生理学研究所に滞在して研究を行い、多くの成果を挙げてきました。とくに、脳神経系の作動原理とその物質的基盤に関する研究交流の促進に関する分野で、今後さらに研究交流の枠を拡大・発展させたいと考えています。調印式の前後に岡田所長と伊佐教授は大学を視察し、Pirom Kamolratanakul(ピロム・カモラタナクル)学長とも懇談し、今後の日泰の交流促進について意見交換を行いました。
協定の期間は当面5年間。今後、交流の枠を拡大し、大学院生や若手研究者の受け入れ等による活発な共同研究を推進していきたいと考えています。

チュラロン2shot.jpg

※参考資料 「Chulalongkorn大学と生理研との交流の歴史」

2003-2004年 Thongchai Sooksawate博士滞在、共同研究(生理研外国人研究員)
    その後13回にわたりー3か月の滞在を行い、その成果は今日までに
    PNAS1編、J Neurophysiol 1編、Eur J Neurosci 2編、Neurosci Res 1編
    さらに現在EJNに1編投稿中(いずれもSooksawate博士が1st author (equal
contribution含む)という成果として表れている

2005年10月―2008年9月 Penphimon Phongphanphanee氏が総研大国費留学生
同氏はその後非常勤研究員を経て2010年より特任助教(J Neuroscience誌に3編(うち2編は1st author))

2006年5月-9月Anusara Vattanajun氏(Phramongkutklao医科大学講師、Chulalongkorn大学研究生)が滞在(Eur J Neurosciに1編)

2010年6月―12月Aree Wanasuntronwong氏(CU大学院生)

2010年6月―12月、2011年3月―7月にOraphan Wanakhachornkrai氏(CU大学院生)が滞在して共同研究を行った。

一方、伊佐は2004年12月にChulalongkorn大学が主催して行ったIBRO Schoolの講師として2週間バンコクに滞在し、アジア地域の若手研究者の実験トレーニングに参加した。
また、2010年1月にもバンコクでのIBRO schoolにおいて講義を行った。

そのほか、Boonyong Tantisira、Mayuree Tantisira博士は数多く生理学研究所を訪問している。

今後は伊佐教授研究室(認知行動発達機構)だけでなく、南部教授研究室(生体システム研究部門)他でも若手研究者の交流を図りたい。
 

CU-NIPS覚書(2011.9.jpg

 

パーキンソン病の運動障害の原因となる脳の電気信号異常に新発見

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内容

自然科学研究機構・生理学研究所の南部篤(ナンブ・アツシ)教授の研究グループは、京都大学霊長類研究所の高田昌彦(タカダ・マサヒコ)教授らと共同で、パーキンソン病に関連する大脳基底核とよばれる脳の部位で見られる神経の電気信号の“発振”現象が、正常な神経の信号を邪魔することで、手足が動かしづらいなどの運動障害の原因となっていることを明らかにしました。さらに、研究グループは、パーキンソン病モデル動物(モデルザル)の大脳基底核の中の特定の細胞集団(視床下核)に薬物を注入し、この発振を一時的に止めることで、運動障害を緩解させることに成功しました。今回の研究成果は、欧州神経科学学会誌(European Journal of Neuroscience、2011年11月1日号電子版)に掲載されます。

 研究グループの橘吉寿(タチバナ・ヨシヒサ)助教は、パーキンソン病症状を示すモデルザルを用い、覚醒している状態での脳の中の大脳基底核の神経の電気信号をとらえることに成功しました。パーキンソン病モデルザルの大脳基底核では、正常ではみられない“発振”と呼ばれるリズムの異常がみられることがわかりました。こうした神経の電気信号のリズムの異常は、パーキンソン病で欠乏しているドーパミン(ドーパミン製剤:L-ドーパ)の投与によって消えることから、パーキンソン病においては、ドーパミンの欠乏によって大脳基底核内の神経回路で正常では見られない“発振”が生じ、本来の正常な運動指令の流れが阻害され、運動障害が発現しているのではないかと考えられました。
これまでに、電気信号のこうしたリズムの異常(発振)はヒトのパーキンソン病患者でも記録されていましたが、実際に発振と運動障害とが結びついていることを明確に示したのは初めてです。さらに、大脳基底核の中の特定の細胞集団(神経核)である視床下核に一時的にその機能を抑える薬物(ムシモール)を注入することで、発振が抑えられ、運動障害を緩解させることに成功しました。
 一方、研究グループの高良沙幸(タカラ・サユキ)研究員は、ニホンザルの大脳基底核の線条体と呼ばれる領域では、体の動き(運動)を指令する脳の一次運動野や補足運動野とよばれる領域からの神経の信号は、大脳基底核でごちゃまぜに調節されているのではなく、運動指令の種類ごとに別々に調節されていることを明らかにしました。つまり、線条体の障害の場所によっては、同じパーキンソン病でも異なる運動障害の症状を示す可能性が示唆されました(2011年9月号の米国生理学会神経生理学誌Journal of Neurophysiologyに発表)。
 南部教授は、「大脳基底核における神経の電気信号の異常を知ることによって、パーキンソン病でどうして運動が困難になり、手足が震えるような運動障害が生まれるのか、その病態の理解が進むものと考えられます。今回、神経の電気信号の異常である“発振”を抑えるために視床下核に抑制剤(ムシモール)を投与したところ運動障害の症状緩和がみられたように、こうした大脳基底核の病態の理解が進むことによって、新しい治療法の開発などに役立つものと期待されます」と話しています。

本研究は文部科学省・科学研究費補助金による支援をうけて行われました。

今回の発見

1.覚醒状態のパーキンソン病モデル動物(モデルザル)の大脳基底核では、正常では見られない神経の電気信号の“発振”現象が生じていました。これによって、正常な神経回路の信号が阻害され、運動障害があらわれているものと考えられました。
2.大脳基底核の中の特定の細胞集団(神経核)である視床下核に一時的にその機能を抑える薬物(ムシモール)を注入することによって、発振を抑止し、運動障害を緩解させることに成功しました。
3.大脳基底核の線条体では、脳の一次運動野や補足運動野とよばれる領域からの神経の信号は区別され、運動指令の種類ごとに別々に調節されていることがわかりました。

図1

大脳基底核とパーキンソン病との関連について

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大脳基底核は、脳の深部にある構造であり、手足を精密に動かすといった運動の調節を行っています。解剖学的には、大脳基底核の中には、線条体・視床下核・淡蒼球などが含まれています。さらに、大脳基底核の黒質は、ドーパミン細胞を含んでおり、パーキンソン病の運動障害の原因部位であることが分かっています。大脳基底核は、パーキンソン病の運動障害軽減を目的にして行われる脳外科手術である脳深部刺激療法の電気刺激対象部位でもあります。

過去の関連する生理研プレスリリース(2011年2月25日付):
「パーキンソン病など:脳深部の神経活動の異常、患者で初めて記録
―脳外科的治療法である脳深部刺激療法(DBS)の精度向上へ活用―」
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2011/02/dbs.html

図2

パーキンソン病モデルザルの大脳基底核でみられる神経の電気信号の“発振”

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今回、パーキンソン病モデルザルの大脳基底核(淡蒼球)から神経の電気信号を記録したところ、神経の電気信号が波打ってリズミカルに見られる“発振”現象が生じていることが分かりました。このような発振現象は、大脳基底核の他の部位(視床下核など)でもみられました。正常の大脳基底核では見られない現象です。

図3

大脳基底核(視床下核)にムシモールを投与したところ淡蒼球の“発振”が消失

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パーキンソン病モデルザルの大脳基底核の視床下核に、その機能を一次的に阻害する薬剤(ムシモール)を投与したところ、淡蒼球の“発振”が見られなくなり、運動障害を緩解させることに成功しました。

図4

“発振”を生みだす大脳基底核内の神経回路

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パーキンソン病モデルザルで、神経の電気信号の“発振”を生みだす大脳基底核内の神経回路の模式図。この中の視床下核(STN)の機能を薬物によって一時的に阻害すると、発振が見られなくなり、運動障害も緩解することがわかりました。この発振現象は視床下核への大脳皮質からの信号入力と、淡蒼球(GPe, GPi)との相互の電気信号のやりとりの機能異常によって引き起こされるものと考えられました。

この研究の社会的意義

パーキンソン病の運動障害軽減のための新たな治療法の提案
 今回の研究成果より、パーキンソン病では、大脳基底核内の神経回路で正常では見られない“発振”が生じることが本来の正常な運動情報の流れを阻害し、運動障害が発現する原因になっていると考えられました。また、大脳基底核の視床下核に、その機能を一時的に阻害する薬物を注入することで“発振”を抑え、運動障害を緩解させることができたことから、この発振を抑えることが運動障害軽減のあらたな治療法となりうることを示しました。

図5

視床下核へのムシモール注入で発振が抑えられ運動障害が緩解する

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大脳基底核の視床下核に、その機能を一時的に阻害する薬物(ムシモール*)を注入したところ、神経の電気信号の“発振”が抑えられ、手のこわばりなどの運動障害が緩解されました。

*ヒトに対するムシモールの安全性が確立されていないので、患者に直接使えるかどうか現時点では不明です。ヒトでも安全に使用できる効果的な薬剤の開発も必要であると考えています。

論文情報

橘助教の論文:
Subthalamo-pallidal interactions underlying parkinsonian neuronal oscillations in the primate basal ganglia
Yoshihisa Tachibana, Hirokazu Iwamuro, Hitoshi Kita, Masahiko Takada, and Atsushi Nambu
欧州神経科学学会誌掲載(European Journal of Neuroscience、2011年11月1日電子版掲載)

高良研究員の論文:
Differential activity patterns of putaminal neurons with inputs from the primary motor cortex and supplementary motor area in behaving monkeys
Sayuki Takara, Nobuhiko Hatanaka, Masahiko Takada, and Atsushi Nambu
米国生理学会神経生理学誌掲載(Journal of Neurophysiology、2011年9月号)

お問い合わせ先

 <研究に関すること>
南部 篤 (ナンブ アツシ)
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門 教授
Tel:0564-55-7771、 FAX: 0564-55-7773
E-mail: nambu@nips.ac.jp

橘 吉寿(タチバナ ヨシヒサ) 助教
Tel:0564-55-7774、 FAX: 0564-55-7773
E-mail: banao@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp

生理研一般公開 開催の御礼

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内容

 自然科学研究機構岡崎3研究所で毎年交代で行われている一般公開ですが、今年は、生理学研究所が3年ぶりに担当し、11月5日(土曜日)に開催されました。
 当日は、2100名の市民の皆さまにご来場いただきました。多くの皆さまに研究所の研究活動を知っていただくことが出来たと感謝しております。ありがとうございました。

 また、当日の講演会「赤ちゃんや幼児の“笑顔”と“遊び”」にあわせて、株式会社タカラトミー様のご協力で幼児の遊びコーナーを特別に設置しました。この際にタカラトミー様より無償提供していただいた玩具は、そのまま、岡崎市こども部を通じて、岡崎市の総合子育て支援センターに寄贈いたしました。

 皆様のご協力に厚く御礼申し上げます。

<人気だった体験展示ベスト5>
1位 運動する脳 ダーツで体験する運動学習(南部研)
2位 温度ってどうやって感じるの?温度を感じる際の不思議を体験! (富永研)
3位 見えないものを見えるようにする ―やってみよう、脳の染色― (池中研)
4位 脳が作る世界 ~見るということ~ (小松研)
5位 ネズミの受精卵を見て操作してみよう (動物実験センター&遺伝子改変動物作製室)
 


理科教材マッスルセンサー初回発売分の完売について

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内容

 生理学研究所では、中学校理科第二分野で学習する「体を動かす仕組み」の理解増進のため、岡崎市教育委員会・理科部の先生方のご協力をいただきながら、理科教材マッスルセンサーを開発いたしました。この理科教材は、脳の電気信号に応じて体を動かす際に筋肉から出る電気信号をとらえて、豆電球を光らせたりブザーを鳴らしたりすることができる機械です。2010年1月から理科教材として販売を開始いたしました(発売元:ブラザー印刷株式会社)。
 また、これに合わせて、生理学研究所の小泉周准教授や、マッスルセンサーの開発者である永田治技術係長による「脳や体を動かす仕組み」の出前授業を岡崎市の全中学校をはじめとする愛知県内外の小中高等学校で行いました。
 このたび、お陰さまで、2011年10月をもちまして、マッスルセンサーは、初回発売分の100台が完売いたしました。御礼申し上げます。現在、増産を進めているところです。
理科教材マッスルセンサーについてのお問い合わせ、また、マッスルセンサーを使った出前授業のご要望は、生理学研究所の広報展開推進室までお寄せください(0564-55-7723, pub-adm@nips.ac.jp)。

話題3マッスル.jpg       写真:理科教材マッスルセンサー(マッスルセンサーは生理学研究所の登録商標です)。

 

慢性疼痛の発生にかかわる脳の中の神経回路の組み換えを証明 ―最先端の二光子レーザー顕微鏡イメージング技術で神経回路の変化の撮影に成功―

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内容

慢性疼痛は、「脳が生み出す理不尽な痛み」とも呼ばれる慢性的な痛みのことで、急性期の痛みが過ぎたあとも、三か月以上にわたって引き続くのが特徴です。その長く持続する痛みのため、患者は時に精神的な苦痛も感じ、日常生活に支障をきたすなど、社会的な問題にもなっています。そもそも、この慢性疼痛は、急性期の末梢神経の炎症や損傷がきっかけとなって、脳の中に痛みを長く感じさせるような仕組みが生じるからであると考えられていましたが、脳の中で実際にどのような神経回路の変化が起こっているのかについては解明されていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の鍋倉淳一教授の研究グループは、慢性疼痛の際には、脳の神経回路が盛んに組み換わってしまうことを証明しました。これによって痛みの感覚が過剰になり長く続く脳内メカニズムを明らかにしました。最先端の二光子レーザー顕微鏡イメージング技術を用いた研究成果です。本発表は、研究グループによって米国神経科学学会誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)などに掲載された三編の研究成果をまとめたものです。

研究グループは、まず、マウスの脚の神経である坐骨神経が傷ついた神経因性慢性疼痛モデルマウスの脳を用いて実験をしました。このマウスの脳の感覚野と呼ばれる部分を調べたところ、末梢神経傷害による異常な痛み感覚により、感覚野の神経回路をつくる神経と神経のつながり(シナプス)が、神経の傷害後数日以内に劇的に変化し、脳の中の神経回路の組み換えが活発に起こることを明らかにしました。この際、末梢神経の傷害前に存在していたシナプスは減ったり無くなったりしてしまうのに対して、逆に、異常な痛み感覚に応じたシナプスが強くなったり、異常感覚によって新たに作られたシナプスがそのまま残ってしまうことが明らかになりました。さらに、研究グループは、こうした脳の感覚野の神経回路の変化によって、実際に感覚野の神経の活動が活発になることを見出しました。また、脳の感覚野の神経からの過剰な出力を受け、情動などにも関連する前帯状回(ACC)と呼ばれる脳の別の部位の活動も活発となり、これが慢性疼痛を増強していることを明らかにしました。

鍋倉教授は「実際、慢性疼痛を起こしたマウスの感覚野の神経の活動を抑えると、前帯状回(ACC)の活動も抑えられ、マウスの疼痛反応が減ることもわかりました。将来的には、今回発見されたこうした神経回路の変化を狙った新たな慢性疼痛治療戦略をたてることが出来るものと期待されます」と話しています。
本研究は文部科学省・科学研究費補助金による支援をうけて行われました。
 

今回の発見

1.最先端の二光子レーザー顕微鏡による観察により、慢性疼痛モデルマウスの脳では、末梢神経の傷害後の慢性疼痛の発達期(1週間以内)に、脳の中で神経回路の組み換えが活発に起きることがわかりました(文献1、文献3)。
2.末梢神経の傷害前に存在していたシナプスは減ったり無くなったりしてしまうのに対して、逆に異常な痛み感覚に応じたシナプスが強くなったり、異常感覚によって新たに作られたシナプスがそのまま残ってしまうことが分かりました(文献1)。
3.さらに、慢性疼痛にともなって、感覚野の神経の活動が活発になり、情動などにも関連する前帯状回(ACC)と呼ばれる脳の部位の活動も活発となることが分かりました(文献2)。

図1

慢性疼痛が生まれる際には神経回路の組み換えが活発に起きる

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(A) 末梢神経の傷害のあと、日数を追うとともに、痛みに対する感受性(痛み閾値)が過敏になり、1週間をすぎたところから、ちょっとした刺激でも痛みを覚えるようになります。ここでは荷重(g)刺激によって痛み反応を引き起こしました。
(B) 慢性疼痛モデルマウスの脳(感覚野)の中の神経回路の様子を、最先端の二光子レーザー顕微鏡で観察しました。脳(感覚野)の大脳皮質錐体神経細胞の樹状突起から記録しました。
(C) 神経と神経のつながりであるシナプスを観察したところ、末梢神経傷害の後、慢性疼痛の発達期(1週間以内)には盛んに神経回路の組み換えが起きていることがわかりました。赤矢尻は新しくできたシナプス、青矢尻は無くなったシナプスです。慢性疼痛が確立されると(慢性疼痛の維持期、受傷後1週間以降)、こうした神経回路の組み換えの頻度は下がります。

図2

異常感覚によって新たなシナプスが盛んに作られる

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神経細胞のシナプスの組み換えの様子(模式図)。慢性疼痛の発達期では、通常に比べて盛んに神経の組み換えがおこり、古いシナプスがなくなり、異常感覚に応じた新しいシナプスが盛んに作られていました。慢性疼痛維持期では、こうした異常感覚に応じた新しいシナプスが残存してしまうことがわかりました。赤は新しく作られたシナプス、青は無くなったシナプスを表しています。

図3

慢性疼痛では脳の神経細胞の痛み応答も増加している

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(a) 二光子レーザー顕微鏡によるカルシウム・イメージング技術を適用し、慢性疼痛モデルマウスの痛み刺激(圧刺激)に対する脳(感覚野)の神経細胞の活動(カルシウム応答)を記録しました。
(b) 正常なマウスでは反応しないくらいの圧刺激でも、慢性疼痛モデルマウスの神経細胞では大きく反応することがわかりました。
(c) 脳の30個の神経細胞の痛みに対する反応を記録(10回刺激)。慢性疼痛モデルマウスでは正常よりも大きな反応を示す細胞が多数みられました。
(d) (c)の結果を平均した棒グラフ。痛み反応の増加とともに、神経細胞の刺激に対する反応性と神経細胞の応答(カルシウム応答)も増加していました。

図4

慢性疼痛発生の神経回路モデル

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 研究グループによる今回の三編の研究成果より、以下のようなモデルが考えられます。慢性疼痛の発達期には、神経回路の組み換えが盛んにおこります。これによって、神経回路が組み換わり、脳の感覚野の神経細胞が痛み刺激に対して過剰に反応するようになってしまいます。また、この感覚野の神経細胞の過剰な痛み反応が脳の情動をつかさどる前帯状回に出力されるようになり(図右)、これによって、痛み感覚が増強し、慢性疼痛行動を生みだすものと考えられました。実際、感覚野の神経細胞の活動を薬によって抑えると、前帯状回の活動も抑えられ、慢性疼痛行動が減ることがわかりました。

この研究の社会的意義

慢性疼痛を引き起こす脳内メカニズムの解明へ
今回の研究成果により、慢性疼痛の際には、脳の神経回路が組み換わってしまっていることがわかりました。とくに、脳の感覚野の神経細胞の過剰な痛み反応が前帯状回に伝わることで慢性疼痛の痛み感覚の増強を引き起こしていることがわかりました。こうした神経回路の可塑的な変化に着目した新たな慢性疼痛治療戦略の構築ができるものと期待されます。

論文情報

本発表は、研究グループにより今年度に発表された三編の研究成果をまとめたものです。
文献1.Rapid synaptic remodeling in the adult somatosensory cortex following peripheral nerve injury and its association with neuropathic pain.
Kim SK, Nabekura J.
米国神経科学会雑誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)
J Neurosci. 2011 Apr 6;31(14):5477-82.

文献2.Inter-regional contribution of enhanced activity of the primary somatosensory cortex to the anterior cingulate cortex accelerates chronic pain behavior.
Eto K, Wake H, Watanabe M, Ishibashi H, Noda M, Yanagawa Y, Nabekura J.
米国神経科学会雑誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)
J Neurosci. 2011 May 25;31(21):7631-6.

文献3.Phase-specific plasticity of synaptic structures in the somatosensory cortex of living mice during neuropathic pain.
Kim SK, Kato G, Ishikawa T, Nabekura J.
痛みの分子生物学誌(モレキュラー・ペイン)
Mol Pain. 2011 Nov 9;7:87.

お問い合わせ先

<研究に関すること>
鍋倉 淳一(ナベクラ ジュンイチ)
自然科学研究機構 生理学研究所 教授
〒444-8585 岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-55-7851 Fax:0564-55-7853 
E-mail:nabekura@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp
 

 

富永真琴教授 2011年度 食創会「安藤百福賞」受賞決定

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2011年12月28日発表の食創会 ~新しい食品の創造・開発を奨める会~によるプレスリリースによれば、『辛味受容メカニズムの研究』 をテーマとした研究成果により、富永真琴教授に食創会「安藤百福賞」が送られることとなりました。

表彰式は、2012年3月9日に横浜のカップヌードルミュージアムにて執り行われます。

財団によるプレスリリースはこちらから。

運動中に手の感覚が抑制される新たな神経機構の解明 -すばやい動きを生み出すメカニズム-

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内容

JST 課題達成型基礎研究の一環として、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の関 和彦 部長らの研究グループは、運動中に手の感覚が抑制される新たな神経機構を解明しました。
熱いものを手で触った時、多くの人には無意識にその手を振った経験があり、またそれによって、「熱い」という感覚が軽減することがよく知られています。心理学的には、この運動時においては、末梢神経で感じる刺激を知覚しにくくなることが明らかにされていますが、「どのような」神経の働きによって、また「何のために」感覚が抑制されるのかについては不明のままでした。
手の感覚はまず脊髄に伝達され、それが脊髄上行路を経由して大脳皮質に到達して、初めて「熱い」や「冷たい」などと知覚されます。そこで研究グループは、この手の感覚神経経路に注目し、「手の感覚が脊髄に到達した時点で、すでに感覚が抑制されている」という仮説を立てました。
今回、この仮説を検証するために、本研究グループは、手の運動を行っているサルの皮膚感覚応答を脊髄と大脳皮質で同時に測定する方法を新たに開発しました。その結果、大脳皮質で記録される運動中の感覚抑制注)は脊髄ですでに始まっていることを初めて証明しました。さらに、大脳皮質の運動野においては運動中だけでなく運動準備の段階からこの抑制が始まっており、この抑制が大きければ大きいほどサルは手を速く動かせることを発見しました。それによって運動時の感覚抑制の役割の1つが、より良い運動の準備状態を作るためであることが示唆されました。
今回の研究成果は、自他の行動識別(自分の行動と、他人の行動により受け身で起こった運動の識別)に用いられている神経基盤の1つと考えられ、それが障害される統合失調症などの病態理解や診断に役立つことが期待されます。 
本研究は、ワシントン大学 生理生物物理学部のE.フェッツ 氏や自然科学研究機構 生理学研究所との共同研究で行われ、本研究成果は、2012年1月18日(米国東部時間)発行の米国科学誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)
研究領域:「脳情報の解読と制御」
(研究総括:川人 光男 (株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長/ATRフェロー)
研究課題名:「感覚帰還信号が内包する運動指令成分の抽出と利用」
研 究 者:    関 和彦(国立精神・神経医療研究センター 神経研究所モデル動物開発部 部長/元 自然科学研究機構 生理学研究所 助教)
研究実施場所:国立精神・神経医療研究センター神経研究所
研究期間:    平成21年10月~平成27年3月
JSTはこの領域で、運動や判断を行っている際の脳内情報を解読し、外部機器や身体補助具等を制御するブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)を開発し、障害などにより制限されている人間の身体機能を回復するための従来にない革新的な要素技術の創出に貢献する研究を支援しています。上記研究課題では、運動することに生ずる感覚が、自分の脊髄の神経回路に戻ることにより、筋肉が駆動されるメカニズムを研究し、外部から感覚帰還信号を強化することによって損傷脳の運動制御を支援し、リハビリテーションを促進する方法を開発する基礎を築くための研究を行っています。

研究の背景と経緯

全く同じ刺激が手足の皮膚などに与えられたとしても、引き起こされる感覚は状況に応じて異なることは私たちが日常生活の中で体験していることです。例えば、熱いフライパンのふたを持ち上げる場合、もし、「ふたが熱い」ということを知らない場合は皮膚刺激が脊髄の神経を興奮させ、手を引っ込める反射(屈曲反射)が起こり目的は達成できません。一方、熱いことをあらかじめ知っている場合には、神経の興奮を抑制することができます(図1)。
このような、状況に依存した感覚反応の変化は自己の運動中に顕著であることが、心理学的研究から明らかにされてきました。このことを示す別のケースは、手のひらをくすぐる際にも存在します。例えば、他人に手のひらをくすぐられる場合と自分自身でくすぐる場合とでは、自分自身でくすぐった方が「くすぐったさ」が抑制されること、また自分自身でくすぐった場合でも、より早く皮膚を刺激した方が感覚の抑制が大きいことなどが知られていました。また、統合失調症の患者ではこの抑制が少ない(自分がやっても他人がやっても同じように感じる)ことから病態の診断への応用を検討する研究例もあります。しかし、こうした研究が進められている一方で、自分の運動中に皮膚感覚が変化する現象を引き起こす脳内の仕組みは分かっていませんでした。

研究の内容

研究グループでは、皮膚感覚を伝える末梢神経がまず脊髄で中継されることに注目し、サルが手首を動かしている最中に、皮膚神経から脊髄と大脳への連絡がどのように変化するか、ということの記録に世界で初めて成功しました(図2)。
さらに、その変化と運動の成績を比較することによって、「なぜ」皮膚感覚が運動中に変化する必要があるのかについて解析しました。その結果、運動中の皮膚神経からの連絡は、大脳皮質の感覚野や運動野だけでなく第一中継地点である脊髄においてすでに抑制されていることが明らかになりました(図3)。この結果は、これまで心理学的実験において認められてきた運動時の感覚閾値上昇は脊髄のレベルで引き起こされることを強く示唆する結果です。さらに、大脳皮質の運動野への皮膚感覚入力は運動前、つまりサルが運動の準備をしている時間帯からすでに抑制されていました(図3)。また、その抑制が大きければ大きいほど、サルは素早い運動を行うことができることが明らかになりました(図4)。これは丁度、サッカーのプレイ中にけがをしても痛みをあまり感じずにプレイを続行できるように、運動と直接関係しない感覚が抑制される仕組みが、運動の準備中に運動と一緒にセットされて準備されることを意味しています。大脳皮質や脊髄には多くの神経回路があり、いろいろと有益な役割を果たしていますが、特定の運動にあたって、足を引っ張るようなことも出てきます。邪魔になる回路は抑制し、役に立つ回路は増強するようにあらかじめセットされるものと考えられます。これは、これまで報告されたことのない種類の新しい感覚抑制のタイプであると同時に、感覚抑制がより良い運動を行うために役立っていることを強く示唆する結果です。今回の実験結果から、運動時の感覚抑制は脳や脊髄を含めた中枢神経全体で同時に認められる現象であることを明らかにし、さらにその抑制は余剰な感覚情報の軽減によって、より良い脳の働きを作り出しているという新たな仮説を導くことができました。

今後の展開

本研究によって、運動時の感覚抑制が大脳皮質だけでなく脊髄や脳幹を含めた感覚入力の多くの中継地点の連携によってもたらされていることが明らかになりました。今後は、その連携の仕組みを詳細に調べる研究が盛んになると予想されます。また、新たに発見された運動成績と感覚抑制の大きさとの関連性は、これまで未知であった感覚抑制の機能的意義を、生物実験によって初めて提案することができました。今後は、さまざまな運動や運動疾患において同様の計測を行うことにより、運動能力をより客観的に評価する研究が進展すると予想されます。さらに 今回明らかになった自他の行動識別の神経基盤を用いた精神疾患などの病態理解や治療法開発などの研究が進展する可能性があります。

<参考図>

関図1.jpg

図1 同一の感覚入力は状況に応じて異なった結果を生む(例)

 熱いフライパンのふたを持ち上げなくてはならない場合。もし、「ふたが熱い」ということを知らない場合は皮膚刺激が脊髄の神経を興奮させ、手を引っ込める反射(屈曲反射)が起こり目的は達成できない(上)。一方、熱いことをあらかじめ知っている場合には、神経の興奮を抑制し反射を止めることができる(下)。

関図2.jpg

図2 皮膚神経からの感覚入力を脊髄と大脳皮質で同時に記録する:新実験技法の開発

行動中の霊長類を対象に、皮膚神経刺激によって誘発される神経活動を大脳皮質と脊髄において同時に記録することに世界で初めて成功した。

関図3.jpg

図3 皮膚神経刺激によって引き起こされた神経活動の運動時変化

 皮膚神経に電気刺激(↓)を同一の強さで刺激した際の脊髄、一次運動野、一次感覚野、運動前野の神経活動の大きさ(それぞれの波の最大振幅)。運動開始前(青)、運動準備期間(緑)、運動中(赤)における皮膚感覚反応を脊髄と大脳皮質(3領域)で比較した。運動中(赤)は脊髄を含む全ての領域で神経活動が低下していた。このことは、運動時の感覚抑制が脊髄のレベルですでに始まっていることを示していた。さらに運動準備時間(緑)においては、運動野(一次運動野と運動前野)のみ抑制が認められた。
 

関図4.jpg

図4 運動野の神経活動の抑制と反応時間との相関

A:サルは手首屈曲(左)または伸展(右)のどちらの運動を行うべきかの教示信号をPCディスプレイ上で与えられる。その後の運動準備期間では手首屈曲または伸展の準備を行っている。その後の“Go”信号を合図にできる限り早く、手首を教示された方向に動かすことによって報酬が与えられる。多数の手首運動を、反応時間(早いor遅い)を基準に2つに分けた(赤と茶)。
B:運動準備時に、皮膚刺激によって誘発された運動皮質の神経活動は運動前(教示信号より前)に比べて低下しているが、その低下は早い反応において顕著であった。C:運動皮質の複数の記録箇所における感覚抑制(平均)。早い反応において抑制が有意に大きい。

この結果は、素早い運動が行われるときほど、運動野における感覚抑制が大きいことを示している。

<用語解説>
注)感覚抑制
皮膚などに与えられた刺激が運動や予測状態などの状況に応じて抑制され、同じ強さの刺激でも、より小さく知覚される現象。

論文名

“Gating of Sensory Input at Spinal and Cortical Levels during Preparation and Execution of Voluntary Movement”
(大脳皮質と脊髄における運動準備と実行時の感覚抑制)

お問い合わせ先

<JSTの事業に関すること>
原口 亮治(ハラグチ リョウジ)、木村 文治(キムラ フミハル)、稲田 栄顕(イナダ ヒデアキ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(研究推進担当)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7番地 K’s五番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:presto@jst.go.jp

<報道に関すること>
 科学技術振興機構 広報ポータル部
  Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
  E-mail:jstkoho@jst.go.jp

 佐味 泰行(サミ ヤスユキ)
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 企画経営部 企画医療研究課 研究係長 
Tel:042-341-2712(内線:2119)
E-mail:ysami@ncnp.go.jp

小泉 周(コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp  



 

第12回 自然科学研究機構シンポジウム 知的生命の可能性 -宇宙に仲間はいるのかⅢ-  開催のお知らせ および テレビ取材受け入れのご案内

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大学共同利用機関法人自然科学研究機構では、第12回自然科学研究機構シンポジウムを3月20日(祝・火)に開催いたします。
会場は、東京国際フォーラム(ホールB5)(東京)と、生中継会場として岡崎コンファレンスセンター大会議室(愛知県岡崎市)となります。
本シンポジウムでは、生理学研究所・国立天文台・基礎生物学研究所がタッグをくみ、脳科学・医学生理学・天文学・生物学の最新の知見をもとにして、地球外知的生命の可能性を議論します。はじめに、現時点で得られた最先端の天文学の知見から地球外知的生命の存在の可能性を予測し、つづいて地球上での知的生命の知の進化を振り返り、人類の知の未来と地球外知的生命の痕跡や接点を発見する可能性について予見していきます。さらに今後の地球外知的生命探査における天文学・生物学・脳科学の役割について展望します。

 

テレビ局各位

自然科学研究機構では、本シンポジウムに関連して、地球外知的生命の可能性と人類知の未来について、テレビ番組で紹介していただくことを前提として、事前 およびシンポジウム当日のテレビ取材の受け入れを行います。生理学研究所・国立天文台・基礎生物学研究所および当日のシンポジウム会場の取材をしていただ けます。ご興味のあるテレビ局は、テレビ取材についてのご要望・企画概要を、2月10日までに、自然科学研究機構事務局・企画連携係までご連絡ください。 (ただし、企画内容によっては取材をお断りする可能性もありますので、ご了解ください。)
なお、本件につきまして、テレビ製作会社向けの説明会を、科学技術広報研究会で行うTV制作会社向けの研究内容紹介でご説明いたします。
日程:1月26日(木)10:00~12:00のうちの11:00より。
場所:理化学研究所東京連絡事務所
http://www.riken.jp/r-world/riken/campus/tlo/index.html


<本件について連絡先>
自然科学研究機構企画連携係 係長
脊戸 洋次 (セト ヨウジ)
TEL: 03-5425-1898, FAX: 03-5425-2049, email: nins-kikakurenkei@nins.jp
シンポジウムのプログラム内容に関すること:
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL: 0564-55-7722, FAX: 0564-55-7721, email: pub-adm@nips.ac.jp

 

自然科学研究機構シンポジウム(第12回) 

 

◎シンポジウムタイトル   
知的生命の可能性 -宇宙に仲間はいるのかIII-

◎日 時    平成24年3月20日(火:祝)      10:00~17:20

◎場 所   
(東京・本会場)東京国際フォーラム(ホールB5) (東京都千代田区丸の内3-5-1)
(愛知会場)岡崎コンファレンスセンター(大会議室)(愛知県岡崎市明大寺町字伝馬8-1)【中継】

○申し込みおよび参加費について:
東京本会場については、参加には、事前申し込みが必要(無料)となります。2月中旬に開設される申し込み専用HPより、申し込みを行っていただきます。
なお、愛知会場は申し込み不要(無料)です。当日自由に参加していただけます。

○HP
http://www.nins.jp/public_information/symposium12.html

◎プログラム案

[導入]        10:00-10:20   
①    機構長挨拶
    <佐藤 勝彦 自然科学研究機構・機構長>

②    趣旨説明          シンポジウム全体の趣旨説明
    <岡田 泰伸 自然科学研究機構・理事、生理学研究所・所長>

[講演パート1:最近の成果と知見に基づいた天文学からの問いかけ]      10:20-11:50
司会:岡田 泰伸(自然科学研究機構・理事、生理学研究所・所長)
③    地球型惑星の頻度とドレーク方程式
    <田村 元秀 国立天文台・准教授>

④    地球型惑星におけるバイオマーカー
    <藤井 友香 東京大学大学院理学系研究科・博士課程>

⑤    知的生命探査SETIの総括とSKAへの期待
    <平林  久 JAXA・名誉教授>


    昼休み (70分) 



[講演パート2:地球における知的生命とその進化]      13:00-14:10
司会:観山 正見(自然科学研究機構・理事、国立天文台・台長)
⑥    地球上で脳はどうやって進化したのか -散在神経系から集中神経系への移行過程-
    <阿形 清和 京都大学・教授>

⑦    生物のコミュニケーションの進化について -人類学的立場から-
    <斎藤 成也 国立遺伝学研究所・教授>


    休憩  (20分)


[講演パート3:地球における知とは何か、コミュニケーションとは何か]    14:30-16:15
司会:岡田 清孝(自然科学研究機構・理事、基礎生物学研究所・所長)
⑧    知の始まり:脳・身体・環境 ~ 計算制約条件と、知のヒエラルキー 
    <下條 信輔 カリフォルニア工科大学・教授>

⑨    社会的知:脳機能イメージング手法を用いたヒトの社会能力の解明
    <定藤 規弘 生理学研究所・教授>

⑩    知の未来:地球外知的生命体は自身の脳の解読と制御はできるのか?
    <川人 光男 国際電気通信基礎技術研究所 脳情報研究所・所長>


    休憩  (15分)   


[パネルディスカッション:地球外知的生命探査における天文学・生物学・脳科学の役割16:30-17:10
司会者 立花 隆
<パネラー: 佐藤 勝彦、岡田 泰伸、鳴沢 真也(兵庫県立西はりま天文台・主任研究員)、
斎藤 成也、下條 信輔、川人 光男>

[閉会]         17:10-17:20          
⑪    閉会の挨拶 
    <観山 正見 自然科学研究機構・理事、国立天文台・台長>           



注: 講演題目は全て仮題であり、講演者が変更する場合もあります。

 

自然科学研究機構シンポジウム (3月20日開催) 「知的生命の可能性 ―宇宙に仲間はいるのかIII―」開催のお知らせ  (愛知中継会場の設置について)

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 自然科学研究機構岡崎3研究所では、3月20日開催の自然科学研究機構シンポジウム「知的生命の可能性 ―宇宙に仲間はいるかIII―」について、東京本会場(東京国際フォーラム)のほかに、愛知県岡崎市の自然科学研究機構岡崎コンファレンスセンター大会議室に中継会場を設置いたします。
 愛知中継会場は、講演およびパネルディスカッションの映像および音声を大画面でリアルタイムに中継いたします。予約不要、入場無料でご参加いただけます。

※自然科学研究機構からのプレスリリースについては別添します。
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2012/01/12.html

 

富永真琴教授 2011年度「安藤百福賞」受賞決定   横浜・カップヌードルミュージアムにて表彰式(3月9日)

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内容

生理学研究所の富永真琴教授が、食創会 ~新しい食品の創造・開発を奨める会~(会長:伊藤正男 理化学研究所脳科学総合研究センター特別顧問)が選ぶ2011年度 食創会「第16回 安藤百福賞」の受賞者(優秀賞)の一人に選ばれました。なお、表彰式は、2012年3月9日(金)、安藤百福発明記念館(愛称:カップヌードルミュージアム、横浜市)で開催されます。

※安藤スポーツ・食文化振興財団のプレスリリースはこちら。
http://www.ando-zaidan.jp/html/syoku_nr11.pdf

富永 真琴(トミナガ マコト)53才、自然科学研究機構 生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター 教授

受賞テーマ:辛味受容に関する分子メカニズムの研究

受賞内容:受賞者は、辛味物質カプサイシン受容体TRPV1の制御機構や生理学的意義について研究を続け、TRPV1が熱受容体でもあることを発見した。また、TRPV1に構造が似た、ワサビの辛味成分で活性化するTRPA1に関する研究を続けている。さらに、辛くない唐辛子「CH-19甘」に含まれる成分カプシエイトがTRPV1、TRPA1の両方を活性化し様々な生理機能を発揮することを発見した。このカプシエイトには脂肪燃焼を促進する効果があることが見出され、サプリメントとして発売されている。このように、食品の嗜好性に欠くことのできない辛味の感知機構について世界に先駆けて解明しており、辛味成分の機能性を利用した新たな食品の開発が期待される。

<富永教授の研究>
 生体には、様々な温度感受性センサー(受容体)があります。たとえば、トウガラシの成分である辛味物質カプサイシンを感じるTRPV1は、43度以上の熱を痛みとして感じる熱センサーでもあります。逆に、ワサビを感知するTRPA1受容体は、冷たさを感じるセンサーでもあります。富永教授は、TRPチャネルと呼ばれるこうした温度感受センサーの研究を行っています。

富永カップヌードル.jpg
図:TRPチャネルには様々な種類のものがあり、感知する温度が異なる。左はTRPチャネルの電流応答。右は温度感受性と味覚との関連性を示した模式図。
 

 


せいりけん市民講座 3月10日 開催について  「クールな漫画でホットな脳科学を描こう! 理系漫画家×最先端脳科学者」

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内容

 第21回せいりけん市民講座を、3月10日(土)に岡崎げんき館にて開催いたします。今回は、昨今注目をあつめる理系漫画に焦点をあて、理系漫画家はやのんさんをお呼びし、生理研出身の脳科学研究者・鯉田孝和准教授(豊橋技術科学大学)とともに、「理系漫画で、最先端脳科学をわかりやすく伝える方法とその魅力」について、実際の漫画をお見せしながら、理系漫画ライブと題して、講演を行っていただきます。
 当日は、新作の描き下ろし漫画や、これまでのはやのんさんと生理研タイアップ作品、鯉田准教授の作品など、パネル展示も開催いたします。

 今回は、主として、もともと漫画に興味のある方、漫画で表現することに興味のある方、イラストやデザインなどを志望されている方などを対象とした講座です。ふるって、ご参加いただければ幸いです。

日時:2012年3月10日(土) 13:30-15:30
場所:岡崎げんき館 3階 講堂
講演:
 ・理系漫画家 はやのんさん
  「理系漫画ライブ! 最先端科学漫画の描き方」
 ・脳科学者 鯉田孝和 准教授(豊橋技術科学大学)
  「脳科学者が描く理系漫画(仮)」
※理系漫画パネル展示も同時開催

詳細は市民講座ホームページをご覧ください。
URL:http://www.nips.ac.jp/nipsquare/lecture/entry/2012/03/post-14.html
 

目から入ってくる溢れるような視覚情報を "くっきり"させて脳に伝える仕組みの一端を解明

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内容

目から入ってくる溢れるような視覚情報を “くっきり”させて脳に伝える仕組みの一端を解明

ヒトや動物は、目に入ってくる光の信号をもとに、どこに何があるのか、刻々と変化する周りの環境の多くを把握しています。そうした溢れるような視覚情報の渦から必要な情報を取捨選択して、脳は整合性のあるイメージを作り出しています。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の松井広(まつい・こう)助教らの研究グループは、どのような信号を脳へ伝えるべきか、その取捨選択を、目から脳への神経のつなぎ目にあたる中継シナプスが担っていることを明らかにし、信号選別の仕組みを解明しました。米国神経科学会誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス、2012年2月15日号電子版)に掲載されます。

 目から入ってきた溢れるような多種多彩な視覚情報は、視神経をつたわって、脳に送られる途中で、視床にある外側膝状体とよばれる部分で中継されます。その中継点で、神経のつなぎ目であるシナプスを作っています。今回、研究グループは、この外側膝状体のシナプスに注目。このシナプスでは、目からの情報を伝えるシナプスが、5-30個も隣同士に所狭く並んでいる構造をしていることを電子顕微鏡によって明らかにしました。さらに、そのシナプスのうちの一か所に入力(神経伝達物質であるグルタミン酸の放出)があると、そこからグルタミン酸が周囲のシナプスにまで漏出し、まわりのシナプスの反応性を低下させる仕組みがあることを発見しました。この仕組みによって、目から立て続けに信号が送られてきても、その一部が強調され、その他は取り除かれて、視覚情報を“くっきり”させる仕組みがあることを突き止めました。

松井助教は、「これまで神経の回路の研究は、単なる電子回路のように、どことどこがつながっているか考えるだけだったが、神経のつなぎ目の中継地点では、お互いに干渉しあって、情報をフィルターしていく賢い仕組みがあることを突き止めました。こうした賢い仕組みは、より人間に近い画像情報処理機能をもったカメラ開発にも応用できるかもしれません」と話しています。

本研究は文部科学省・科学研究費補助金による支援をうけて行われました。

今回の発見

1.目から入ってきた視覚情報が脳の視覚野に伝わる途中の視床にある外側膝状体とよばれる部分の中継シナプスでは、目からの情報を伝えるシナプスが、5-30個も隣同士に所狭く並んでいる構造をしていることを電子顕微鏡によって明らかにしました。
2.1の中継シナプスでは、一か所のシナプスに入力(グルタミン酸の放出)があると、シナプスからグルタミン酸が漏出し、これによって、周囲のシナプスの働きを低下させてしまう仕組みがあることを明らかにしました。
3.2の仕組みによって、目から立て続けに信号が送られてきても、その一部が強調され、その他は取り除かれて、視覚情報を“くっきり”させる働きがあることを突き止めました。

図1 

目(網膜)からの視覚情報は、視床(外側膝状体)を通って、脳の視覚野へ送られます

matsui-1.jpg

眼の「網膜」で見た情報は、「視床」を経由して、「視覚野」に送られ、ここで初めて「見ている」として意識されます。(生理学研究所・吉田正俊先生 画)

図2

目(網膜)と脳(視覚野)の中継点である視床(外側膝状体)の中継シナプスの特殊な構造

matsui-2.jpg

目(網膜)からの情報を伝える神経(右の黄色)と、視床の外側膝状体の神経(水色)の中継地点の電子顕微鏡3D立体構築写真。このつなぎ目には、いくつものシナプス(左の赤色)が所狭しと並んでいることがわかりました。

図3

一か所のシナプスから漏出したグルタミン酸が周囲の他のシナプスに影響

matsui-3.jpg

目(網膜)からの情報を伝える神経と、外側膝状体の神経の中継地点の電子顕微鏡写真。4か所にシナプスがある(4つの黒の矢尻)。中央のシナプス(矢印)に入力(グルタミン酸の放出)があると、そこから、左右のシナプスにまで隙間を伝わってグルタミン酸が漏出していくことがわかりました。シナプス間隙の虹色はグルタミン酸の濃度を表しています(赤色が最も濃く、青色が最も薄い)。このグルタミン酸の漏出によって、周囲のシナプスの反応性が低下することがわかりました。

図4

グルタミン酸の漏出によって、周囲のシナプスの反応性が低下する
<電気記録>

matsui-4.jpg

<今回の発見>

matsui-4-2.jpg

シナプスが6か所ある外側膝状体の中継点に、目からの入力がまず3か所のシナプスにあり、続けて周囲の2か所のシナプスで入力があった場合を想定してみます。最初の入力でシナプスから漏出したグルタミン酸が、他のシナプスの反応性を低下させます。すると、続けて入力があったとしても、その反応は鈍くなってしまいます。

この研究の社会的意義

目からの溢れんばかりの視覚情報を“くっきり”選別する賢い仕組みの一端を証明

今回の研究によって、目(網膜)からの視覚情報を中継する外側膝状体の中継シナプスでは、シナプスから漏出したグルタミン酸が、周囲の他のシナプスに影響をあたえ、これによって、目からの溢れんばかりの視覚情報の選別を行っているという賢い仕組みがあることが分かりました。
これまでシナプスは神経による“電子回路”の“つなぎ目”とだけ考えられる傾向がありましたが、シナプスから神経伝達物質(グルタミン酸)が周囲の他のシナプスへと漏れ出ていることで作用することもあることが明らかになりました。今後、薬の脳のシナプスに対する効き目を考える際には、こうしたシナプスからの神経伝達物質の漏れや広がりも考慮にいれる必要があると考えられます。

図5

目からの溢れんばかりの情報は、脳(視覚野)に伝わる前に賢く選別される

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論文情報

Mechanisms underlying signal filtering at a multi-synapse contact
Timotheus Budisantoso*, Ko Matsui*, Naomi Kamasawa, Yugo Fukazawa,
Ryuichi Shigemoto
米国神経科学会雑誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)2012年2月15日号(電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
松井 広 (マツイ コウ)
自然科学研究機構 生理学研究所 脳形態解析研究部門 助教
TEL 0564-59-5279、FAX 0564-59-5275
E-mail: matsui@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp



 

国立大学法人名古屋工業大学と大学共同利用機関法人自然科学研究機構岡崎3研究所 との「連携・協力の推進に関する基本協定書」締結について

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内容

平成24年2月21日、国立大学法人名古屋工業大学(学長 髙橋 実)と大学共同利用機関法人自然科学研究機構岡崎3研究所(基礎生物学研究所所長 岡田清孝、生理学研究所所長 岡田泰伸、分子科学研究所所長 大峯巖)は、連携・協力の推進に関する基本協定書を締結いたしましたのでお知らせいたします。
 今回の協定は、相互の研究能力と人材を活かし、連携・協力を促進することにより、国内外の学術及び科学技術の振興と有為な人材の育成に役立つことを目的としています。
 4機関は、昨年から合同講演会を開催し、研究活動への相互理解を深め、異分野と連携することによる新たな研究分野の開拓、より深遠な研究の掘り下げを目指してきました。本協定の締結により連携協力をより広範にかつ積極的に推し進めることで、4機関が有する優れた研究資源、知識、研究者ネットワークが多面的に結ばれるとともに、地理的にも近い4機関の研究者、学生の交流が行われ、基礎科学分野の共同研究が一層活発化することとなります。また、優れた研究を通じて次世代を担う人材を育成し国内外の学術及び科学技術の発展に大きく貢献するだけでなく、共同研究の直接・間接の成果が両地域の産業や文化発展にも還元されていくものと期待されます。
 

「トリップ」で「ハイパー」を感じる仕組みを解明 ―細胞が縮んで死んでいくことを防ぐイオンの通り道となる分子を 世界に先駆けて発見―

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内容

私たちの体をつくる細胞は、常に一定の大きさを保っています。たとえ、激しい運動による脱水、過剰な塩分や大量な水の摂取等により引き起こされる体液の浸透圧変化によって細胞の大きさの変化を強いられたとしても、細胞自らが環境の変化を感じて大きさを一定にするように調節しています。細胞の大きさの調節には、細胞内外でイオンの出し入れを行って(水を移動させて)いることは知られていましたが、細胞の膜のどの穴(イオン・チャネル)を通っているのか、その分子は分かっていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の岡田泰伸(おかだ・やすのぶ)所長らの研究グループは、ヒトの上皮細胞で、周囲の体液濃度が高まって高浸透圧(「ハイパー」)になったときにイオンの通り道となり細胞が縮んでしまうことを防ぐ分子(イオン・チャネル)は、TRP(トリップ)チャネルの一種であることを発見しました。さらに、この分子が働くことで、細胞が縮まず、死なずにすむ、その分子メカニズムを明らかにしました。研究成果は、ジャーナル・オブ・フィジオロジー(生理学分野で最も古く権威のある英国から発刊の生理学雑誌、2012年3月1日号)に掲載され、次号のトップ掲載の「展望」記事にて注目論文として紹介されます。


研究グループが発見したのは、温度などに対するセンサー分子として知られているTRP(トリップ)チャネルの一種。中でも、TRPM2(トリップ・エムツー)チャネルの一種であるTRPM2∆C(トリップ・エムツー・デルタシー)チャネルが、高浸透圧(「ハイパー」)でも細胞が縮むのを防ぐイオンの通り道となる分子であることを発見しました。さらに、研究グループは、このTRPM2∆Cチャネルは、HIV感染や癌、Ⅱ型糖尿病、オキシトシン分泌などに関与する分子であるCD38(サイクリックADPリボースヒドロラーゼ)と結合して相互作用をすることで活性化されるという新たな分子メカニズムを解明しました。

岡田泰伸所長は「これまで長年にわたって世界中の研究者が探し求めてきた分子が明らかになったことは、今後、多くの病態の解明・治療に寄与するものとして期待されます。さらに今回の研究成果から、HIV感染や癌、Ⅱ型糖尿病、オキシトシン分泌(その不全の自閉症などの発達障害)などに関与する分子であるCD38が関わることから、これらの疾患との関連性についても今後、研究の発展が期待されます」と話しています。

本研究は、京都大学の沼田 朋大助教・森 泰生教授、、ならびに、ドイツ・マックスプランク研究所のフランク・ヴェーナー教授との共同研究です。また、本研究は、文部科学省科学研究費補助金による支援を受けて行われました。

今回の発見

1.周囲の体液濃度が高まって高浸透圧(「ハイパー」)になったときにイオンの通り道となり細胞が縮みっぱなしになることを防ぐ分子(イオン・チャネル)は、TRP(トリップ)チャネルの一種であるTRPM2∆C(トリップ・エムツー・デルタシー)チャネル(C末端細胞質Nudix領域一部欠失スプライスバリアント)であることを発見しました。
2.TRPM2∆Cチャネルは、HIV感染や癌、Ⅱ型糖尿病、オキシトシン分泌などに関与する分子であるCD38(サイクリックADPリボースヒドロラーゼ)と結合して相互作用をすることで活性化されるという新たな分子メカニズムを解明しました。

図1

高浸透圧(「ハイパー」)になったときにTRPM2(TRPM2∆C)チャネルがイオンの通り道になる

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ヒトの上皮細胞の周囲の液を高浸透圧(「ハイパー」)にすると、イオンの流れ(電流応答)が増大しました。遺伝子クローニングによる解析を行ったところ、この電流応答は、TRPM2(TRPM2∆C)チャネルによるものであることが明らかとなりました。さらに、このTRPM2チャネルの働きを抑えると、電流応答も小さくなることがわかりました(右グラフ)。

図2

TRPM2∆CチャネルとCD38が相互作用し活性化する

okada-2.jpg

TRPM2∆CチャネルとCD38分子は同じ細胞に存在し、細胞表面の膜の近くで、相互作用していることがわかりました。左写真:TRPM2チャネル(緑)とCD38分子(赤)は、両方ともに同じ細胞にあります。右写真:TRPM2チャネルとCD38分子の細胞の中での相互作用。二つの分子が細胞表面の膜近くで相互作用していることがわかりました(青色であれば相互作用していることを示しています)。

図3

トリップ(TRPM2∆Cチャネル)がハイパー(高浸透圧)を感じる仕組み(模式図)

okada-3.jpg

細胞表面の膜には、TRPM2チャネル(TRPM2∆Cチャネル)とCD38が近くに寄り添うように存在しています。細胞の周囲の液が高浸透圧になると、CD38が働き、これによってTRPM2∆Cチャネルが細胞の外から内へイオン(Naイオン)を流し、細胞が縮みっぱなしになることを防いでいることがわかりました。

この研究の社会的意義

細胞が縮んで死んでいくことを防ぐイオンの通り道となる分子を世界に先駆けて発見

これまで長年にわたって世界中の研究者が探し求めてきた分子が明らかになったことは、今後、多くの病態の解明・治療に関与するものとして期待されます。特に、体液浸透圧維持不全が原因として関与する高ナトリウム血症や、ある種の高血圧症、高血糖高浸透圧症候群、心筋梗塞などの疾患の発生メカニズムの解明にも波及することも期待されます。さらに今回の研究成果から、HIV感染や癌、Ⅱ型糖尿病、オキシトシン分泌(その不全の自閉症などの発達障害)などに関与する分子であるCD38が関わることから、これらの疾患との関連性についても今後、研究の発展が期待されます。

補足説明

見てみよう!細胞は大きくなったり小さくなったり
映像「おウチで実験!ウズラの卵も大きくなったり小さくなったり」

 

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殻を溶かしたウズラ卵の膜(細胞膜)は半透膜という性質をもっており、周囲の液の種類や濃さが変わると、それに応じて水が出たり入ったりして、大きくなったり小さくなったりします。その様子をみてみましょう。前半は蜂蜜につけた時に小さくなっていく様子、後半は、普通の水につけたときに元の大きさに戻っていく様子の映像です。
 

 

http://www.nips.ac.jp/nipsquare/dotchannel/2011/11/post-1.html
 

論文情報

The ∆C splice-variant of TRPM2 is the hypertonicity-induced cation channel (HICC) in HeLa cells, and the ecto-enzyme CD38 mediates its activation.
T Numata, K Sato, J Christmann, R Marx, Y Mori, Y Okada*, F Wehner*
(*Corresponding authors)
ジャーナル・オブ・フィジオロジー (英国生理学雑誌) 2012年3月1日号掲載

お問い合わせ先

<研究に関すること>
岡田 泰伸 (オカダ ヤスノブ)
自然科学研究機構 生理学研究所 所長
Tel: 0564-55-7731   FAX: 0564-55-7735 
email: okada@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp

 

免疫をになう細胞「マクロファージ」が体温で活発になる仕組みを解明―過酸化水素によって温度センサーTRPM2がスイッチ・オンする分子メカニズム―

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内容

免疫を担い病原体や異物と戦うマクロファージは、感染がおこった場所でまっさきに病原体や異物を食べて戦います。その際、マクロファージは殺菌のために活性酸素を産生しますが、活性酸素の殺菌以外のはたらき、とくに体温を感じる温度センサーとのかかわりは知られていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の加塩麻紀子研究員と富永真琴教授は、免疫反応によって産生される過酸化水素(活性酸素の一種)によって温度センサーであるTRPM2(トリップ・エムツー)が体温で活性化するようになる仕組み、そしてTRPM2が体温を感じてマクロファージの働きを調節する仕組みを明らかにしました。本研究結果は、米国科学アカデミー紀要(電子版 4月9日)に掲載されます。

研究グループは、マクロファージの免疫反応により産生される過酸化水素と、体温の温度センサーであるTRPM2とのかかわりに注目。温度センサーであるTRPM2は活性化物質が存在しない状態では48℃付近の高い温度にしか反応しないので、ふだんは体温では活性化しませんが(図1)、過酸化水素が産生されると平熱域(37℃)でも活性化するようになることをつきとめました。つまり、過酸化水素がTRPM2の働きを調節する「スイッチ」として働くことを発見しました。さらに、スイッチ・オンされたTRPM2の働きによって、異物を食べるマクロファージのはたらきが、発熱域(38.5℃)で、より増強することをつきとめました(図2)。

富永教授は「今回の研究では、過酸化水素のTRPM2に対する作用は、TRPM2そのものに対する“酸化”反応によることも分かりました。具体的に、過酸化水素がTRPM2のどこに作用しているのかも解明できました。このように、TRPM2機能調節の分子機構が明らかとなったことにより、マクロファージの働きを調節する新たな薬剤開発や治療戦略を提供できる可能性が考えられます。また、わたしたちが細菌などに感染した時には発熱をしばしば経験しますが、TRPM2の働きは発熱によって免疫力が上がるメカニズムの一つなのかもしれません」と話しています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

1.温度センサーであるTRPM2は活性化物質が存在しない状態では、体温域では活性化しませんが、マクロファージの免疫反応によって産生される過酸化水素があると、体温域でも反応するようになることがわかりました。
2.免疫を担うマクロファージの異物を貪食する反応は、TRPM2の働きによって、発熱域(38.5℃)で、より増強することがわかりました。

図1 過酸化水素によってTRPM2は、体温域でも反応するようになる

 

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温度センサーであるTRPM2をもった培養細胞の体温域の温度に対する反応。過酸化水素をかける前は、反応が見られませんが、過酸化水素をかけると反応するようになります。これは過酸化水素によって、TRPM2が普段反応しない体温域の温度でも反応できるように温度反応性が変化したからであることが分かりました。

図2 免疫を担うマクロファージの反応は、TRPM2の働きによって、体温で増強する

 

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過酸化水素のあるときの、マクロファージの平熱域と発熱域の温度に対する反応。平熱域(約37℃)よりも発熱域(約38℃)でより強く反応することがわかりました(上図)。
これによって、マクロファージの免疫応答である異物を食べる働きが発熱域で上昇しましたが、TRPM2温度センサーをなくしたマクロファージでは、平熱域と発熱域で変化がありませんでした(下図)。

図3 マクロファージの免疫反応が体温で活発になる仕組み

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普段、体温ではTRPM2は反応しませんが、病原体にたいする免疫反応で過酸化水素が産生されるとTRPM2のスイッチがオンになり、体温でも働くようになります。さらに発熱すると、その働きが強まることがわかりました。

この研究の社会的意義

 
細菌とたたかうときに熱が出る意味とは?
今回の発見で、マクロファージのような免疫細胞が、細菌と戦う際、TRPM2の温度反応性の変化によって、体温でもその働きが活発になる仕組みが分かりました。
さらに、今回の研究では、過酸化水素のTRPM2に対する作用は、TRPM2そのものに対する“酸化”反応によることも分かりました。具体的に、過酸化水素がTRPM2のどこに作用しているのかも解明できました。このように、TRPM2機能調節の分子機構が明らかとなったことにより、マクロファージの働きを調節する新たな薬剤開発や治療戦略を提供できる可能性が考えられます。
今回発見した温度センサーTRPM2の働きは、私たちが細菌などに感染した際、発熱によって免疫力が上がるメカニズムの一つなのかもしれません。

図4 病気(病原体)とたたかうときに熱が出る意味

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論文情報

Redox signal-mediated sensitization of Transient Receptor Potential Melastatin 2 (TRPM2) to temperature affects macrophage functions
Makiko Kashio, Takaaki Sokabe, Kenji Shintaku, Takayuki Uematsu, Naomi Fukuta, Noritada Kobayashi, Yasuo Mori, Makoto Tominaga
米国科学アカデミー紀要Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(電子版)2012年4月9日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永真琴 (とみなが まこと)
Tel: 0564-59-5286   FAX: 0564-59-5285 
email: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
pub-adm@nips.ac.jp




 


 



 

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