Quantcast
Channel: 生理学研究所/メディアの皆様へページ

みらいの科学者大集合14   見えない真実をみる 顕微鏡がひらく生物の世界 ―レーウェンフック顕微鏡でミクロの世界を見てみよう!―

$
0
0

内容

 生理学研究所は、岡崎市保健所とタイアップのもと、7月20日に岡崎げんき館にて恒例の「第27回せいりけん市民講座」を開催いたします。
 今回は、夏休み中ということで、永山 國昭 特任教授(生理学研究所)による子供向け(小学生以上&ご家族等)の体験教室&講演会を開催します。歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物の観察をおこなったレーウェンフックの顕微鏡の復刻版や、最新の実体顕微鏡を使い、実際にミドリムシや花粉、毛髪などを観察してみます。講演会は、永山教授が開発した最先端の位相差電子顕微鏡についての講演です。


27siminn.jpg

レーウェンフック顕微鏡(復刻版)


 

 

 

 

  ・タイトル
 見えない真実をみる 顕微鏡がひらく生物の世界
-レーウェンフック顕微鏡でミクロの世界を見てみよう!-
・場所 岡崎げんき館
・日時 7月20日(土曜日) 13:30~15:00
参加自由、無料。先着200名まで。
 

お問い合わせ先

自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
小泉 周 (コイズミ アマネ)准教授
永田 治 (ナガタ オサム)技術係長
TEL:0564-55-7722 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp


痒みを想像しただけで痒くなる!その脳内メカニズムの一端を解明

$
0
0

内容

他人の痒みを見たり、痒みを想像したりすると、痒くなったり、体を掻いてしまったりします。このような現象は以前から知られていました。しかしながら、その脳内メカニズムはわかっていませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の望月秀紀特任助教、柿木隆介教授は、ハイデルベルグ大学と共同で、痒みを見たり想像したりすると、島皮質と大脳基底核の機能的なつながりが強化され、それが原因で掻きたくなるという現象が起こる可能性を明らかにしました。本研究成果は学術専門誌PAINの10月号に掲載されます(6月12日早期電子版掲載)。本研究は、アレキサンダー・フォン・フンボルト財団の支援をうけて行われました。

研究グループは、痒みを想像させる写真を見せたときの脳の活動を、磁気共鳴断層画像装置(fMRI)を使って調べました。その結果、痒みを想像できる画像を見たときには、情動をつかさどる島皮質(とうひしつ)と呼ばれる部位の活動と、運動の制御や欲求をつかさどる大脳基底核の活動の間で相関性が高まることを明らかにしました。すなわち、島皮質と大脳基底核の機能的なつながりが強化され、それが原因で掻きたくなると考えられます。

望月助教は、「抑えられないほどの掻きたいという欲求の際には、今回発見した島皮質と大脳基底核の機能的なつながりが強くなっているものと考えられます。もしこのつながりを上手にコントロールできれば、アトピー性皮膚炎などで問題となっている制御困難な掻破欲求・掻破行為を制御する新たな治療法開発につながることが期待されます」と話しています。

今回の発見

1.痒みを想像しただけで痒くなるときの脳の働きをfMRIを使って調べました。
2.痒みを想像すると、情動をつかさどる島皮質(とうひしつ)と運動の制御や欲求をつかさどる大脳基底核の間で、機能的なつながりが強化されることを明らかにしました。

図1 痒みの画像をみただけで痒みが想像され、痒くなる

press-20120802-wadai4-1.jpg.png

痒みを想像できる画像(画像元:有限会社モストップ)を見せたときの脳の反応をfMRIを使って調べました。

図2 島皮質と大脳基底核の機能的なつながりが強化される

press-20120802-wadai4-2.jpg.png.jpg

他人の痒みを見たり、痒みを想像したりすると、情動をつかさどる島皮質と、運動の制御や欲求をつかさどる大脳基底核の活動が高まり、機能的なつながりが強くなることがわかりました。このつながりは、掻破欲求や掻破行為の誘発に関係する可能性があります。

この研究の社会的意義

抑えきれない掻破欲求や掻破行為の脳内メカニズム
今回の成果から、痒みの画像をみたり想像するだけで、情動をつかさどる島皮質と、運動の制御や欲求をつかさどる大脳基底核の活動が高まり、機能的なつながりが強くなることがわかりました。もしこのつながりを上手にコントロールできれば、アトピー性皮膚炎などで問題となっている制御困難な掻破欲求・掻破行為を制御する新たな治療法開発につながることが期待されます。

論文情報

Cortico-subcortical activation patterns for itch and pain imagery.
Mochizuki H, Baumgärtner U, Kamping S, Ruttorf M, Schad LR, Flor H, Kakigi R, Treede RD.
Pain. 2013 Jun 12. pii: S0304-3959(13)00312-6. doi: 10.1016/j.pain.2013.06.007. [Epub ahead of print]
学術誌PAIN 10月号掲載(早期電子版2013年6月12日掲載)

お問い合わせ先

<研究に関すること> 
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節研究部門
柿木 隆介 教授
Email: kakigi@nips.ac.jp
電話:0564-55-7756(秘書室)

望月 秀紀 特任助教
Email: motiz@nips.ac.jp
電話:0564-55-7753(居室)

*基本的には秘書室あるいは居室に電話をいただきたいと思います。

<広報に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp




 

日本学術振興会「ひらめき☆ときめきサイエンス」開催について(8月26日 開催)

$
0
0

内容

脳や体を動かす電気信号でロボットアームを動かしてみよう!II

人の脳や体はどうやって働いているのでしょうか? じつは電気信号で働いています。電線の役割をする神経を電気信号が伝わり、脳や体が働きます。
 でも、この信号はとても小さくて普段は感じることができません。そこで、簡単に人体で働く電気信号を取り出すことができる生体電気測定回路”マッスルセンサー”を使用して体験してみます。

毎年恒例のこの企画ですが、今年は、愛知県下の高校9校の高校生23名に参加していただきます(すでに募集は閉め切っています)。

press-20120802-wadai2.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

(昨年開催時の写真)
http://www.nips.ac.jp/public/hiratoki/

 

開催日:平成25年8月26日(月) 11:00 ―17:00
会 場:自然科学研究機構 岡崎コンファレンスセンター(愛知県岡崎市)
主 催:自然科学研究機構 生理学研究所 情報処理・発信センター 広報展開推進室
共 催:日本学術振興会
協 力:愛知県立岡崎高等学校

文部科学省"情報ひろば"における常設展示について (8月~11月)

$
0
0

内容

文部科学省「情報ひろば」にて「脳神経科学の現在と未来」の展示

自然科学研究機構 生理学研究所は、平成25 年8 月1 日(木)~11月末(予定)まで、文部科学省 情報ひろば「科学技術・学術展示室」(東京都千代田区、旧文部省庁舎3 階)で、生理学研究所で行われている最先端の脳科学研究や研究に用いられている技術を紹介する「脳神経科学の現在と未来」についてパネルおよびデモ機器を用いた展示を行います。

■テーマ: 脳神経科学の現在と未来 -研究を支える様々な技術-

■展示期間
平成25 年8 月1 日(木)~11月末(予定) ※開館は午前10 時~午後6 時

■展示場所
文部科学省 情報ひろば「科学技術・学術展示室」
(東京都千代田区霞が関3-2-2 旧文部省庁舎3 階)
※文部科学省情報ひろばについては、下記の文部科学省Web サイトを御参照ください。
http://www.mext.go.jp/joho-hiroba/index.htm

■企画展示の概要:
脳は、人類にとって最後のフロンティアであり、多くの研究者が脳の仕組みや働きを知る挑戦をしています。この未知なる脳を研究するために、様々な技術を総動員して、「脳の働きを可視化する」努力が行われています。また、脳神経科学が扱う領域は非常に広がってきており、分子から神経細胞、そして、脳そのもの、あるいは、人の社会的行動における脳の相互作用に至るまでが研究対象となっています。そうした様々なレベルを統合的に扱う古くて新しい脳研究の技術が求められています。本企画は、文部科学省の大学共同利用機関である生理学研究所の共同利用研究を通じて行われている脳神経科学研究を中心に、現代の脳神経科学を支える「脳の働きを可視化する」様々な技術を、分子から脳、社会脳に至るまで階層的に御紹介します。特に、蛍光物質とそれを用いた研究手法を、ポスター展示と実物展示で御紹介します。

■展示内容
<ポスター展示>
・分子から神経細胞、そして、脳そのもの、あるいは、人の社会的行動における脳の相互作用に至るまで、「脳を可視化する」技術を紹介するポスター
・蛍光物質を用いた研究手法を紹介するポスター(蛍光顕微鏡の仕組みなど)
<実物展示>
・蛍光顕微鏡による蛍光物質で光らせた脳標本の観察
ノーベル化学賞受賞“緑色蛍光タンパク質(GFP)”などの蛍光物質で光らせた脳標本(マウス)を、蛍光顕微鏡を用いてのぞいていただきます。

press-wadai3-1.jpg

・蛍光顕微鏡の仕組みを示す展示物
 蛍光顕微鏡の基礎となる色(波長)により蛍光を励起光から分離する技術(ダイクロイックミラーの仕組み)について、その仕組みを紹介するデモンストレーション機器を操作していただきます。

press-20120802-wadai3-3.jpg

■内容に関して連絡先
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp

炎症時の痛みに「ワサビ受容体」が関わる仕組みを明らかに ― 炎症性疼痛や神経障害性疼痛の発生にワサビ受容体のスプライスバリアントが関与する

$
0
0

内容

 痛み刺激を感知するセンサーの1つにワサビの辛みを感知するワサビ受容体があります。ワサビ受容体は全身の皮膚の神経にもあり痛みセンサーとして働いていることが知られていますが、炎症時の痛みや神経障害後に起こる痛みにワサビ受容体がどのように関わるかは明らかではありませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の周一鳴研究員と富永真琴教授は、マウスのワサビ受容体であるTRPA1(トリップ・エーワン)にスプライスバリアント(一つの遺伝子から複数種類のタンパク質が作られる仕組みによって生成される構造の異なるタンパク質)が存在し、その構造の異なるTRPA1スプライスバリアントが炎症時や神経障害後に増えることによって痛み増強につながることを明らかにしました。本研究結果は、Nature誌の姉妹誌であるネーチャー・コミュニケーションズ(9月6日電子版)に掲載されます。
 

研究グループは、マウス感覚神経のTRPA1というイオンチャネルに注目して、普通のTRPA1タンパク質より30アミノ酸だけ小さいスプライスバリアントが存在することを見つけました。普通のTRPA1をTRPA1a、スプライスバリアントをTRPA1bと名づけました。TRPA1 DNAからの転写過程においてTRPA1a mRNA(エムアールエヌエー)とTRPA1b mRNAができて、それぞれが翻訳されて2つのTRPA1タンパク質が生成されるのです。細胞の中でTRPA1aとTRPA1bが結合することによって、細胞膜にTRPA1a/TRPA1b複合体量が増えることがわかりました。

さらに、今回発見したTRPA1a/TRPA1b複合体の働きを調べるために、活性化メカニズムの異なる2つのTRPA1活性化剤(AITC: ワサビの辛み成分アリルイソチオシアネートと2-APB: ツーエーピービー)によって活性化したTRPA1を介して流れるイオン電流を測定したところ、TRPA1aとTRPA1bの両方があるとより大きな電流が観察されました(図1)。TRPA1bだけでは電流は見えませんでした。さらに、炎症性疼痛モデルマウスの感覚神経で、炎症発生後にTRPA1b遺伝子(mRNA)量がどんどん増えていくことがわかりました(図2)。神経障害性疼痛(神経に障害が起こった後に、神経損傷自体は治癒しても痛みが続く状態で、慢性疼痛の一種)モデルマウスでも同様にTRPA1b遺伝子(mRNA)量が増えました。こうした炎症性疼痛モデルマウスや神経障害性疼痛モデルマウスの感覚神経ではTRPA1の応答性は増大していることから、TRPA1bの増加によってTRPA1活性が増大して痛み増強につながっていると考えられました(図3)。

富永教授は「今回の研究で、ワサビ受容体TRPA1が炎症性疼痛や神経傷害性疼痛の発生に関わる分子メカニズムが明らかになりました。スプライスバリアントが増えないようにすることが痛みの発生をおさえることから、新たな鎮痛薬開発につながるかもしれません。」と話しています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見


1.痛みセンサーとして働くワサビ受容体TRPA1に新しいスプライスバリアントが存在することが分かり、スプライスバリアントがあるとTRPA1電流が大きくなりました。
2.そのスプライスバリアントがマウスの炎症性疼痛モデルや神経傷害性疼痛モデルで増えることがわかりました。
3.スプライスバリアントはTRPA1の機能増強をもたらすことから、炎症性疼痛や神経傷害性疼痛における痛み発生にスプライスバリアントが関わっていることが示唆されました。

図1 TRPA1a とTRPA1bの複合体のTRPA1機能(電流)への効果

press20130906tominaga-1.jpg普通のワサビ受容体(TRPA1a)とTRPA1のスプライスバリアント(TRPA1b)をもった培養細胞の2種類のTRPA1活性化剤に対する反応。TRPA1bだけをもった細胞ではTRPA1の応答は見られませんでした。TRPA1aとTRPA1bの両方をもった細胞では、TRPA1aだけをもった細胞より大きな電流応答が観察されました。TRPA1aとTRPA1bの両方があることによってTRPA1機能が増強することがわかりました。これは、痛みが強くなることにつながると考えられます。

図2 炎症性疼痛モデルにおけるTRPA1b遺伝子の発現変化

press20130906tominaga-2.jpg正常マウスではTRPA1b遺伝子(mRNA)は14日まで変化しませんが、CFA(シーエフエー)という起炎物質を足底に注射した炎症性疼痛モデルマウスでは、TRPA1b mRNA量がどんどん増えていくのがわかります。神経障害性モデルでも同様の現象が認められました。

図3 TRPA1bの量と疼痛増強のモデル図

press20130906tominaga-3.jpg炎症時や神経障害時にはTRPA1bが増えて、感覚神経細胞膜上のTRPA1a/TRPA1b複合体量が増加します。そして、TRPA1の応答性が増強して大きな電流が流れることによって痛み増強につながると考えられます。

この研究の社会的意義

TRPA1のスプライスバリアントをターゲットとした新しい創薬戦略の提唱

今回の発見で、ワサビ受容体TRPA1が炎症性疼痛や神経障害性疼痛の発生にかわる仕組みが分かりました。TRPA1bと同一のものはヒトでは見つかっていませんが、同様のことがヒトでも起こっていると想定されるため、TRPA1のスプライスバリアントやその調節因子が炎症性疼痛や神経障害性疼痛の治療のための新しい創薬ターゲットになることが期待されます。
 また、病態時における選択的スプライシングの役割の解明につながることが期待されます。

論文情報

Identification of a splice variant of mouse TRPA1 that regulates TRPA1 activity. 
Yiming Zhou, Yoshiro Suzuki, Kunitoshi Uchida & Makoto Tominaga.
Nature Communications.   2013年 9月6日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永真琴 (とみなが まこと)
Tel: 0564-59-5286   FAX: 0564-59-5285 
email: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
pub-adm@nips.ac.jp

はじめて明かされたウイルス感染生活史の全容:位相差電子顕微鏡の金字塔

$
0
0

内容

 電子顕微鏡の一技術として、急速凍結法が近年開発され、氷に封じられた細胞やウイルスを生状態で観察できるようになった。ホルマリン漬けにしたり、重金属で染色したりする破壊的試料作成法を避ける画期的手法であるが、像のコントラストが弱く微小形態の特定が困難であった。この問題は生理研の永山教授らが開発した位相電子顕微鏡法により解決され、共同研究者のWah Chiu教授率いるベイラー医科大のグループにより、地球上炭酸ガス固定の主役シアノバクテリア中でのウイルスの立体構造形成の解明に応用された(図1)。感染初期にまずウイルスの外殻ができ、次にDNAゲノムがその中に封入され、最後に角や尾が出来る形作りの過程(図2)が明らかにされ、ウイルス感染の生活史モデルが提出された(図3)。


 無染色で透明な生きた細胞の微細観察を最初に可能としたのは、光学顕微鏡の位相差法で、オランダのFritz Zernikeにより発明され1953年のノーベル物理学賞に輝いた。同じ方法を電子顕微鏡に応用する試みは50年以上続けられてきたが、その成功は21世紀になりはじめて生理研永山教授のグループにより達せられた。鍵となったのは、位相差法の心臓部である薄い炭素膜でできた位相板の帯電防止法の確立だった。今回のウイルス感染生活史研究はこの位相差電子顕微鏡が医学生物学研究に真に役立つ強力な方法であることを実証する金字塔といえる。

永山教授は「今回の研究で、10年来地道に続けてきた位相差電子顕微鏡の開発研究が医学、生物学分野で正しく評価されることを期待している。」と話しています。

本研究は国際共同研究として行われました。参照:(https://www.bcm.edu/news/biochemistry-and-molecular-biology/tecnique-sharpens-view-of-phage-assembly)

今回の発見

1.シアノバクテリア内のウイルス感染生活史は地球上炭酸ガス固定の主役シアノバクテリアの生態系を明らかにする。
2.今回のウイルス感染生活史全容解明と同等のことがヒト細胞で可能となれば、ウイルス感染対策の前進が期待される。
3.位相差電子顕微鏡が医学生物学研究の最先端を切り拓く有力な方法であることが実証された。

図1 シアノバクテリアと感染したウイルス(バクテリオファージ)の立体像。金色の楕円構造がバクテリアの細胞壁。バクテリア内にちらばる赤紫色粒子がウイルス

nagayama-press20131025-1.jpg急速凍結法により氷に閉じ込められたシアノバクテリアについて、位相差電子顕微鏡より内部のウイルスを含めたシアノバクテリアの微細立体構造が明らかとなった。(ベイラー医科大のホームページより)

図2 感染過程で変わるのウイルスの立体構造(左側:位相差電子顕微鏡像、右側:ウイルス立体構造モデルー下から上に成人型)


Nagayamapress20131025-2.jpg

感染初期にシアノバクテリアに注入されたウイルスのゲノムDNAはその遺伝情報を使い、シアノバクテリアにウイルスの蛋白質外殻(キャプシド)を作らせる。そのキャプシドがDNAを内包し最後に角や尾を付加する感染生活史の全容が、各段階の立体構造解明により明らかになった。(Nature論文より)

図3 細胞内でのウイルス感染生活史モデル

Nagayama-press20131025-3.jpg

図2に示す各段階の立体構造がどのような順序でウイルス形成に関わるのか。その形成過程を示す生活史モデルが構築された。(Nature論文より)

この研究の社会的意義

 地球上炭酸ガス固定の主役シナノバクテリアのウイルス感染生活史解明を通じ、CO2問題の解決につながる期待および位相差電子顕微鏡法によりヒトウイルス感染の詳細が解明され、予防や治療につながる期待がある。

論文情報

Visualizing virus assembly intermediates inside marine cyanobacteria. 
Wei Dai, Caroline Fu, Desislava Raytcheva, John Flanagan, Htet A. Khant, Xiangan Liu, Ryan H. Rochat, Cameron Hasse-Pettingell, Jacqueline Piret, Steve J. Ludtke, Kuniaki Nagayama, Michael F. Schimid, Jonathan A. King & Wah Chiu.
Nature.   2013年10月31日号

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 特別研究
特任教授 永山國昭 (ナガヤマクニアキ)
Tel: 0564-59-5212   FAX: 0564-59-5212 
email: nagayama@nips.ac.jp, knagayama100@gmail.com 

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp


 

 

脳と脊髄の神経のつながりを人工的に 強化することに成功

$
0
0

内容

 脊髄損傷や脳梗塞による運動麻痺患者の願いは、「失った機能である自分で自分の身体を思い通りに動かせるようになりたい。」ということです。しかしながら、これまでのリハビリテーション法・運動補助装置では一度失った機能を回復させることは困難でした。今回、生理学研究所の西村幸男 准教授と米国ワシントン大学の研究グループは、自由行動下のサルに大脳皮質の神経細胞と脊髄とを4x5cmの神経接続装置を介して人工的に神経結合し、大脳皮質と脊髄の繋がりを強化することに世界で初めて成功しました。本研究成果を日常生活で利用可能な脊髄損傷や脳梗塞などの運動・感覚麻痺に対する新しいリハビリテーション法として応用することを目指します。本研究結果は、神経科学専門誌NEURON誌(2013年11月7日オンライン速報)に掲載されます。
 

 研究チームは大脳皮質と脊髄間の繋がり(シナプス結合)を強化する目的で、自由行動下のサルの大脳皮質の神経細胞と脊髄とを神経接続装置(図1)を介して、人工的に神経接続しました。神経接続装置は、大脳皮質の神経活動を記録し、それを電気刺激に変換し、0.015秒の遅延時間(刺激のタイミング)をおいて、脊髄に対して電気刺激をします。サルは神経接続装置と伴に、ご飯を食べたり、遊んだり、寝たり、自由に日常を変わらず過ごしていました(図2中)。すると、次の日には大脳皮質と脊髄間のシナプス結合の強さは、人工神経接続前と比較すると、より強くなっていました(図2左)。シナプス結合の強さは、刺激のタイミングが大変重要で、0.012-0.025秒だと強化され(図3赤丸)、0.050秒以上ではシナプス結合の強さに変化が見られませんでした。大変興味深いことに、刺激のタイミングを短くするとシナプス結合の強さが減弱されました(図3水色)。この結果は、自由行動下の動物でシナプス結合を強めたり、弱めたりした世界で初めての成果です。

 西村准教授は、「この技術は在宅で利用可能な脊髄損傷や脳梗塞後の運動・感覚機能の機能再建・リハビリテーションに役立つことが期待されます。シナプス結合は学習や記憶を司り、脳・脊髄の至る所にあります。この技術は学習能力や記憶を強化することにも応用可能かもしれません。」と話しています。

 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人 光男 (株) 国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピューターインターフェイス」(研究代表者:西村 幸男)の一環として行われました。

 また、今回の動物実験に関しては、動物実験の指針を整備するとともに、研究所内動物実験委員会における審議を経て、適切な動物実験を行っております。

今回の発見

・大脳皮質と脊髄との繋がりを強化・減弱することに成功。
・3.5x5.5cmの神経接続装置を使って、自由行動下のサルに大脳皮質運動野の神経細胞と脊髄とを神経接続装置を介して人工的に神経結合した。
・日常生活で利用可能な脊髄損傷や脳梗塞などの運動・感覚麻痺の新しいリハビリテーション法となり得る。

図1 神経接続装置

press-nishimura20131108-1.jpg

 3.5x5.5cmの電子回路で生体信号記録装置、マイコン、電気刺激装置で構成されています。

図2 人工的な神経接続による大脳皮質と脊髄との神経結合の強化

press-nishimura20131108-2.jpg

 大脳皮質と脊髄間の神経結合の強さは、脊髄につながっている大脳皮質の神経細胞と脊髄の神経細胞間のシナプスで決められています(図2左)。この大脳皮質と脊髄間のシナプス結合を強化する目的で、大脳皮質の神経細胞と脊髄とを神経接続装置を介して、人工的に神経接続しました。神経接続装置は、大脳皮質の神経活動を記録し、それを電気刺激に変換し、0.015秒の遅延時間(刺激のタイミング)をおいて、脊髄に対して電気刺激をします。神経接続装置を約1日、自由行動下のサルに装着すると(図2中)、次の日に大脳皮質と脊髄間のシナプス結合の強さは、人工神経接続前と比較すると、より強くなっていました(図2右、赤丸が強化されたシナプス結合)。

図3 刺激のタイミングの効果

press-nishimura20131108-3.jpg

 シナプス結合の強さの制御には、刺激のタイミングが大変重要で、0.012-0.025秒だと強化され(図3赤丸)、0.050秒以上では効果はありませんでした。大変興味深いことに、刺激のタイミングが短すぎるとシナプス結合の強さが減弱されました(図3水色)。

この研究の社会的意義

・日常生活で可能なリハビリテーション法の臨床応用。

論文情報

“Spike-timing dependent plasticity in primate corticospinal connections induced during free behavior”
Yukio Nishimura, Steve I. Perlmutter, Ryan W. Eaton, Eberhard E. Fetz
Neuron 2013年11月7日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達機構研究部門
准教授 西村 幸男 (にしむらゆきお)
TEL: 0564-55-7766 FAX: 0564-55-7766 
EMAIL: yukio@nips.ac.jp

<広報に関すること>
①    自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721
EMAIL: pub-adm@nips.ac.jp

②    独立行政法人科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404  FAX: 03-5214-8432
EMAIL: jstkoho@jst.go.jp


 


 

けいれん・記憶障害をきたす自己免疫性辺縁系脳炎の病態を解明 ―てんかん関連分子LGI1の機能阻害が辺縁系脳炎をも惹起する―

$
0
0

内容

自然科学研究機構 生理学研究所の深田正紀教授、深田優子准教授、大川都史香院生の研究グループは、鹿児島大学医学部の髙嶋博教授、渡邊修講師、北海道大学医学部の渡辺雅彦教授らとの共同研究により、国内の自己免疫性神経疾患患者の血清を網羅的に解析し、痙攣や記憶障害をきたす辺縁系脳炎の病因となる自己抗体の種類とその頻度を明らかにしました。そして、てんかん関連分子LGI1に対する自己抗体がシナプス機能異常を引き起こし、辺縁系脳炎を惹起している可能性が極めて高いことを突き止めました。さらに、辺縁系脳炎の診断、治療効果の判定に実用可能な検査法を開発しました。本研究成果は米国の神経科学誌(Journal of Neuroscience)に掲載されます(2013年11月13日号)。

  辺縁系脳炎は亜急性に近時記憶障害や痙攣、見当識障害をきたす重篤な脳疾患であり、原因としてウイルス感染や細菌感染、腫瘍随伴、自己免疫などが知られています。自己免疫性脳炎は、主に成人に発症し、国内患者は年間約700人と推定されています。自己免疫性脳炎は、なんらかの原因で自身の神経細胞が有する蛋白質に対する抗体(自己抗体)が生じるために、自身の神経細胞の機能が障害されて発症します。しかしながら、自己抗体と標的蛋白質(自己抗原)の全容が未だ不明であり、診断が極めて困難な疾患です。本研究では、国内の145名の辺縁系脳炎を含む自己免疫性神経疾患の患者血清を網羅的に解析し、既知の自己抗体に加え、別の6種類の蛋白質に対する新規自己抗体を発見しました(図1)。さらに、各患者血清中のこれら自己抗体価を体系的に測定した結果、てんかん関連蛋白質であるLGI1に対する自己抗体価と辺縁系脳炎発症との間に極めて高い相関があることを見出しました(図2)。
LGI1はその変異がある種の遺伝性側頭葉てんかんを引き起こすことから研究者の注目を集めています。これまでに、深田らの研究グループはLGI1がADAM22受容体を介してシナプス伝達を制御すること、そして、LGI1欠損マウスではシナプス伝達異常により、生後2-3週間で致死性てんかんを必発することを報告してきました。一方ごく最近、海外の研究者らにより辺縁系脳炎患者血清中に抗LGI1自己抗体が存在することが報告されました。しかし、LGI1自己抗体が他のさまざまな自己抗体と比較してどれほど強く自己免疫性辺縁系脳炎の発症と関連するのか、そして、LGI1自己抗体がどのようにして痙攣発作や記憶障害といった臨床症状を引き起こすかは不明でした。

本研究では国内の自己免疫性神経疾患患者の血清を網羅的に解析することにより、LGI1自己抗体を高値かつ単独で有するほぼ全ての患者さんが辺縁系脳炎と診断されていたことを見出しました。さらに、LGI1自己抗体がLGI1とその受容体であるADAM22との結合を阻害することにより、脳内の興奮性シナプス伝達の大部分を担うAMPA受容体機能を低下させることを突き止めました(図3)。AMPA受容体を介したシナプス伝達の制御機構は記憶、学習の根幹を成すと考えられていることから、LGI1自己抗体によるAMPA受容体機能制御の破綻は辺縁系脳炎の記憶障害やてんかん症状を引き起こすと考えられます。

本研究は、最先端・次世代研究開発プログラム(内閣府) (H22-25)(研究代表者・深田正紀)、及び文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「シナプス・ニューロサーキットパソロジー」(領域代表:岡澤均 東京医科歯科大学難治疾患研究所教授)における研究課題「遺伝性側頭葉てんかんのシナプスおよび神経回路病態の解明」(H23-26)(研究代表者・深田優子)の一環として得られました。また、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金における研究課題「自己免疫性脳炎の病態解析および新規抗原の解明」(H25-27)(研究代表者・渡邊修)、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究における研究課題「Isaacs症候群の診断、疫学および病態解明に関する研究(H24-25)(研究代表者・渡邊修)、 新学術領域研究「包括型脳科学研究推進支援ネットワーク」(領域代表:木村實 玉川大学脳科学研究所所長)における「リソース・技術支援」(渡辺雅彦拠点)による支援を受けて実施されました。

科研費ロゴ.jpg  

 本研究に御協力頂きました患者様と御家族の皆様に深謝いたします。

今回の発見

(1)国内の自己免疫性神経疾患患者が有する自己抗体を体系的に同定、測定した結果、LGI1自己抗体を高値で有する患者さんはほぼ全て辺縁系脳炎と診断されていたことがわかりました(図2)。
(2) LGI1自己抗体はLGI1とその受容体ADAM22との結合を阻害し、シナプス伝達の中核を成すAMPA受容体機能を減弱させることがわかりました(図3)。
(3)先天的にLGI1遺伝子を欠損させたてんかんモデルマウス(ノックアウトマウス)においても、海馬領域においてAMPA受容体量が減弱していることがわかりました。

図1 新規自己抗体の発見

press20131113Fukata-1.jpg自己抗体は文字通り自己の蛋白質に対して反応し、細胞、組織、臓器に障害を引き起こします。今回、研究グループは脳神経細胞の蛋白質に対する既知の自己抗体(黒字の蛋白質に対する抗体)に加えて、さまざまな蛋白質に対する新規の自己抗体(赤字の蛋白質に対する抗体)を発見しました。

図2 複数の自己抗体を同時測定できる検査法の開発

press20131113Fukata-2-1.jpg今回、多数の新規自己抗体の標的抗原を同定したことにより、一人の患者血清中にどのタイプの抗体がどの程度存在しているかを簡便、高感度、かつ特異的に測定することが可能となりました。

 

press20131113Fukata-2-2.jpgLGI1抗体価(縦軸)とCASPR2抗体価(横軸)と疾患との関連性を示しています。LGI1抗体価が0.8以上の患者さんは殆ど例外なく辺縁系脳炎と診断されていたことが明らかになりました(左上の赤色の群)。一方、CASPR2抗体価が0.3以上の患者さんはニューロミオトニア(神経筋緊張病)のケースが有意に多いことが分かりました(右中央の青色の群)。

図3 LGI1自己抗体はLGI1とADAM22/23との結合を阻害する

press20131113Fukata-3.jpg通常、LGI1はシナプス間隙でADAM22、ADAM23と結合し、AMPA型グルタミン酸受容体を精緻にコントロールしています。一方、LGI1の機能が自己抗体により後天的に阻害されると、シナプスにおけるAMPA型グルタミン酸受容体機能が低下し無秩序なシナプス伝達が生じます。その結果、痙攣発作を伴うてんかん病態や記憶障害が生じると考えられます。

この研究の社会的意義

(1)“てんかん病態”の解明
これまでLGI1はその遺伝子変異がある種の側頭葉てんかんを引き起こすことから注目を集めてきましたが、今回の研究により、成人において後天的にLGI1とADAM22の結合が阻害されると、てんかん病態が惹起されることが明らかになりました。つまり、LGI1とADAM22の結合は私たちの脳が安定な興奮状態を維持するのに一生涯を通じて必要不可欠なシステムであると言えます。LGI1とADAM22はこれまでのイオンチャネルを標的とした抗てんかん薬と異なる新たな抗てんかん薬のターゲットとして期待されます。

(2)“自己免疫性辺縁系脳炎”の診断、治療効果判定に期待
今回、私共の開発した Multiplex ELISA検査法(図2)は患者血清中の様々な自己抗体の量を同時に測定することができ、辺縁系脳炎の確定診断、および治療効果の判定に実用可能と考えられます。この検査法により、個々の患者さんはしばしば複数の自己抗体を有することが明らかになりました。このことから、自己抗体の組み合わせによって患者固有の臨床症状が形成されることが強く示唆されます。また、LGI1自己抗体による辺縁系脳炎は免疫療法により自己抗体量を低下させることができれば治療可能なので、迅速な診断により早期の治療と良好な予後が期待できます。

(3)ヒトの記憶、学習の分子メカニズムの解明に期待

90%以上の患者さんで記憶障害を示す辺縁系脳炎の病態がLGI1とADAM22の結合障害に起因するシナプス伝達異常であることが判明したことから、今後は、記憶や学習過程におけるLGI1の役割の解明が期待されます。LGI1とADAM22との結合を修飾する化合物は、シナプス伝達の機能を変化させるような新たな薬剤の候補となることが期待されます。

論文情報

Autoantibodies to Epilepsy-Related LGI1 in Limbic Encephalitis Neutralize LGI1-ADAM22 Interaction and Reduce Synaptic AMPA Receptors.
Toshika Ohkawa, Yuko Fukata, Miwako Yamasaki, Taisuke Miyazaki, Norihiko Yokoi, Hiroshi Takashima, Masahiko Watanabe, Osamu Watanabe, and Masaki Fukata
米国の神経科学誌(Journal of Neuroscience)2013年11月13日発行

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門
教授 深田 正紀(フカタ マサキ)
Tel: 0564-59-5873 Fax: 0564-59-5870
Email:mfukata@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
Tel: 0564-55-7722 Fax: 0564-55-7721
Email: pub-adm@nips.ac.jp

言葉解説

“自己抗体”
本来産生されることのない自己の物質に対してできた抗体で、自己の細胞や組織、臓器に障害を引き起こし、自己免疫疾患の原因となります。LGI1以外にもNMDA受容体やAMPA受容体に対する自己抗体が自己免疫性脳炎で報告されています(図1)。

“辺縁系脳炎”

亜急性の近時記憶障害、見当識障害で発症し、極期には痙攣発作をきたす重篤な疾患。治療法はその原因により大きく異なり、感染が原因の場合には感染症に対する治療が必要となり、自己免疫性の場合は免疫療法が第一選択となります。しかし、自己免疫性の場合は有効な検査法が十分確立されておらず、診断が困難な場合があります。

“てんかん”
脳神経細胞や神経回路の過剰あるいは無秩序な興奮によって反復性の痙攣発作や意識消失等の発作が生じる疾患の総称で、人口の約1%程度に発症する神経疾患。

“てんかん関連分子LGI1”

神経細胞に特異的に発現する分泌蛋白質であり、その変異は遺伝性側頭葉てんかんを引き起こします。LGI1はシナプスで分泌され、ADAM22、およびADAM23受容体と結合し、シナプス伝達(AMPA受容体機能)を精緻に制御します(図3)。LGI1欠損マウス(ノックアウトマウス)では、シナプス伝達の異常により全てのマウスが致死性てんかんを必発します。

“シナプス伝達”

神経細胞同士はシナプスという接続部を介して相互に情報伝達を行います。シナプス伝達はこのシナプス間の情報伝達を指します。シナプス伝達の効率はそのシナプスの使用状況や外界刺激の種類に応じて柔軟に変化することから、記憶や学習の分子基盤と考えられています。

“AMPA受容体”

AMPA型グルタミン酸受容体は興奮性の神経伝達物質グルタミン酸の受容体の一つで、それ自体がNaイオンを透過させるイオンチャネルとして機能します。また、AMPA受容体は外界刺激によりシナプスにおける発現量が大きく変化すること、および興奮性シナプス伝達の大部分を担うことからシナプス可塑性の根幹をなす分子としてその制御機構は注目を集めています。 

 


なぜ痒いところを掻くと気持ちよくなるのか? その脳内メカニズムを解明

$
0
0

内容

痒いところを掻くと快感が生じます。しかしながら、その脳内メカニズムは不明でした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の望月秀紀特任助教授、柿木隆介教授は、掻くこと(搔破)によって生じる快感に報酬系と呼ばれる脳部位(中脳や線条体)が関係することを明らかにしました。本研究成果は米国の学術専門誌Journal of Neurophysiology(神経生理学雑誌)の1月号に掲載予定です。

研究グループは、実験的に手首に痒みを誘発し、その近辺を掻くことによって快感を生じさせました。そのときの脳の活動を、磁気共鳴断層画像装置(fMRI)を使って調べました。その結果、中脳や線条体といった報酬系と呼ばれる脳部位が強く反応することを世界で明らかにしました。すなわち、報酬系の活性化が掻破による快感を引き起こす原因と考えられます。これは世界で初めての発見です。

望月特任助教は、「気持ちよいからもっと掻いてしまうことがよくあります。特に、アトピー性皮膚炎患者など痒みで苦しむ人々にとっては、掻破による快感は深刻な問題です。なぜなら、過剰な掻破が皮膚を傷つけ、それが原因で痒みがさらに悪化してしまうからです。今回の発見により、快感に関係する脳部位が特定できました。この部位の活動を上手にコントロールできれば、過剰掻破を抑えることができます。そのような掻破の制御を目的とした新たな痒みの治療法開発につながることが期待されます」と話しています。kakenhi-logo.jpg

本研究は、科学研究費補助金の支援をうけて行われました。

今回の発見

1.掻破によって生じる快感について、その脳内メカニズムを調べました。
2.掻破による快感に報酬系と呼ばれる脳部位が関係することを明らかにしました。

図1 痒いところを掻いて快感が生じているときに報酬系と呼ばれる脳部位(中脳や線条体)が活動。

press20140109kakigi-michizuki.jpg

この研究の社会的意義


 掻破による快感の脳内メカニズム
痒いところを掻きむしると皮膚が傷つきます。アトピー性皮膚炎患者にとってはそのような皮膚の損傷は痒みの悪化につながります。そのため、掻破は患者を苦しめ、痒みの治療を困難にさせる深刻な問題となります。特に、搔破によって生じる快感は掻破を増強させる悪因子のひとつです。つまり、気持ち良いからもっと掻いてしまったり、快感を求めて不必要に掻いてしまったりするようになります。したがって掻破によって生じる快感を抑えることができれば、過度の搔破も軽減されれ、その結果、皮膚のダメージが抑えられて痒みの悪化を抑止できるはずです。本研究の発見は、掻破をコントロールする新たな痒みの治療法開発につながることが期待されます。

論文情報

The cerebral representation of scratching-induced pleasantness.
Mochizuki H, Tanaka S, Morita T, Wasaka T, Sadato N, Kakigi R.
Journal of Neurophysiology. 2014 (in press)

お問い合わせ先

<研究及び広報に関すること> 
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節研究部門
教授 柿木 隆介
Email:kakigi@nips.ac.jp
TEL:0564-55-7751, 0564-55-7756(秘書室)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp
 

鳥はワサビを「熱い」と感じる ― ニワトリの「ワサビ受容体」は鳥類忌避剤および高温刺激のセンサーとして働く

$
0
0

内容

極端な低温や高温に曝されたり、刺激性の化学物質に触れると痛みを感じます。今回、痛みを引き起こす刺激のセンサーであるTRPA1(トリップ・エーワン)をニワトリから単離し機能解析を行い、ニワトリTRPA1が刺激性の化学物質および高温のセンサーとして働くことを明らかにしました。変温動物の両生類や爬虫類のTRPA1も高温のセンサーであるのに対して、哺乳類のTRPA1は高温センサーではないことが知られています。同じ恒温動物である鳥類と哺乳類のTRPA1の温度感受性が一致していないことが分かりました。
また、鳥類忌避剤として利用されるアントラニル酸メチルがTRPA1により受容されることを新たに発見しました。更に、この化学物質によるTRPA1の活性に重要な役割を担う3つのアミノ酸を同定し、これまで不明だったアントラニル酸メチルによって引き起こされる忌避行動の分子メカニズムを解明しました。本研究成果は国際分子生物・進化学会誌(Molecular Biology and Evolution)に掲載されます(1月7日にオンライン先行出版されました)。
 

 研究グループは、脊椎動物や昆虫において痛みセンサーとして機能するワサビ受容体TRPA1を様々な脊椎動物種の間で比較してきました。これまで、両生類や爬虫類のTRPA1が高温のセンサーであり、高温感受性ではない哺乳類のTRPA1とは性質が異なることを報告してきました。今回、哺乳類と同じ恒温動物である鳥類のTRPA1の機能特性を明らかにするために、ニワトリからTRPA1を単離して機能を調べました。ニワトリのTRPA1はワサビの辛み成分アリルイソチオシアネートや他の香辛料に含まれる化学物質により活性化され、刺激性の化学物質のセンサーとして働くことを明らかにしました。更に、ニワトリのTRPA1は高温センサーであることも示し、鳥類のTRPA1の温度感受性が同じ恒温動物である哺乳類とは似ておらず、むしろ変温動物の両生類や爬虫類、昆虫と類似していることを発見しました。

 また、鳥類の忌避剤として海外で利用されるアントラニル酸メチルがニワトリTRPA1を活性化させること、ニワトリの感覚神経においてアントラニル酸メチルによる反応がTRPA1の特異的阻害剤により抑制されることを示し、アントラニル酸メチルの忌避作用がTRPA1を介して生じることを明らかにしました。更に、アントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性が脊椎動物種の間で異なることも見出し、この種間多様性を利用してTRPA1のアントラニル酸メチルの活性に重要な3つのアミノ酸を同定しました。

 富永教授と齋藤助教は、「今回の研究により、TRPA1が鳥類の忌避剤であるアントラニル酸メチルのセンサーであることが分かり、作用メカニズムを分子レベルで解明することができました。また、遺伝子の機能を多様な動物種間で比較することが作用機構を分子レベルで解明するうえで有用であることを示すこともできました。今回の研究はより効果的な鳥類忌避剤の開発に役立つかもしれません」と話しています。

 アントラニル酸メチル:コンコードグレープなどに含まれる、ぶどうのような匂いがする化学物質であり、安全性の高い化学物質と考えられており、食品添加物としても用いられる。鳥類に対して忌避作用があることが知られており、海外では鳥類を追い払うために農場や飛行場などで散布される。

科研費ロゴ.jpg

本研究は、鳥取大学の太田利男教授との共同研究により行われました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見 

1.ニワトリのワサビ受容体TRPA1が様々な刺激性の化学物質および高温のセンサーとして働くことを明らかにしました。
2.鳥類の忌避剤であるアントラニル酸メチルがTRPA1を介して作用すること、また、脊椎動物種間でTRPA1のアントラニル酸メチルに対する活性が異なることを発見しました。
3.ニワトリTRPA1のアントラニル酸メチルによる活性に重要な3つのアミノ酸を同定しました。

図1 温度刺激と化学物質刺激に対するニワトリTRPA1の応答

tominagaPress20140123-1.jpgマウスのTRPA1は低温に反応すると報告されていますが、ニワトリTRPA1は低温刺激には反応せず、高温刺激を与えた場合にのみ明瞭な電流応答が生じました。また、ワサビの辛み成分であるアリルイソチオシアネート(AITC)にも反応しました。ニワトリではTRPA1は高温と刺激性化学物質のセンサーとして機能することを示しています。

図2 アントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性の種間多様性と活性化に重要な役割を担うアミノ酸

tominagaPress20140123-2.jpgアントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性を5種の脊椎動物種間で比較したところ、ニワトリ、マウス、ヒトのTRPA1では明瞭な反応が観察されるのに対して、ニシツメガエルとグリーンアノールトカゲのTRPA1では反応が小さかった。また、ニワトリTRPA1のアントラニル酸メチルによる活性化には互いに近接した3つのアミノ酸が重要な役割を担うことが分かった。

図3 脊椎動物のTRPA1の機能的な多様性とその進化シナリオ

tominagaPress20140123-3.jpg高温センサーであるニワトリのTRPA1は、同じ恒温動物である哺乳類とは特性が異なり、むしろ、変温動物である両生類や爬虫類のTRPA1と類似していました。脊椎動物はもう一つの高温センサーとしてTRPV1を維持しているために、動物種によってはTRPA1の温度感受性が変化したと考えられます。一方、体にダメージを与え得る刺激を感じる能力はどの動物種にも必須であるため、いずれの動物種もTRPA1の化学物質感受性を維持してきたと考えられます。

この研究の社会的意義

TRPA1をターゲットとした新しい忌避剤の開発
近年、鳥獣による人や農作物への被害が問題となっています。今回の研究により、鳥類がアントラニル酸メチルを忌避するメカニズムが分子レベルで解明され、更に、TRPA1の活性に重要な役割を担うアミノ酸も特定されました。痛みセンサーに作用する忌避剤は即効性がありながら、動物に致死的な作用を及ぼしにくい利点があります。また、植物の成分であるアントラニル酸メチルは安全性が高い化学物質であると考えられています。TRPA1は植物に含まれる多様な化学物質のセンサーであることから、今回の研究成果はTRPA1をターゲットにした新たな忌避剤の開発につながることが期待されます。

論文情報

Heat and noxious chemical sensor, chicken TRPA1, as a target of bird repellents and identification of its structural determinants by multispecies functional comparison. 
Shigeru Saito, Nagako Banzawa, Naomi Fukuta, Claire T. Saito, Kenji Takahashi, Toshiaki Imagawa, Toshio Ohta, and Makoto Tominaga.   2014年1月14日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
助教 齋藤 茂 (さいとう しげる)
教授 富永真琴 (とみなが まこと)
Tel: 0564-59-5286   FAX: 0564-59-5285 
email(齋藤): sshigeru@nips.ac.jp
email(富永): tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp
 

音楽を用いた新しい突発性難聴の治療法<>br ― 脳の可塑性に基づいた新しいリハビリテーション療法。突発性難聴発症後、弱った耳を積極的に活用することで聞こえを改善させる。

$
0
0

内容

突発性難聴は急激に聴力が低下する原因不明の疾患で、日本における受療率は年間1万人当たり約3人で増大傾向が認められます。突発性難聴に対してどの治療法が有効かは判明しておらず、現在主流であるステロイド療法の有効性に関してさえ論争中です。今回、自然科学研究機構生理学研究所の岡本秀彦特任准教授、柿木隆介教授と他の研究グループは共同で、突発性難聴を発症した患者さんに、聞こえが悪くなった耳を積極的に活用してもらうリハビリテーション療法で、聴力がより回復することを明らかにしました。
突発性難聴が起こると病側の耳が聞こえにくくなる為、使われなくなってしまいます。ヒトの体の機能は使用されないと衰えてしまうため、本研究では聞こえにくい耳を保護するのではなく、むしろ積極的に使用し耳や脳の神経活動を活性化させることで聞こえを回復させました。安価で安全な突発性難聴治療方法として注目されます。本研究成果はサイエンティフィック・リポーツ誌(Scientific Reports)に掲載されます(1月29日にオンライン出版)。

研究グループは、ヒトの脳活動を脳磁計という機械で測定し、病気やリハビリテーションなどにより脳活動がどう変化するかを研究してきました。本研究では、突発性難聴患者に対して新しいリハビリテーション療法を行いその有効性を確かめました。突発性難聴になると片耳が聞こえにくくなるため、正常な耳ばかりを使い難聴の耳は使わなくなってしまいます。そうすると、難聴の耳から入力を受けている脳の部位も活動を低下させてしまいます。脳は使われないとその機能がどんどん衰えます。そこで、本研究では突発性難聴患者の正常な耳を耳栓で塞ぎ聞こえにくくしたうえで、難聴になった耳には音楽をたくさん聞かせることで、難聴の耳とそれに対応する脳部位の神経活動の活性化を試みました(病側耳集中音響療法)。その結果、通常のステロイド療法に加え病側耳集中音響療法を行った22名の突発性難聴患者の聴力は、ステロイド単独療法の31名の患者に比べて良く回復しました(図2)。また生体磁気計測装置MEG(magnetoencephalography)を使い、病側耳集中音響療法を受けたうち6名の脳の反応を記録しました。片方の耳に音を聞かせると通常反対側の脳活動の方が大きいのですが、入院時はこのような脳活動の左右差がありませんでした。しかしながら、病側耳集中音響療法を行った後では健常人と同様の脳活動の左右差が認められました。病側耳集中音響療法により、難聴の耳に対応する脳部位が再活性化したのではないか、と考えられます。
岡本特任准教授は、「これまでは突発性難聴に対しては薬物療法を行い静かに過ごすことが推奨されてきました。しかし、むしろ聞こえにくくなった耳を積極的に使うことで機能の回復を図るリハビリテーション療法が有効であること、また脳活動の回復にも繋がることを今回の研究により示すことができました。今後も、より効果的な治療法の開発に役立て行きたいと考えています」と話しています。

本研究は、大阪大学の猪原秀典教授・ミュンスター大学パンテフ教授との共同研究により行われました。

科研費ロゴ.jpg

本研究は、文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環としてて行われました。

  

今回の発見

1.突発性難聴が耳と脳において神経活動の不活性化を引き起こすことに注目し、これを防ぐリハビリテーション療法を行うことで聴力の改善を試みました。
2.突発性難聴患者は聞こえやすい正常な耳で音を聞いてしまうため、正常な耳には耳栓をして聞こえにくい耳で音を聞いてもらうようにしました。
3.耳と脳の神経活動の活性化のためにクラシック音楽を使用しました。
4.通常のステロイド療法にこのリハビリテーション療法を加えることで、ステロイド療法単独に比べ有意に聴力の改善が認められました。

図1 病側耳集中音響療法の模式図

okamotoPress20140128-1.jpg突発性難聴の患者さんの正常な耳には耳栓をします。耳栓は入院中ずっとしてもらいます。そして聞こえにくい方の耳で入院中毎日6時間ヘッドホンから音楽を聞いてもらいます。

図2 突発性難聴発症後の聴力の変化

okamotoPress20140128-2.jpg突発性難聴発症後の聴力を比較した。通常行われるステロイド療法にリハビリテーション療法を加えた患者群(灰色の棒グラフ)の方が、ステロイド療法単独の患者群(白色の棒グラフ)よりも聴力の回復が良かった(この図では棒グラフの値が0に近づくほど聴力が回復していることを示しています)。

図3 病側耳集中音響療法を行った患者の脳活動

okamotoPress20140128-3.jpgリハビリテーション療法(音響療法)を行った患者に片耳から音を聞かせた時の脳活動を調べました。聴力低下の無い健常者では対側の脳の神経活動がやや大きいのですが(左右差=約0.2)、突発性難聴発症時には脳神経活動にあまり左右差を認めませんでした。しかしながら、ステロイド+音響療法を行うと発症後約3ヶ月で、聴力低下の無い健常者の脳活動の左右差とほぼ同等になりました。

この研究の社会的意義

突発性難聴に対する新しいリハビリテーション療法の開発
突発性難聴は原因不明の難聴を主訴とする疾患ですが、近年日本においてその発症率は顕著な増大傾向が認められます(厚生労働省研究班調べ:http://www.nanbyou.or.jp/entry/310)。種々の治療法が試みられていますが、どの治療法が有効かは判明しておらず、現在主流であるステロイド療法の有効性に関してさえいまだ論争が絶えません。今回の病側耳集中音響療法は従来の薬物療法とは全く異なるアプローチであり、安価で副作用がないにもかかわらず、患者の聴力をステロイド単独療法の場合に比べ有意に改善させることができました。今後さらに研究を発展させることで突発性難聴のみならず、その他の感覚系の種々の疾患に対しても、より有効で副作用のない新しい治療法につながっていくことが期待されます。

論文情報

Constraint-induced sound therapy for sudden sensorineural hearing loss – behavioral and neurophysiological outcomes. 
Hidehiko Okamoto, Munehisa Fukushima, Henning Teismann, Lothar Lagemann, Tadashi Kitahara, Hidenori Inohara, Ryusuke Kakigi, and Christo Pantev.   2014年1月29日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節研究部門
特任准教授 岡本 秀彦 (おかもと ひでひこ)
教授  柿木 隆介 (かきぎ りゅうすけ)
Tel: 0564-55-7752   FAX: 0564-52-7913 
email(岡本): hokamoto@nips.ac.jp
email(柿木): kakigi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp
 

 

脳脊髄液分泌に関わる新しいメカニズムの発見 ~ TRPV4-アノクタミン1相互作用を介した水分泌の促進~

$
0
0

内容

あらゆる脊椎動物の脳室内において脳脊髄液は脈絡叢(みゃくらくそう)上皮細胞から分泌されます。この脈絡叢上皮細胞にTRPV4(トリップヴィフォー)が強く発現することは遺伝子クローニングが成功した2000年のころからよく知られていました。しかし、その生理的意義は謎とされてきました。今回、自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の高山靖規研究員と富永真琴教授はこれまで報告の無かったカルシウム活性化クロライドチャネルの発現を脈絡叢上皮細胞において発見し、かつその分子実体がアノクタミン1であることを明らかにしました。さらに、TRPV4の活性化によって細胞内へ流入したカルシウムによってアノクタミン1が活性化することでクロライドイオンの流出が生じ、それに伴う著しい水流出が証明されました。TRPV4は脈絡叢上皮細胞の脳室側に局在しているため、今回同定されたTRPV4-アノクタミン1相互作用は脳脊髄液分泌を促進するメカニズムであると考えられます。本研究結果は、FASEB Journal(2月7日電子版)に掲載されました。

 研究グループは、脈絡叢上皮細胞に強く発現するカルシウム透過性の高い非選択性カチオンチャネルTRPV4に着目して研究を行いました。脳室の中に漂うように存在する脈絡叢は脳脊髄液を分泌する組織であり、上皮細胞・軟膜・毛細血管の層で構成されています。上皮細胞では、基底外側(血管側)から先端側(脳室側)へとイオンが移動するため水も移動し、結果的に脳脊髄液が分泌されます(図1)。この脈絡叢上皮細胞においてTRPV4は先端側に局在しています。これは脈絡叢の生理的意義を考える上で非常に不可解なことです。なぜならTRPV4の活性化は細胞外(すなわち脳室側)からのナトリウムとカルシウムの流入を引き起すため、わざわざ脳室へ輸送した水を再び細胞内へと引き戻してしまうからです。本研究では、この謎めいた事象を明快に説明することができました。それは、いままで脈絡叢上皮細胞では機能的発現が無いとされてきたカルシウム活性化クロライドチャネル(アノクタミン1)を発見したためです。
アノクタミン1は細胞内カルシウムによって活性化します。本研究において、TRPV4の活性化によって細胞に流入したカルシウムがアノクタミン1を極めて強力に活性化させることが示されました(図2)。
アノクタミン1が活性化するとクロライドは細胞外へ流出します。細胞膜を隔ててイオンが移動するとイオンと同じ方向に水も移動します。薄い細胞膜は細胞を包むやわらかい袋のようなものなので、細胞から水が流出すると細胞はしぼみ、反対に水が流入すると細胞は膨らみます。そこで、TRPV4とアノクタミン1を発現した細胞の大きさを計測して、TRPV4を活性化したときに起こる細胞収縮を観察することに成功しました(図3)。

このような結果から、脈絡叢上皮細胞の先端側に局在するTRPV4が活性化すると近接するアノクタミン1が活性化してクロライド流出が起こり、TRPV4と結合することが知られている水チャネルを介して水が脳室へと移動するものと考えられます。これが本研究で提唱する脳脊髄液の新しい分泌メカニズムです(図3)。

科研費ロゴ.jpg


本研究は文部科学省科学研究費補助金とソルトサイエンス研究財団の補助を受けて行われました。

  

今回の発見

1.絡叢上皮細胞においてカルシウム活性化クロライドチャネルの発現を証明し、その分子実体がアノクタミン1であることを明らかにしました。
2.TRPV4とアノクタミン1が相互作用することを発見しました。
3.TRPV4-アノクタミン1相互作用により生じる水輸送を証明しました。

図1 脈絡叢の構造とTRPV4の局在部位

press20140212Tominaga-1.jpg3つある脳室(側脳室、第3脳室、第4脳室)のすべての領域において脈絡叢(濃い紫の部分)は存在しています。脈絡叢は上皮細胞、軟膜、毛細血管から成る一層構造でTRPV4は上皮細胞の先端側に多く存在しています。上皮細胞ではトランスポーターやイオンチャネルにより絶えずイオンが血管側から脳室側へと輸送されているため、それに伴う水の移動が起こり、結果として脳脊髄液が脈絡叢から分泌されています。

図2 TRPV4活性に伴うアノクタミン1の活性化

press20140212Tominaga-2.jpgTRPV4とアノクタミン1を共発現している細胞においてホールセルパッチクランプ法により観察されたクロライド電流。共発現細胞では、TRPV4アゴニストによって大きな電流が観察されます(左)。また、この電流は細胞外カルシウムを除去した状態では観察されないことから、TRPV4活性によるカルシウムの細胞内への流入がアノクタミン1を活性化させることが示されました(右)。

図3 TRPV4-アノクタミン1相互作用による水輸送と脳脊髄液分泌の新しいモデル

press20140212Tominaga-3.jpgTRPV4とアノクタミン1を発現した細胞においてTRPV4活性化に伴い観察される細胞収縮のモデル図(左)。脈絡叢上皮細胞においてTRPV4が活性化するとTRPV4-アノクタミン1相互作用によりクロライドが流出し、TRPV4と結合する水チャネルを介して水流出も促進されると考えられます(右)。

この研究の社会的意義

水頭症などに対する薬理学的アプローチ

脈絡叢の関わる主な疾患は水頭症です。水頭症は脳脊髄液の異常な産生亢進などにより脳が圧迫される疾患であり、有効な治療としては余分な脳脊髄液を脳室から外科的に取り除く方法しかありません。今回、水輸送に重要な新規経路が解明されたことで、水頭症のような脳脊髄液異常をきたす疾患の治療のためにTRPV4-アノクタミン1相互作用を標的とした薬剤の開発が期待されます。

論文情報

Modulation of water efflux through functional interaction between TRPV4 and TMEM16A/anoctamin 1
Yasunori Takayama, Koji Shibasaki, Yoshiro Suzuki, Akihiro Yamanaka, and Makoto Tominaga
The Journal of Federation of American Societies for Experimental Biology. (オンライン版)  2014年 2月7日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永 真琴 (とみなが まこと)
TEL: 0564-59-5286 FAX: 0564-59-5285 
EMAIL: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
特任助教 坂本 貴和子 (さかもと きわこ)
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721
EMAIL: pub-adm@nips.ac.jp

神経幹細胞が保たれる仕組みの一端を解明 ―神経幹細胞の維持に重要なBre1aの働きを初めて解明― ―脳腫瘍の治療技術の改良に期待―

$
0
0

内容

 脳の再生医療の鍵を握るものとして注目される神経幹細胞。脳のすべての神経細胞・グリア細胞の源であり、私たち成人の脳にもあって、記憶の形成や気分の安定に重要だと考えられています。この神経幹細胞はどのように維持されているのでしょうか?今回、自然科学研究機構・生理学研究所の池中一裕教授と滋賀医科大学の等 誠司教授のグループは、エピゲノム修飾因子であるBre1a(ブレワンエー)が神経幹細胞の増殖と分化を制御していることを発見しました。脳腫瘍の1つであるグリオーマでも、この分子メカニズムが働いていると推定され、グリオーマの治療技術の進歩にも期待できる研究成果です。米国の神経科学誌(Journal of Neuroscience)(2月19日号)に掲載されました。

 神経幹細胞は、胎児期の脳で大量の神経細胞・グリア細胞を産み出すとともに、自分自身を維持するように、増殖と分化のバランスをうまく調節する必要があります。増殖とは、すなわち、細胞分裂(1個の細胞が分裂して2つの細胞になる過程を細胞周期と呼びます)の積み重ねであり、1回の細胞周期にかかる時間が重要になってきます。神経幹細胞では、胎児期に細胞周期がどんどん伸びていき、成人の脳では遂に非常にゆっくりとしか分裂しなくなると考えられています。この”非常にゆっくりとしか分裂しない”という性質は、さまざまなタイプの幹細胞において、遺伝子変異のリスクを減らす(すなわち腫瘍化を防ぐ)という意義があるのだろうと、推測されています。

研究グループは、神経幹細胞の細胞周期と分化のバランスをとるために、両方を調節している因子があるはずだと考え、Bre1aという遺伝子を同定しました。Bre1aは、細胞のDNAが巻き付いているヒストンと呼ばれるタンパク質の1つ、H2Bをユビキチン化することが知られていました(図1)。最近、遺伝子の発現を調節する仕組みとして、エピゲノム修飾という言葉がしばしば使われ、世界中で研究のホットトピックスになっています。Bre1aによるヒストンH2Bのユビキチン化もエピゲノム修飾の1つで、細胞周期や分化に関わる多くの遺伝子群の発現を制御しているものと考えられます。

Bre1aは胎児期の脳の多くの細胞で発現していますが、ごく一部の細胞では発現低下しており、これらの細胞ではヒストンH2Bのユビキチン化も低下していました。そこで研究グループは、胎児期の神経幹細胞で人為的にBre1aの発現を低下させたところ、神経幹細胞の分化が抑制されることがわかりました。ここには、神経幹細胞の分化抑制に重要だと考えられている、Hes5(ヘス・ファイブ)という別の遺伝子の活性化が働いていることも、見出しました。同時に、Bre1aの発現が低下した神経幹細胞では、細胞周期が伸びて、分裂がゆっくりになっていることを、発見しました(図2)。

等教授は「神経幹細胞が安定して維持されるために、ヒストンH2Bのユビキチン化というエピゲノム修飾が関与していることを世界で初めて証明できた。脳腫瘍でも、グリオーマ幹細胞という腫瘍の元になる細胞の存在が、抗がん剤に対する抵抗性の原因の1つだと考えられている。グリオーマの治療戦略を考える際にも、この分子メカニズムが標的の1つとして重要だと推定される」と語っています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。また、三共生命科学研究振興財団(現・第一三共生命科学研究振興財団)およびアステラス病態代謝研究会からの研究助成金による支援を受けました。本研究は、東京大学・廣瀬謙造教授、基礎生物学研究所・藤森俊彦教授との共同研究の成果です。

今回の発見

1.経幹細胞では、Bre1a遺伝子の発現が低下しており、ヒストンH2Bのユビキチン化も低下していることを、明らかにしました。
2.経幹細胞で、Bre1aの発現が低下していることが、神経幹細胞の細胞周期をゆっくりにすることを発見しました。
3.同時に、Bre1aの発現低下によって、Hes5という別の遺伝子が活性化され、神経幹細胞の分化が抑制されることを確認しました。

図1 Bre1aの働きによりヒストンH2Bがユビキチン化される

press20140225Ikenaka-1.jpgBre1aは、DNAが巻き付いているヒストンと呼ばれるタンパク質の1つ、H2Bにユビキチンと呼ばれるタンパク質を付加します。その反応が引き金になり、隣のヒストンH3がメチル化され、近傍の遺伝子の発現が活性化されます。

図2 神経幹細胞におけるBre1aの発現抑制の効果

press20140225Ikenaka-2.jpg

図3 神経幹細胞とグリオーマにおけるBre1aの働きの模式図

press20140225Ikenaka-3.jpg

この研究の社会的意義

Bre1aをターゲットとした新しい脳腫瘍治療法の開発

近年、激しく増殖する腫瘍の中には、ゆっくりとしか分裂しない”幹細胞”のような細胞がいることが明らかになっています。ゆっくりとしか分裂しないので、分裂細胞をターゲットにした放射線療法や化学療法に抵抗性で、がんの再発に関わっているのではないかと考えられています。脳腫瘍の1つであるグリオーマは、神経幹細胞に近い細胞ががん化したもので、グリオーマ”幹細胞”でもBre1aがその増殖と分化を制御している可能性があります(図3)。Bre1aを標的分子とした、脳腫瘍に対する新しい治療法の開発が期待されます。

論文情報

Bre1a, a histone H2B ubiquitin ligase, regulates the cell cycle and differentiation of neural precursor cells
Yugo Ishino, Yoshitaka Hayashi, Masae Naruse, Koichi Tomita, Makoto Sanbo, Takahiro Fuchigami, Ryoji Fujiki, Kenzo Hirose, Yayoi Toyooka, Toshihiko Fujimori, Kazuhiro Ikenaka, and Seiji Hitoshi.
米国神経科学誌(Journal of Neuroscience)2014年2月19日発行

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 分子神経生理研究部門
教授 池中一裕 (いけなか かずひろ)
共同研究員 等 誠司 (ひとし せいじ)
 FAX: 0564-59-5247 

滋賀医科大学 生理学講座 統合臓器生理学部門
教授 等 誠司 (ひとし せいじ)
 FAX: 077-548-2146 
email(等): shitoshi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp

目から脳に視覚情報を伝える"第3"の神経経路を発見 "動き"の検出に特化した経路である可能性

$
0
0

内容

シドニー大学のパーシバル・くみ子 研究員のグループと、自然科学研究機構 生理学研究所および同機構 研究力強化推進本部の小泉 周 特任教授は、新世界サル(マーモセット)の網膜から脳の視床に視覚情報を送る“第3”の神経経路を発見し、米国神経科学会雑誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス 2014年3月12日号)に成果を報告しました。これまで霊長類では、2つの経路(視床のM層経由型とP層経由型)が目で見た画像をそのまま脳に伝えている、ととらえられていました。新しい経路は、視床のK1層を経由し視覚情報の中でも特に“動き”の情報を検出している可能性があります。
 

 研究グループは、哺乳類の中でもヒトに近い視覚系をもつ霊長類(新世界サル(マーモセット))の網膜に注目。小泉らは、マーモセット網膜への遺伝子導入法を開発し、これまであまり研究されていなかった霊長類の網膜に数少なく存在する神経細胞の可視化に成功しました。
 この手法および視床の特定の領域に色素を注入する方法を用いて、網膜から視床の特殊な層(K1層)へと情報を伝える、複数の神経細胞のつながりを調べました。その結果、網膜内のDB6双極細胞が網膜の狭棘状細胞(ナロー・ソニー神経節細胞)という神経細胞につながり、狭棘状細胞がK1層へ情報を送っていることがわかりました。
 K1層には、視覚情報のうち“動き”に反応する細胞が多く存在すること、K1層の情報が “動き”の情報処理を行うMT野にも直接情報を伝えていることから、今回発見した経路は、“動き”の検出に特化した神経経路であることが示唆されました。

 小泉特任教授は「今回の研究で、これまで単純なカメラのフィルムとして考えられていた霊長類の網膜でも、特殊な情報処理をするための情報処理経路があることが明らかになりました。今回発見した“動き”の検出に関与する神経経路が、目が見えない方の“ブライドサイト”(見えていると意識しないのに、ある種の情報が脳には直接送られている)と呼ばれるような能力に関与しているものと考えられます」と話しています。

科研費ロゴ.jpg


本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。また、基礎生物学研究所マーモセット研究施設にご協力頂きました。

今回の発見

1.新世界ザル(マーモセット)網膜の狭棘状細胞が、網膜のDB6双極細胞からの情報をうけとっていることがわかりました。
2.狭棘状細胞は、視床のK1層へ情報を送っていることがわかりました。
3.K1層にはモノの“動き”に反応する細胞があり、“動き”の情報処理を行うMT野に直接情報を送っていることから、今回発見した経路が、“動き”の検出に特化した経路であることが示唆されました。

図1 狭棘状細胞とDB6細胞

PressRelease_Kumiko_Koizumi_1.jpg解説
 緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子導入と免疫染色によって可視化された、狭棘状細胞(緑)と、DB6細胞(赤)。網膜内で、狭棘状細胞がDB6細胞とシナプスをつくり、情報を受け取っていることが明らかとなりました。また、脳の視床に色素を注入する方法で、視床(外側膝状体)のK1層からこの狭棘状細胞がつながっていることが明らかとなりました。

この研究の社会的意義

目から脳へ“動き”の情報を伝える特殊な神経経路を発見

 本研究から、これまで単純なカメラのフィルムとして考えられていた霊長類の網膜でも、特殊な情報処理をするための情報処理経路があることが明らかになりました。
今回発見した経路は、“動き”の検出に特化した経路であることが示唆されました。この経路が、目が見えない患者の“ブラインドサイト”(見えていると意識しないのに、ある種の情報が脳には直接送られている)と呼ばれるような能力に関与しているものと考えられます。PressRelease_Kumiko_Koizumi_2.jpg

論文情報

Identification of a Pathway from the Retina to Koniocellular Layer K1 in the Lateral Geniculate Nucleus of Marmoset
Kumiko A. Percival, Amane Koizumi, Rania A. Masri, Péter Buzás, Paul R. Martin, and Ulrike Grünert
The Journal of Neuroscience, 12 March 2014, 34(11): 3821-3825; doi: 10.1523/JNEUROSCI.4491-13.2014

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 研究力強化推進本部
特任教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel: 03-5425-1301
email: a.koizumi@nins.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
FAX: 0564-55-7721
email: pub-adm@nips.ac.jp

自然科学研究機構 研究力強化推進本部
特任准教授 松山 桃世(まつやま ももよ)
TEL: 03-5425-2046
email: m.matsuyama@nins.jp
 

 

心臓ポンプ機能を支えるイオンチャネルKCNQ1/KCNE1の「遅い」開閉を制御する分子メカニズム

$
0
0

内容

心臓をポンプとして動かすためには細胞の電気活動が必須であり、その電気活動はイオンチャネルと呼ばれる膜タンパク質が担っています。イオンチャネルには複数の種類があり、それぞれのタイミングで開閉することで心臓を規則正しく収縮させています。その中の一つKCNQ1は、KCNE1と呼ばれる膜タンパク質とともに働くことで、他のイオンチャネルと比べ非常にゆっくりと開閉することが知られています。このイオンチャネルの機能が損なわれると不整脈などの疾患を引き起こすことから、この開きにくく閉じにくい性質がヒトの心臓機能には不可欠です。今回、自然科学研究機構生理学研究所の中條浩一助教らは、このKCNQ1/KCNE1チャネルの持つ開きにくく閉じにくい性質が、KCNQ1上に存在する二つのフェニルアラニン残基によってもたらされていることを発見しました。フェニルアラニン残基は比較的大きなアミノ酸であり、二つのフェニルアラニン残基が互いに干渉し、KCNQ1/KCNE1チャネルを開きにくくすることがわかりました。本研究結果により、KCNQ1/KCNE1チャネルの動作原理の理解が深まることで、QT延長症候群などの心疾患に対する薬剤開発にも貢献すると期待されます。本研究はNature Communications(6月12日電子版)に掲載されます。

 KCNQ1は膜電位依存性カリウムチャネルの一種であり、心臓ではKCNE1と呼ばれる膜タンパク質とイオンチャネル (KCNQ1/KCNE1チャネル)を形成して、心臓の「遅い」カリウム電流を担っています。KCNQ1、KCNE1どちらの遺伝子が損なわれてしまってもQT延長症候群などの心疾患を引き起こすことから、この「遅い」イオンチャネルがヒトの心臓の電気的活動に必要不可欠です(図1)。この「遅い」性質を作りだすために、これまでKCNE1の結合がKCNQ1チャネルを開きにくくしていることはわかっていましたが、その分子機構の理解は十分ではありませんでした。
一般的にイオンチャネルは膜電位センサーと考えられる4番目の膜貫通領域(S4セグメント)が細胞外に向かって動くことが引き金となり、イオンを透過するためのゲートが開きます(図2)。今回、研究グループは、アフリカツメガエル卵母細胞をヒトKCNQ1およびヒトKCNE1遺伝子の発現系として用いて実験を行い、KCNQ1のS4セグメント上の232番目のフェニルアラニン残基(Phe232)が、KCNQ1チャネルの活性化時にポアドメイン(カリウムイオンを透過する部位)に存在する別のフェニルアラニン残基(Phe279)とぶつかることで、KCNQ1チャネルを開きにくくしていることを見出しました(図3)。フェニルアラニンは20種類のアミノ酸の中でも比較的大きい側鎖を持つアミノ酸であり、今回発見したフェニルアラニン残基を他のさまざまな大きさのアミノ酸残基に置換したところ、側鎖の大きさとKCNQ1チャネルの開きやすさに相関関係があることがわかりました(図3)。
さらに電位センサー上部に取り付けた蛍光の強度変化によって電位センサードメインの動きを直接測定したところ、KCNQ1/KCNE1チャネルにおいては、電位センサードメインの動きとイオンチャネル活性(電流)の間に大きな遅延があり、この遅延はこれらのフェニルアラニン残基が原因であることも見出しました(図4)。
以上の結果から、これら2つのフェニルアラニン残基がKCNQ1/KCNE1チャネルを開きにくくする分子メカニズムであると結論付けました(図5)。
 
 中條助教は、「今回の研究により、KCNQ1/KCNE1チャネルが開きにくくなる分子メカニズムを明らかにすることができました。今回の知見をもとに、このチャネルの開きやすさを調節するような不整脈治療薬の開発に役立つ可能性があります。」と話しています。

科研費ロゴ.jpg


本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

1. KCNQ1の2つのフェニルアラニン残基(Phe232, Phe279)が、KCNQ1/KCNE1チャネルが開く際にぶつかることがわかりました。
2. Phe232, Phe279それぞれにおいて、アミノ酸側鎖が大きいほどKCNQ1/KCNE1チャネルが開きにくくなることがわかりました。
3.    Phe232, Phe279の存在により電位センサードメインの動きと電流の間の遅延が生じ、これがKCNQ1/KCNE1チャネルを開きにくくしている分子メカニズムであると考えられました。

図1  心臓ではさまざまなタイミングでイオンチャネルが開閉し活動電位を制御する

Press20140612Nkajo-1.jpg心臓では複数種類のイオンチャネルがさまざまなタイミングで開閉して心臓の活動電位を制御しています。その中でも、KCNQ1/KCNE1チャネルによるIKs電流は活動電位の比較的遅いタイミングで流れます。遺伝子の異常などによりIKs電流がなくなってしまうと、活動電位の延長が起き(赤い点線)、QT延長症候群などの不整脈の原因になります。

図2  KCNQ1/KCNE1チャネルは遅く開閉するイオンチャネル

Press20140612Nkajo-2.jpg一般に膜電位依存性イオンチャネルにおいては、細胞内の電位が+に転じること(脱分極)によって、正電荷を持つ4番目の膜貫通領域(S4、図中赤い棒)が細胞外に向かって動き、イオンを透過するためのゲートが開きます。KCNE1が結合することにより、KCNQ1チャネルの開閉速度は遅くなり、開きにくい性質に変わります。

図3 KCNQ1/KCNE1チャネルの開きやすさはPhe232とPhe279のアミノ酸側鎖の大きさに依存する

Press20140612Nkajo-3.jpgKCNQ1/KCNE1チャネルにおいて、Phe232(F232)とPhe279(F279)をさまざまなアミノ酸に変異させると、アミノ酸側鎖が大きいほど、開くために高い電位が必要になります。

図4 電位センサードメインの動きと電流の間の遅延はPhe232とPhe279によって起こる

Press20140612Nkajo-4.jpg電位センサードメインの動きを示す蛍光強度 (赤)と電流(黒)を同時測定すると、KCNQ1/KCNE1チャネル(Q1+E1)では電位センサーが動いたあと電流が流れるまでに遅延が生じますが、Phe232あるいはPhe279を小さいアラニン残基に変異させると(F232A/F279A)、その遅延がほぼ見られなくなります。

図5  Phe232とPhe279がぶつかることでKCNQ1/KCNE1チャネルが開きにくくなる

Press20140612Nkajo-5.jpgKCNQ1/KCNE1チャネルが閉状態から中間状態を経て開状態に至る際、4番目の膜貫通領域(S4)上のPhe232と5番目の膜貫通領域(S5)上のPhe279がぶつかることで、開状態が不安定化してチャネルが開きにくくなっていると考えられます。

この研究の社会的意義

KCNQ1チャネルの活性化調節機構をターゲットとした新しい不整脈治療薬の開発
KCNQ1、KCNE1ともにQT延長症候群などの不整脈の原因遺伝子です。このイオンチャネル複合体の構造と機能を明らかにすることは、不整脈等の心疾患治療薬を開発する上でも重要です。今回発見はKCNQ1/KCNE1チャネルの動作原理、特に開閉のタイミングについてのメカニズムについての理解を深めるとともに、この知見をもとにした、チャネルの活性を調節するような薬剤あるいは治療法の開発が期待されます。

論文情報

Steric hindrance between S4 and S5 of the KCNQ1/KCNE1 channel hampers pore opening.
Koichi Nakajo and Yoshihiro Kubo.
Nature Communications 5:4100 doi: 10.1038/ncomms5100 (2014).

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 神経機能素子研究部門
助教 中條 浩一 (なかじょう こういち)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp


 


自分の動作が真似をされたことを気づくために重要な脳部位の活動は、自閉症スペクトラム障害者で減少していることを解明

$
0
0

内容

自閉症スペクトラム障害(ASD)者は、自分の動作が真似をされたことに気づくのが苦手と言われています。しかし脳のどのような働きが原因で、真似をされたことに気づくのが苦手であるのかはよく分かっていません。今回、生理学研究所の定藤規弘教授、福井大学小坂浩隆特命准教授、金沢大学棟居俊夫特任教授らの研究グループは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、自分の動作が相手に真似をされたときの脳活動を測定しました。その結果、他者の真似に気づくことに関わる脳部位の活動が、健常者に対しASD者で減少していることが分かりました。この脳部位の活動低下は、「なぜASD者は真似をされたことに気づきにくいのか」という謎を明らかにする一助になります。
 

<研究の背景>
自閉症スペクトラム障害(Autism spectrum disorder: ASD)は発達障害の一つで、その障害者は対人コミュニケーションを苦手とします。この障害を改善する方法として、他者の真似をし、真似されたことを理解する訓練が知られています。これまでの多くの研究は、「他者の真似をする」ときの脳の働きがASD者と健常者(定型発達者)でどのように異なるのかについて明らかにしてきました。しかしその一方で、「自分の真似をされている」ときの脳の働きが自閉症スペクトラム障害でどのように変容しているのかについては分かっていませんでした。本研究では機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、他者から真似をされたときの脳の働きをASD群と健常群で比較しました。

<研究の内容>
目で見た情報を専ら処理する脳部位を視覚野と呼びます。視覚野の中には、観察した身体の部位に対して強く反応する領域があります。この領域はExtrastriate Body Area (EBA、イービーエー)と呼ばれています。近年の研究でEBAは真似をされているときに活動が高まることが知られています。
知的障害を有さないASD群19名(平均年齢25歳)と、年齢と知能指数を一致させた健常群22名が、本研究に参加しました。参加者は自分で動作(図1)を行ったあと、他者の動作を観察しました。他者の動作は自分の動作と同じ場合と異なる場合があります。つまり他者の動作と自分の動作が同じ場合は「真似をされて」おり、異なる場合は「真似をされていない」ことになります。機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて健常群の脳活動を調べてみると、真似をされたときのほうが真似をされていないときに比べて、EBAの活動が高くなりました(図2左図の青色部分)。これとは対照的にASD群のEBAではこのような活動は観察されず、健常群とASD群の間に活動差があることが分かりました(図2左図の緑色部分)。この結果はASD群のEBAが真似をされたときにうまく働いていないことを示しています。

 本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」並びに、文部科学省科学研究費補助金の一環として行われました。

科研費ロゴ.jpg
NoproLOGO.jpg 

<用語>

・自閉症スペクトラム障害(ASD)
「精神障害の診断と統計マニュアル」(DSM)の第5版において、ASDは、下記の2つの特徴で定義されます。自閉症スペクトラム障害は、注意欠陥多動性障害などとともに「発達障害」として分類されます。

①「社会的コミュニケーションおよび社会的相互作用の障害」
視線が合わない、独り遊びが多い、友人関係が作れない、
他者の表情や気持ちが理解できない、他者への共感が乏しい、
言葉の発達に遅れがある、会話が続かない、冗談や嫌味が通じない、など。
②「限定した興味と反復行動ならびに感覚異常」
興味範囲が狭い、特殊な才能をもつことがある、
意味のない習慣に執着、環境変化に順応できない、
常同的で反復的な言語の使用、常同的で反復的な奇異な運動、
感覚刺激への過敏または鈍麻、限定された感覚への探究心、など。

・機能的磁気共鳴法(fMRI)
ある脳部位の神経細胞の活動に伴い、近傍の血管において酸素を持つヘモグロビン(赤血球のタンパク質)と酸素を持たないヘモグロビンの相対量が変化します。fMRIは核磁気共鳴現象を用いてこの変化を信号 (BOLD信号) 値として測定する手法です。

今回の発見

1.  真似をされていること対して反応する脳部位(EBA)の活動は、健常者に比べて自閉症スペクトラム障害(ASD)者で減少していることを明らかにしました。
2.  EBAの活動がASDによって減少することは、なぜASD者が真似をされていることに気づくのが苦手であるのかを説明する手がかりになります。

図1 実験に用いた動作

press20140710nopro-1.jpg脳活動を測定している状態で実験参加者は、上図にある動作うち1つを行い、その直後に他者が行う動作を観察しました。他者の動作は自分の動作と同じ場合(真似をされる条件)と異なる場合(真似をされない条件)があります。

図2 真似をされたときのEBAの活動が自閉症スペクトラム障害(ASD)者で減少する

press20140710nopro-2.jpg左図は、真似をされていないときに比べて真似をされたときに強く活動した領域を示しています。健常群ではEBA(黄色枠)の一部が活動しましたが(脳断面の青色の部分)、ASD群では活動が低下していました(脳断面の緑色の部分)。右図は、その領域の活動量を棒グラフで表しています。青色の健常群と赤色のASD群で、EBA領域の活動量に差があることが分かりました。

この研究の社会的意義

ASDの病態解明と介入の効果判定に使えるバイオマーカーの確立につながる研究
 本研究は世界で初めて、真似をされた際の脳活動がASDで減少することが示唆されました。近年、ASDの障害を軽減させるための行動的介入の研究が進められており、真似を活用した訓練が有用であることが示されています。本研究は、ASDの病態解明に重要な知見を与えただけでなく、行動的介入の効果を判定するのに活用できると考えられます。

論文情報

Attenuation of the contingency detection effect in the extrastriate body area in Autism Spectrum Disorder
Yuko Okamoto; Ryo Kitada; Hiroki C Tanabe; Masamichi J Hayashi; Takanori Kochiyama; Toshio Munesue; Makoto Ishitobi; Daisuke N Saito; Hisakazu T Yanaka; Masao Omori; Yuji Wada; Hidehiko Okazawa; Akihiro T Sasaki; Tomoyo Morita; Shoji Itakura; Hirotaka Kosaka; Norihiro Sadato

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学研究部門
教授 定藤 規弘 (さだとう のりひろ)
Tel: 0564-55-7841   FAX: 0564-55-7783
email: sadato@nips.ac.jp

福井大学 子どものこころの発達研究センター
特命准教授 小坂 浩隆 (こさか ひろたか)
Tel: 0776-61-8363 (精神医学教室)  FAX: 0776-61-8136     
email: hirotaka@u-fukui.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp

 

歩行中枢と腕の筋肉とをコンピュータで人工的に繋いで歩行の随意制御に成功

$
0
0

内容

 脳からの信号を四肢に伝える経路である脊髄を損傷すると、損傷領域以外の脳や下肢に問題が無くても歩行障害が生じます。この歩行障害の改善には損傷した脊髄を繋ぎなおす必要がありますが、これまで実現できませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の西村幸男准教授を中心とした、笹田周作研究員(現所属:相模女子大学)、福島県立医科大学の宇川義一教授、及び千葉大学の小宮山伴与志教授らの研究グループは脳から上肢の筋肉へ伝えられる信号をコンピュータで読み取り、その信号に合わせて腰髄を非侵襲的に磁気刺激することにより、脊髄の一部を迂回して人工的に脳と腰髄にある歩行中枢をつなぐことで下肢の歩行運動パターンを随意的に制御することに世界で初めて成功しました。本研究結果は、The Journal of Neuroscience誌(2014年8月13日号オンライン)に掲載されます。

 ヒトが歩くときの脚の運動リズムや左右肢の交代的な運動パターンは片方の脚の複数の筋肉が複雑に協調して、更にそれが左右脚で連携して活動することによって出来上がっています。この複雑な筋活動は腰髄に存在する下肢歩行中枢によって生み出されており、私たちが歩くときは脳から下肢歩行中枢への指令によって歩行運動パターンが制御されていると考えられています。研究グループは、脊髄損傷による歩行障害の多くは脳と下肢歩行中枢との繋がりが切れたことが問題であって、脳も腰髄にある下肢歩行中枢もその機能を失っているわけではないということに着目しました。そこで、脳活動の情報が内在している生体信号をコンピュータで読み取り、下肢歩行中枢へ伝えることで、脳と下肢歩行中枢を人工的に接続することが出来れば、脊髄の一部を迂回して下肢の歩行運動パターンを随意的に制御できると考えました(図1)。
研究グループは神経や四肢に障害のない健常人を対象に、脳活動の情報が内在している電気的信号を手や腕の筋肉から記録しました。それをコンピュータで読み取り、その信号に合わせた刺激パルスをリアルタイムで下肢歩行中枢の存在する腰髄へ、非侵襲的に磁気刺激することによって、コンピュータによる脊髄迂回路を形成し、脳と下肢歩行中枢を人工的に神経接続しました(図2)。
 神経や四肢に障害のない健常人にコンピュータによる脊髄迂回路を適用したところ、被験者が下肢をリラックスしている状態であっても、コンピュータによる脊髄迂回路によって下肢の歩行運動パターンを意図的に誘発し、止めることが可能でした(図3)。さらに、その歩行サイクルを速くしたりゆっくりしたりと、随意的に歩行の運動パターンを制御可能であることがわかりました。この結果は脳から上肢筋へ伝えられる信号が脊髄の一部を迂回して腰髄にある歩行中枢へ伝えられたことを意味します。
西村准教授は「この技術により、脊髄損傷の患者自身の損傷されずに残った機能を利用して、手術なしで随意的な歩行を再建できる可能性を示すことができたと考えています。しかしながら、現段階では脚が障害物にぶつかった際の回避運動や立位姿勢の保持は制御できないのが大きな課題です。今後は、慎重に安全性を確認しながら、臨床応用に向けて研究開発を進めて行きます。」と話しています。

 本研究は JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人 光男 (株) 国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピューターインターフェイス」(研究者:西村 幸男)及び文部科学省科学研究費補助金の一環として行われました。

今回の発見

1.健常被験者にて、コンピュータを介した脊髄の迂回路によって、自分の意思で下肢の歩行運動パターンを制御することに成功した。
2.脊髄損傷患者への随意歩行再建の可能性を示した。

図1 コンピュータによる脊髄迂回路の概念図

20140813nishimura-1.jpg

ヒトの歩行運動は脊髄にある歩行中枢によって運動のリズムやパターンが作られ、この下肢歩行中枢は脳から脊髄を経由して伝えられる下行性指令によって駆動、制御されていると考えられています。従って脳から随意的に制御できる信号をコンピュータで読み取り、下肢歩行中枢へ伝えることで、その取り付けられたコンピュータが人工的な神経経路として機能し、脊髄の一部を迂回して下肢の歩行運動を随意的に制御できると考えられます。本研究では、脊髄の信号ではなく手や腕の筋肉の電気的信号を利用する事で、脳から下肢歩行中枢への迂回路を作製することを目指しました。

 

 

 

 

  

 

図2 コンピュータによる脊髄迂回路の内容

press20140813nishimura-2.jpg

コンピュータによる脊髄迂回路は、脳から上肢筋への信号を筋電図として読み取る記録部(青色)、記録された信号を処理して刺激パルスに作り変える制御部(橙色)、及び生成された刺激パルスを皮膚表面に当てる磁気コイルで刺激を行う刺激部(赤色)で構成されます。記録及び刺激は非侵襲性で、腰髄へ磁気刺激することにより下肢の歩行中枢を制御しました。

 

 

 

 

 

図3 コンピュータを介した脊髄迂回路による下肢歩行運動パターンの制御

press20140813nishimura-3.jpg

図3Aは被験者が上肢の腕振り運動中にコンピュータによる脊髄迂回路をオフした場合を表しています。被験者が腕振り運動をしていてもリラックスしている下肢には何も運動は出現しません。図3Bはコンピュータによる脊髄迂回路をオンにして、上肢の腕振り運動を被験者が意図的に行い、その筋電位信号によって磁気刺激を制御した場合です。被験者には下肢をリラックスするように伝えていますが、コンピュータによる脊髄迂回路によって、腕の運動に合わせて下肢の歩行運動が生じます。この結果はコンピュータによる脊髄迂回路によって下肢の歩行運動パターンを意図的に制御できることを意味しています。

この研究の社会的意義

電極を埋め込まない方法で、脊髄損傷患者の随意歩行を再建できる可能性を示した。

論文情報

Volitional walking via upper limb muscle-controlled stimulation of the lumbar locomotor center in man. 
S. SASADA, K. KATO, S. KADOWAKI, S. GROISS, Y. UGAWA, T. KOMIYAMA and Y. NISHIMURA.
The Journal of Neuroscience.   2014年 8月13日オンライン掲載

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達機構研究部門
准教授 西村幸男(ニシムラユキオ)
 

<JSTの事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部
TEL:03-3512-3525 、FAX:03-3222-2066
email:presto@jst.go.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404、FAX:03-5214-8432
email:jstkoho@jst.go.jp

 

 

生まれつき目が見えなくても、 相手の手の動作を認識するための脳のネットワークは形成される

$
0
0

内容

日常において私たちは目を使って、相手が行う動作を素早く理解したり学んだりしています。これは、脳の中に他者の動作を認識するためのネットワークが存在するからです。生まれつき目が見えない場合でも、世界的に活躍しているアーティストやアスリートが示すように、相手の動作を理解したり学んだりすることは可能です。では目が見えない場合には、このネットワークはどのように振る舞うのでしょうか?今回、生理学研究所の北田亮助教らの研究グループは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、他者の手に触れてその動作を識別している時の脳の活動を測定しました。その結果、このネットワークの一部は、生まれつき目が見えない人でも、目が見える人と同じように、活動をすることが分かりました。本研究成果は、「なぜ目が見えなくても、相手の手の動作を知ることができたり、学んだりできるのか」という謎を明らかにする一助になります。
 


<研究の背景>

 私たちは目を使うことで、他者が行う動作を理解したり、学んだりします。その一方、パラリンピックで活躍するアスリートや世界的なアーティストが実証するように、生まれつき目が見えないとしても、視覚以外の感覚を活用することで動作の理解や学習は可能です。では生まれつき目の見えない人(先天盲)の脳は、目の見える人(晴眼者)に比べてどのように働いているのでしょうか?
脳の中には、相手の動作を認識するために働くネットワークが存在します(Action Observation Network, AON)。目で見た情報を専ら処理する脳部位を視覚野と呼びますが、AONには視覚野の一部(Extrastriate Body Area, EBA)が含まれます。では目が見えない場合にAONはどのような機能を果たしているのでしょうか?本研究では機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、手の動作を認識した時の脳の働きを晴眼者と視覚障害者で比較しました。

<研究の内容>
 視覚障害者群28名(18名の先天盲と10名の中途失明者)と、年齢や性別が一致した晴眼者群28名が、本研究に参加しました。4種類の手の動作をかたどった模型・4種類の急須の模型・4種類の車の模型を制作しました (図1)。どちらの群の参加者も目を閉じた状態で模型を触り、手に触れた場合はその動作を4択で当て、急須や車に触れた場合はそれぞれの種類を4択で当てました(触覚識別課題)。さらに触覚課題の後に、晴眼者群は同じ模型を見て当てる課題(視覚識別課題)を行いました。
急須や車の認識時に比べて手の動作の識別時に強く活動する脳部位を、Action Observation Network (AON)として特定しました。その結果、晴眼者群では触覚課題でも視覚課題でも、EBA・縁上回の活動が観察されました(図2)。さらにこれらの領域の一部は、視覚障害者のうち先天盲群でも確認することができました(図3)。この結果は、AONが感覚に関係なく駆動するだけでなく、視覚を使った経験の有無にかかわらず発達することを示しています。

本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の一環として実施し、また、文部科学省科学研究費補助金の助成によって行いました。

脳プロロゴ.jpg科研費ロゴ.jpg

 

 

 

 

<用語>
・機能的磁気共鳴法(fMRI)
ある脳部位の神経細胞の活動に伴い、近傍の血管において酸素を持つヘモグロビン(赤血球のタンパク質)と酸素を持たないヘモグロビンの相対量が変化します。fMRIは核磁気共鳴現象を用いてこの変化を信号 (BOLD信号)値として測定する手法です。

・Action Observation Network (AON)
  AONとは他者の動作の認識に関わる脳内ネットワークのことを指し、手や足の動作に限らず顔の表情を認識した時にも活動します。有名なミラーシステム(他者の動作を認識する時だけでなく、自分が同じ動作を行った時にも強く反応する脳部位)はこのAONの中に含まれます。

・Extrastriate Body Area(EBA)
目で見た情報を専ら処理する脳部位を視覚野と呼びます。EBAとは視覚野に含まれる領域の一つで、他の物体に比べて身体を観察した時に強く反応します。近年の研究からEBAは自分が動作を行うときにも活動することが分かっており、この領域がヒトのミラーシステムの一部に該当するかどうかについて活発な研究が行われています。

今回の発見

1.    手の動作の認識に関わる脳内ネットワークの一部は、生まれつき目が見えなくても発達することを明らかにしました。
2.    この成果は「なぜ生まれつき目が見えなくても他者の手の動作を理解したり、学習したりすることができるのか」を説明する手がかりになります。

図1 実験に用いた模型

kitadaPress20140820-1.jpg 実験参加者はMRIスキャナー内で模型に触れて、手を触った場合はその動作を、急須や車を触った場合はその種類を識別しました(触覚課題)。さらに晴眼者は目のみを使う識別も行いました(視覚課題)。急須や車に比べて手の識別で強く活動する脳部位を、Action Observation Network (AON)として特定しました。

図2 晴眼者が手の動作を認識しているときに強く活動した部位

kitadaPress20140820-2.jpg 藍色の領域は、晴眼者が急須や車に比べて手の動作を識別した時に強く活動した脳部位を示しています。この脳部位は触って識別する課題(触覚課題)でも見て識別する課題(視覚課題)でも、手の動作に対して強く活動しました。水色の部分は、視覚から得られる身体の情報を専ら処理する脳部位(EBA)を示しています。活動をわかりやすく図示するために大脳皮質を膨らませて示しています。濃い灰色は脳溝を示し、薄い灰色は脳回を示しています。

図3 先天盲でも晴眼者でも手の動作を認識しているときに強く活動した脳部位

kitadaPress20140820-3.jpg 黄色の領域は、先天盲と晴眼者で手の動作の認識時に共通して活動した脳部位を示しています。視覚経験に関係なく縁上回とEBAの一部が活動していることが分かります。水色の部分は図2と同じように、視覚から得られる身体の情報を専ら処理する脳部位(EBA)を示しています。濃い灰色は脳溝を示し、薄い灰色は脳回を示しています。

この研究の社会的意義

視覚障害者の教育基盤を形成するための一助になる可能性
 生まれて幼いころに失明しても、多くの方が社会の多方面の分野で活躍しています。これまでの発達心理学では目が見えることを前提とした理論が提唱されてきましたが、目が見えない場合、「どのように他者のことを理解し、学ぶ能力が発達するのか」に関してはよく分かっていません。本研究の成果は「なぜ目が見えなくても他者の手の動作を認識・学習することが可能なのか」を説明し、目が見えない場合の社会能力の発達を考える上で重要な知見となります。

論文情報

'The brain network underlying the recognition of hand gestures in the blind: the supramodal role of the extrastriate body area'
Ryo Kitada, Kazufumi Yoshihara, Akihiro Sasaki, Maho Hashiguchi, Takanori Kochiyama, Norihiro Sadato
The Journal of Neuroscience, 23 July 2014, 34(30): 10096-10108

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学研究部門
助教 北田 亮 (きただ りょう)
Tel: 0564-55-7844   FAX: 0564-55-7786
email: kitada@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp
 

脳が光沢を評価する指標を解明

$
0
0

内容

これまで光沢を評価する脳の仕組みは明らかではありませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の小松英彦教授および西尾亜希子研究員らは、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の下川丈明研究員と共同で、画像のどのような情報を元に脳が光沢を評価しているかを明らかにしました。本研究は、Journal of Neuroscience誌(2014年8月13日号)に掲載されました。

私たちの研究グループは、光沢が2つの指標(ハイライトのコントラストと鋭さ)によって知覚されているという心理実験の結果に注目。これらの指標を変化させた画像を作成し、その画像を見ているサルの下側頭皮質の神経細胞の活動を詳細に調べたところ、脳の神経細胞がハイライトのコントラストや、鋭さ、および物体の明るさを指標としていることがわかりました。また記録した神経細胞の活動を用いることで、それらの指標を再現できることも明らかにしました。

 小松英彦教授は「今回の研究で、これまで明らかにされていなかった『光沢を評価するために脳が利用している指標』を明らかにしました。この結果は、ヒトと同じように光沢を認識できる機械を作ることにつながる成果だと期待できます。光沢は物の質感に影響する重要な性質なので、さまざまなモノづくり産業に役に立つ可能性があります。」と話しています。

科研費ロゴ.jpg


本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

 

今回の発見

1.脳が光沢を評価するために使っている指標を解明
2.指標は、ハイライトのコントラスト,鋭さ,物体の明るさという3種類の情報から成る
3.それぞれの情報量は脳細胞の活動からほぼ再現する事が出来る。

 
【用語説明】
下側頭皮質:大脳の腹側に位置する高次視覚野。色や形、顔など物体認識に重要な役割を果たす領野として知られている。
ハイライト:光沢の強い物体表面において、光の反射で明るくなっている箇所
コントラスト:画像の最も明るい部分と暗い部分の差。

図1 記録部位の図

20140908press-komatsu1.jpgニホンザルの高次視覚野である下側頭皮質の個々の神経細胞の働きを、極細電極を用いて調べました。

図2 光沢知覚に関わる画像の指標

20140908press-komatsu2.jpg光沢を知覚する際には、ハイライトのコントラスト(c)、ハイライトの鋭さ ( d )、物体の明るさ( pd ) といった指標を使っていると考えられています。

図3   提示した画像の例(灰色だけ)

20140908press-komatsu3.jpg実際に、脳内でどのように光沢の情報が処理されているかを調べるため、ハイライトのコントラスト(c)と鋭さ(d)をそれぞれ4段階変化させ、明るさ( pd ) も3段階変化させた刺激を作成して、それぞれの刺激に対する神経細胞の応答を調べました。

図4 神経細胞の応答例

20140908press-komatsu4.jpgハイライトの鋭さに応答した細胞(左)とハイライトのコントラストに反応した細胞(右)の例を示します。円の配置は、図3に対応しており、円の大きさはそれぞれの画像刺激に対するそれぞれの神経細胞の応答の強さを示しています。

図5 光沢の知覚的指標を神経活動から再現する

20140908press-komatsu5.jpg記録した神経細胞の集団の応答をもとに、光沢知覚に関わる画像の指標が正確に再現できました。このことから、今回記録した下側頭皮質の神経細胞は光沢知覚と密接に関わる3種類の指標(コントラスト、鋭さ、明るさ )に関する情報を表現していると考えられます。

この研究の社会的意義

脳が、ハイライトのコントラスト,鋭さ,物体の明るさといった、比較的簡単な画像の指標を用いて光沢を効率よく評価していることが、私たちの研究によって実証されました。このような計算を人工的な画像認識システムに応用することで、ヒトと同じように光沢を認識することができる機械を開発することができるようになると考えられます。
 また本研究は、『脳が様々な質感を認知するメカニズム』の全容を解明するための重要な足がかりとなると、私たちは考えています。

論文情報

Perceptual gloss parameters are encoded by population responses in the monkey inferior temporal cortex.. 
Akiko Nishio, Takeaki Shimokawa, Naokazu Goda & Hidehiko Komatsu.
Journal of Neuroscience.   2014年 8月13日

お問い合わせ先


<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚認知情報研究部門
教授 小松英彦 (コマツヒデヒコ)
Tel: 0564-55-7861   FAX: 0564-55-7865 
email: komatsu@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp
 

所長記者会見

$
0
0

話題1 生理学研究所一般公開(10/4 開催)最終のご案内
“脳とからだのしくみ サイエンス・アドベンチャー”
特別企画、募集企画等についてのご説明

自然科学研究機構(岡崎)では、2014年10月4日(土曜日)に一般公開を開催いたします。今年は、生理学研究所の研究テーマである人体と脳の不思議をより身近に感じていただくために、「生理学研究所 一般公開 ―脳とからだのしくみ サイエンスアドベンチャー!―」をテーマに、生理学研究所のすべての研究室と研究内容を体験できる展示を中心に、様々な企画を考え、準備を進めております。
今回は、特別企画として、所内外の講師による、特別講演を予定いたしております。
所外からは、昨今、致死率の高い感染症が人間社会を脅かされる中、その一つでもある鳥インフルエンザについて、「鳥インフルエンザのパンデミックの可能性」と題し、東京大学医科学研究所 渡辺登喜子准教授に、続いて、南米チリに設置され、現在本格的な科学運用が開始されたアルマ望遠鏡の、国際アルマ望遠鏡計画に従事した、自然科学研究機構 国立天文台 井口聖教授には、「アルマ望遠鏡、ついに始動!―天文台の新時代の扉が開かれる―」と題して、それぞれご講演いただきます。
講演は、入場無料・予約不要ですので、この機会に、多くの市民の皆さまにいらしていただきたいと思っております。
また、楽しみながら「せいりけん」を知っていただけるように、「せいりけんスタンプラリー」をご用意しています。多くの研究室を巡って、5つのスタンプを見つけ、せいりけんグッズを手に入れてください。

2014ippannkoukaiPoster.jpg

  日時:2014年10月4日 土曜日9:30-17:00                        (受付終了 16:00)

場所:第1会場:生理学研究所明大寺キャンパス
  (名鉄東岡 崎駅南口より徒歩10分)
第2会場:岡崎コンファレンスセンター
(名鉄東岡崎駅南口より名鉄バス
竜美丘循環岡崎高校前下車徒歩2分)

※国立大学フェスタ2014の一環として行われます。

2014daigakuFestaLogo.jpg

一般公開の詳細については、生理研一般公開特設HPをご覧ください
http://www.nips.ac.jp/open

 

<特別企画>特別企画(どなたでも参加いただけます。 予約不要です)

特別講演① 10:00~10:45 岡崎コンファレンスセンター

箕越 靖彦 先生(自然科学研究機構 生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門 教授)
「体の恒常性を司る脳 — 肥満とやせの不思議を探る」

座長  鍋倉 淳一 (生理学研究所 教授)

【内容】
近年、世界中で肥満が問題となっています。しかしながら、個人差や年齢の影響は大きいものの、少しぐらい暴飲暴食をしても多くの人があ まり太らないことも事実です。ご飯一杯分を毎日余分に食べると、私達の体は10キロ近く太るはずですが、そんなに太ることはまれです。反対に、食事が摂れ ない時には痩せすぎないよう、体を調節しています。近年の研究により、これらの調節に脳が重要であることが明らかとなってきました。また、生活習慣によっ て脳に変化が起こり、肥満することも分かってきました。本講演では、肥満とやせに関わる体の不思議についてお話します。 

minokoshisi.jpeg

箕越 靖彦 氏

愛媛大学医学部卒、愛媛大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。同大学医学部助手、講師、助教授、ハーバード大学医学部Lecturerを経て、2003年11月より現職。
 

  

特別講演② 11:00~11:45 岡崎コンファレンスセンター

定藤 規弘 先生(自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学研究部門 教授)
「褒め を科学する」
 
座長  小松 英彦(生理学研究所 教授) 

【内容】
褒めは他者による肯定的な評価のことで、社会的承認と捉えることができ、人間が無事に生きていくための重要な条件の一つです。近年急速 な発展を遂げた人間の高次脳機能計測手法により、社会的承認(褒め)は、基本的報酬や金銭報酬と共通の神経基盤をもつことが明らかになりました。今後重要 性を増すと考えられる脳科学的知見と教育研究の関係について解説します。

sadatou.jpg

定藤 規弘 氏

京都大学医学部卒、同大学院修了、医学博士。米国NIH客員研究員、福井医科大学高エネルギー医学研究センター講師、助教授を経て1999年1月より現職。専攻は医療画像、神経科学。
 

 

特別講演③ 13:00~13:45 岡崎コンファレンスセンター

渡辺  登喜子 先生(東京大学東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス感染分野 特任准教授)
「鳥インフルエンザウイルスパンデミックの可能性」

座長  岡本 秀彦(生理学研究所 准教授)

【内容】
ここ数十年の間に、エイズ、エボラ出血熱、SARSといった致死率の高い感染症が人間社会に現れており、多くの犠牲者を出しています。 その一つである“鳥インフルエンザ”は、鳥類に感染する鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染して重篤な症状を起こす感染症です。一般的に、鳥インフルエ ンザウイルスはヒトに感染しにくいと言われています。しかし、近年、H5N1亜型やH7N9亜型の鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染例が増加してお り、公衆衛生上、深刻な問題となっています。今までのところ、ヒトーヒト間の伝播は見られていませんが、もしもこれらのウイルスがヒトに適応し、ヒトへの 感染やヒトーヒト間での伝播が効率よく起こるようになれば、鳥インフルエンザウイルスによるパンデミックが引き起こされ、世界はパニックに陥ると考えられ ます。
本講演では、最近得られた研究結果を元に、鳥インフルエンザウイルスのパンデミックの可能性について論じます。  

watanabe.jpg

渡辺 登喜子 氏

北 海道大学大学院大学獣医学研究科博士課程修了(獣医学博士)。米国ウイスコンシン大学インフルエンザリサーチ研究 所にてAssistant Scientistを経験後、科学技術振興機構ERATO河岡感染宿主応答ネットワークプロジェクトのグループリーダーに就任。現在は東京大学医科学研究 所 感染免疫部門ウイルス感染分野の特任准教授。

 

 特別講演④ 14:00~15:15 岡崎コンファレンスセンター

井口 聖 先生(自然科学研究機構 国立天文台 電波研究部 教授)
「アルマ望遠鏡、ついに始動! -天文学の新時代の扉が開かれる-」

座長  南部 篤(生理学研究所 教授)

【内容】
日米欧共同で建設したアルマ望遠鏡。南米のチリ共和国、アンデス山中にあるアタカマ砂漠、標高5000mのチャナントール高原に設置さ れた究極のミリ波サブミリ波電波望遠鏡は、世界中の多くの天文学者の期待を背に、2011年9月より初期科学運用が開始し、2013年3月には現地にて開 所式典が挙行されました。現在本格的な科学運用が行われ、日々性能向上にも努めながら、さまざまな観測成果が発表されています。本講演では、アルマ望遠鏡 が解き明かしてくれるであろう「これまでの謎」そして「新しい天文学への展開」について紹介します。また、66台のアンテナを1つに結合させる電波干渉 計、この根幹となる「開口合成法」についても紹介します。 

inoguchi.jpg

井口 聖 氏

学 位授与後、国立天文台に就職し、2012年より国立天文台・総合研究大学院大学・教授。国際アルマ望遠鏡計画に従事 し、2008年より、アルマ東アジア・プロジェクトマネージャとして計画を推進。2008年度日本天文学会研究奨励賞・受賞、平成25年度・科学技術分野 の文部科学大臣表彰・科学技術賞・研究部門・受賞。

 

 

 

研究室公開

開催場所ご案内

明大寺キャンパス 

展示テーマ 備考欄
脳の分子の働きをカエルの卵で調べる  
肥満の不思議を科学する  
超高圧電子顕微鏡の見学とスマホ顕微鏡の体験実験 観察
視覚と運動を支える脳内メカニズム  体験!
脳の細胞たちを撮ってみよう
~蛍光タンパク質で脳を光らせる~
 体験!
観察

 

 

 

 

 

 


明大寺会議室

展示テーマ 備考欄
脳波を使ったうそ発見器の実演  体験!
人の『こころ』を見る ~fMRI研究~  
自分の心臓、血流の音を聞いてみよう! 体験!
体感しよう、運動学習  体験!
脳がみている世界
~あなたが見ている世界は本物か?~
 体験!
観察
遺伝子・脳・行動
―遺伝子改変マウスを用いた研究―
 
生理学実験の技術開発と公開  
君は何を見ているのか? 体験!
ウイルスベクターって何だろう? 体験!

 

 

 

 

 

 

 

 

 


岡崎コンファレンスセンター

展示テーマ 備考欄
細胞を部品に分けてみよう  体験!
顕微鏡で見る脳の神経細胞
のぞいてみよう!不思議なかたち
観察
「温度」「におい」ってどうやって感じるの?
においと温度の意外なっ関係
 体験!
感じ方・考え方・覚え方のしくみ:
神経細胞の働きから解き明かす
 体験!
色がついた脳細胞を観察してみよう 観察
生殖医療を支える発生工学技術
―ネズミの体外受精やiPS細胞をみてみよう―
 
ドキドキ体験!!
♡見てみよう動く心臓♡
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 <参加者募集中企画>

ひらめきときめきサイエンス マッスルセンサー工作体験教室 (要予約)
「脳の中で神経の電気信号はどうやって伝わっていくか調べてみよう!
カラダの電気信号でロボットアームを動かす!!」

hiratokiLogo.jpg

 
開催日:2014年10月4日(土) ※申し込み締め切りは9/8 17:00
時 間: 中学生 10時受付  高校生 14時受付
会 場:一般公開 明大寺会場 生理学研究所 広報展示室
共  催:日本学術振興会

【お問い合わせ先】自然科学研究機構 生理学研究所技術課

☆アンケートに答えて生理研オリジナルノートブックをもらおう!

noteimage.gif

 
 
 
 
のう君全身.gif


  生理研公式キャラクター のう君
stamprally.jpg
 
☆5つのスタンプ集めてね!生理研オリジナルのすてきなお土産をプレゼント

話題2 生理研が豪州New South Wales大学(UNSW)医学部との学術協定に調印。

8月14日に井本所長と鍋倉副所長が、生理研とUNSW医学部間の学術協定調印のため豪州を訪問し、協定書に双方が署名しました。UNSWはシドニーにある学生数約5万人の国立大学で、オーストラリアTop 5の一つです。UNSWの生理学・神経科学の規模はそれほど大きくありませんが、オーストラリアの伝統として電気生理をはじめとする計測技術を得意とし、特に人工内耳の基礎研究が盛んに行われています。
生理研とUNSWの研究交流が、両研究所にとってこれまでにない新しい研究アプローチをもたらし、素晴らしい発見への礎となることが期待されます。

Group photo_50%.jpg20140814NIPS_UNSW.jpg
 

 

生後の視覚機能を支える神経回路の発達には生後の正常な視覚体験が必要である

$
0
0

内容

私たち哺乳類の脳の機能は、生まれ育った環境に適応できるように生後の体験や学習に依存して発達します。今回、生理学研究所の石川理子研究員と吉村由美子教授らは、生後の視覚体験を操作したラットを用いて、一次視覚野における神経細胞回路網の発達過程を詳細に調べました。その結果、生後発達期に正常な視覚体験をすると視覚野に微小神経回路網が構築されますが、視覚体験を全く経ない、あるいは形ある物を見ることなく生育したラットの視覚野では、微小神経回路網が形成されないことがわかりました。本研究成果は、正常な脳機能の発達に生後どのような体験が必要となるのかを知る上で重要と考えられます。

<研究背景>
脳の機能は、生後の体験や学習に依存して発達することが知られています。例えば、生後発達期に様々な視覚体験を経て成熟すると、物を認知・識別する能力が向上しますが、物を見ずに成長すると、その能力が弱まります。つまり正常な脳機能の発達には、積極的な脳の活動によってもたらされる神経回路の形成が重要であると考えられます。しかし、その詳細なメカニズムは、未だに明らにされていないのが現状です。

<研究内容>
生後の視覚体験は、脳の視覚野において神経回路の発達にどのような影響を与えるのでしょうか。私達は、① 正常な視覚体験を経たラット、② 生後開眼したばかりの未熟なラット、③ 暗室で飼育し全く視覚体験のないラット、④ 明るさの変化は体験しているが、物の形など意味のある視覚体験を遮断されたラット、といった4種類の成育過程を経たラットを用い、各々の視覚野の神経回路を詳細に調べました(図1)。その結果、正常な視覚体験を経たラットの視覚野には、多くの神経結合により構築された微小神経回路網が形成されていました。この微小神経回路網は、様々な視覚情報を混同することなく、各々を認知・処理する上で重要な役割を担うと考えられています。②の、生後開眼したばかりの未熟なラットの視覚野では、微小神経回路網は未だ形成されていませんでした。③の視覚体験のないラットでは、開眼直後のラットと同様、微小神経回路の形成は認められませんでした。さらに、④の意味のある視覚体験を遮断されたラットでは、微小神経回路網の発達は阻害されました(図2)。これらの結果は、視覚野の情報処理に必要な微小神経回路網の形成が、生後発達期の視覚体験の度合いによって、その形成が左右されることを示しています。


 本研究はJST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人光男(株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)における研究課題「視覚系をモデルとした、情報処理の基盤をなす神経回路の解析」(代表研究者:吉村由美子)および文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

<用語の説明>
1. 一次視覚野
 網膜で受容された視覚情報を受け取る脳領域。後頭部にあり、ここで処理された視覚情報は高次視覚野へと送られる。
2. 微小神経回路網
 結合(シナプス結合)を介して相互に情報をやり取りする神経細胞のペアと、そのペアに情報を伝達する周囲の神経細胞群により形成される微細な神経回路網。それぞれの微小神経回路網は独立した視覚情報処理を担うと考えられている。

今回の発見

一次視覚野において、視覚情報処理に重要と考えられる微小神経回路網の形成には、生後発達期の正常な視覚体験が重要であることを見出しました。

図1 電気生理学的手法と光スキャン刺激法による神経回路網の解析

press20140911yoshimura-1.jpg

 

 

 

一次視覚野の2/3層にある錐体細胞から記録を行いました。局所的に神経細胞を活動させることで、効率的に神経回路網の解析を行うことができます。

 

 

図2 生後の視覚体験に依存して微小神経回路網は成熟する

press20140911yoshimura-2.jpg生後の視覚体験に依存した一次視覚野の微小神経回路網の形成を示しています。生後正常な視覚経験を経た場合、入力される多様な視覚情報を混同することなく処理を行うための、独立した微小回路網が形成されています。対して暗室で飼育することで全ての視覚情報を遮断した場合では、開眼直後の未成熟な一次視覚野と同様、微小神経回路網は存在せず、また物の形などの視覚入力を遮断した場合では、独立した微小神経回路網の形成が阻害されました。この微小神経回路網が正常に形成されないことが、認知能力低下の一要因となっていると考えられます。

この研究の社会的意義

本研究は世界で初めて、選択的な神経結合による神経回路網が多様な視覚入力を受けることにより出来上がることを示しました。この研究成果は、脳が担う情報処理機能メカニズムへの理解を深めるとともに、脳が健やかに育まれる仕組みを解明にする一助となると考えられます。

論文情報

Experience-dependent emergence of fine-scale networks in visual cortex
Ishikawa A, Komatsu Y, Yoshimura Y
Journal of Neuroscience オンライン版 2014年9月10日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 視覚情報部門
研究員    石川 理子    (イシカワ アヤコ)
教授 吉村 由美子 (ヨシムラ ユミコ)
Tel: 0564-55-7731
email:ayakoi@nips.ac.jp 
    yumikoy@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp
 

口腔の創傷治癒を促進する生体メカニズムを解明

$
0
0

概要

 九州大学大学院歯学研究院の城戸瑞穂准教授、合島怜央奈研究員(佐賀大学大学院医学系研究科博士課程4年)、自然科学研究機構生理学研究所の富永真琴教授らのグループは、口腔粘膜上皮に発現している温度感受性イオンチャネルTRPV3 が、温かい温度を感知し、創傷の治癒を促進することを明らかにしました。口腔の傷が皮膚の傷よりも早く治癒し、瘢痕も少ないことに、このTRPV3が関係すると考えられることから、創傷治癒の新たな治療薬の開発に繋がる研究成果と言えます。
本研究成果は、20141028日(火)に米国科学雑誌『The FASEB Journal』に掲載されました。

 <背景>
 口腔は、消化管の入口にあり、飲食物などの多様な刺激に常に曝されています。口腔に加わる温度や機械刺激などは、粘膜に分布している神経によって感じているとされています。研究グループでは、口腔への刺激の受容には口腔内を被覆している粘膜上皮も関わっているのではないかと考え、上皮細胞に発現するセンサーとしてTRPチャネル(※1)に注目してきました。また、飲食などの際に口腔粘膜に傷を受けることも少なくありませんが、口腔に生じた傷は皮膚よりも早く治り、傷跡が残りにくいことが知られています。しかし、その分子メカニズムは分かっていませんでした。

内容

研究グループは、カルシウム透過性の高い温度感受性のチャネルであるTRPV3に着目して研究を行いました。口腔粘膜は口の中を覆っており表面には上皮細胞が層をなしています。口腔上皮細胞は温かい温度に反応を示すこと(図1)、そして、温度の受容をTRPV3とやはり温度感受性チャネルであるTRPV4(※2)が担っていること、TRPV3がより強く働いていることを明らかにしました。また、研究グループは、皮膚の培養角化細胞よりも口腔の培養上皮細胞の方がTRPV3の発現が強いことを発見し、TRPV3が口腔の傷の治癒に関わるのではないかと考えました。そこで、マウスに抜歯を行ったところ、TRPV3遺伝子欠損マウスでは、野生型マウスに比較して治癒が遅れていることが分かりました(図2)。

図1 口腔上皮細胞の温度応答

kyushu-1.jpg

2 マウス口腔内の写真。TRPV3欠損マウスでは、青い線で囲まれた抜歯後の傷の面積が野生型マウスよりも広い。

kyushu-2.jpg

さらに、TRPV3欠損により上皮細胞の増殖が野生型に比べて劣っていることが、創傷治癒の遅延に関与していることが分かりました(図3)。そして、培養口腔上皮細胞にTRPV3を活性化させる薬を投与すると増殖が促進しました。また、上皮細胞の成長と増殖には上皮成長因子受容体(EGFR)(※3)の活性化が必要ですが、TRPV3の欠損により活性化が抑えられていました(図4)。

 

kyushu-3.jpg kyushu-4.jpg
図3 マウス口腔粘膜で増殖している細胞の数がTRPV3欠損マウスでは少ない。 図4 TRPV3欠損マウスでは上皮成長因子受容体の活性化が野生型マウスよりも抑えられていた。
 

 

効果

 口腔粘膜が適切に維持され、口腔で適切に刺激を感じることで「食べる」ことができます。口腔の粘膜上皮は入れ替わりが速く、傷が治りやすいことは以前から知られていましたが、本研究で、温度感受性のチャネルがこの仕組みに関わることが明らかになりました。現在、皮膚や粘膜の傷の治療には、創傷被覆材などが使用されていますが、根本的な治療はありません。TRPV3は、口腔だけでなく消化管粘膜や皮膚にも発現していることから、火傷や手術創、口内炎などの治療に、このTRPV3チャネルを標的とした温熱療法や薬剤の開発が期待されます。

今後の展開

 温度感受性のチャネルが口腔粘膜の維持管理にどのように関わっているのかを明らかにしていきます。口腔の感覚と上皮や神経との関わりを明らかにするとともに、TRPチャネルを標的とした作動薬(※4)の中で創傷治癒が効率よく促進される条件を見出したいと考えています。

kyushu-5.jpg

<用語解説>

※1 TRP チャネル:
細胞の表面を覆う脂質二重膜はイオンを透過しないため、細胞膜にはイオンを透過させるイオンチャネルが存在している。TRP(transient receptor potential)チャネルはそのイオンチャネルの一種で、ナトリウムイオンやカルシウムイオンを透過する非選択的陽イオンチャネルであり、重要な創薬標的とされている。

※2 TRPV3、TRPV4チャネル:
TRPチャネルの一種で正式にはtransient receptor potential channel vanilloid 3、transient receptor potential channel vanilloid 4。温度感受性のチャネルとして知られており、皮膚のバリア機能にも関与することが知られている。

※3 EGFR:
上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor)。上皮細胞が成長(増殖や移動)するために様々な分子を受容するタンパク質。刺激受容によりリン酸化(活性化)されると上皮細胞が増殖する力が高くなり、活性が低下すると傷の治りが悪くなることが知られている。

※4 作動薬:
チャネルなどの受容体に働き、生体反応を引き起こす薬剤。

論文情報

掲載誌:The FASEB Journal
英文タイトル:The thermosensitive TRPV3 channel contributes to rapid wound healing in oral epithelia
著者:Reona Aijima, Bing Wang, Tomoka Takao, Hiroshi Mihara, Makiko Kashio, Yasuyoshi Ohsaki, Jing-Qi Zhang, Atsuko Mizuno, Makoto Suzuki, Yoshio Yamashita, Sadahiko Masuko, Masaaki Goto, Makoto Tominaga, Mizuho A. Kido

お問い合わせ

九州大学大学院歯学研究院
准教授 城戸 瑞穂(きど みずほ)
電話:092-642-6302
FAX:092-642-6304
Mail:kido@dent.kyushu-u.ac.jp

【研究グループについて】
本研究成果は、九州大学、大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所、佐賀大学、自治医科大学との共同研究によるものです。
なお、佐賀大学大学院医学系研究科 博士課程 合島怜央奈(日本学術振興会特別研究員DC2)は、2013年3月まで2年間、九州大学大学院歯学府に特別研究学生として在籍し、本研究に参加しました。


【本研究について】
本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金挑戦的萌芽研究「温度感受性を利用した新たな創傷治療薬の開発(研究課題番号26670870代表者 城戸瑞穂)」の研究助成により得られたものです。

 


タンパク質の異常構造を修復することによりてんかんを軽減

$
0
0

内容

てんかんは、人口の1%程度に発症する頻度の高い神経疾患であり、反復性のけいれんや時には意識消失を伴います。これまで知られているヒトのてんかん原因遺伝子の多くは神経細胞間の情報伝達(シナプス伝達)を直接担うイオンチャネルタンパク質でした。そのため、現在使用されている抗てんかん薬の多くはイオンチャネルを標的として開発されてきました。しかし、一部のてんかん症例ではこれら薬剤だけではコントロールが難しい場合もあり、新たな治療戦略が求められています。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の深田正紀教授、深田優子准教授および横井紀彦特任助教の研究グループは、北海道大学医学部の渡辺雅彦教授、オランダErasmus大学のDies Meijer教授、東京大学先端科学技術研究センターの浜窪隆雄教授のグループとの共同研究により、遺伝性てんかんのひとつである常染色体優性外側側頭葉てんかん(Autosomal Dominant Lateral Temporal Lobe Epilepsy:ADLTE)の原因がタンパク質の構造異常に基づくことを見出しました。そして、化学シャペロンという薬剤で異常タンパク質を修復することにより、てんかんが軽減することをマウスモデルで明らかにしました。
Nature Medicine誌(2014年12月9日電子版)に掲載されます。
 

 研究グループは遺伝性側頭葉てんかんの原因遺伝子LGI1の遺伝子変異に注目。現在LGI1は1)その変異が遺伝性側頭葉てんかんADLTEを引き起こすこと、2)LGI1に対する自己抗体が生じると記憶障害やけいれん、見当識障害を主訴とする辺縁系脳炎を引き起こすことから多くの研究者、臨床医の注目を集めています。これまでに、深田らの研究グループは分泌タンパク質LGI1がその受容体であるADAM22を介してシナプス伝達を制御すること、そして、LGI1を欠損させたノックアウトマウスではシナプス伝達異常により、生後2-3週間で致死性てんかんを必発することを報告してきました。
 今回、研究グループはヒトの側頭葉てんかん患者で見られる22種類のLGI1ミスセンス変異を体系的に解析し、それらを分泌型、および分泌不全型の2種類の型に分類しました(図1)。そしてLGI1の変異がどのようにしててんかんを引き起こすのかを明らかにするため、分泌型変異(S473L)あるいは分泌不全型変異(E383A)を有する変異マウス(ヒトてんかんモデルマウス)を作成しました。結果、分泌型変異マウスでは、LGI1は細胞外に分泌されるものの、受容体であるADAM22との結合が特異的に阻害されていることを見出しました。一方、分泌不全型変異マウスでは、LGI1はタンパク質の構造異常のために細胞内で分解されてしまい、脳の中で正常に機能するLGI1が減少することを見出しました(タンパク質構造病)(図2、3)。いずれの場合もLGI1は本来の作用点であるADAM22と結合することができず、このことが本てんかんの分子病態であると考えられます。
 さらに研究グループは、タンパク質の構造を修復しうる低分子化合物(化学シャペロン)が分泌不全型LGI1(E383A変異)の構造異常を改善させ、分泌を促進することを突き止め、LGI1変異マウスのてんかん感受性が改善することを見出しました(図4)。本研究により、タンパク質の構造異常を修復する一連の薬剤がてんかんの治療に有効である可能性が示唆され、全く新しいてんかん病態と治療戦略が提唱できたと言えます。

 深田正紀教授は「今回の研究で、遺伝性てんかんのひとつがタンパク質の構造異常に起因するものであることが明らかになり、ある種の化学シャペロンがてんかん症状の軽減に有効であることが分かりました。タンパク質の構造異常を改善することに着目した化学シャペロン療法は、これまで嚢胞性線維症(Cystic fibrosis)やライソゾーム病といった遺伝性疾患に対し試みられてきましたが、てんかん治療への応用は、今回が世界で初めての試みです。同様の治療戦略は、LGI1以外の遺伝子異常によるてんかんにも有効である可能性があります。さらに、LGI1とその受容体ADAM22を標的とする新規の抗てんかん薬の開発につながる成果だと言えます。」と話しています。

本研究は、最先端・次世代研究開発プログラム(内閣府) (H22-25)(研究代表者・深田正紀)、及び文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「シナプス・ニューロサーキットパソロジー」(領域代表:岡澤均 東京医科歯科大学難治疾患研究所教授)における研究課題「遺伝性側頭葉てんかんのシナプスおよび神経回路病態の解明」(H23-26)(研究代表者・深田優子)、国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費(H24-26)(研究代表者・深田優子)、文部科学省科学研究費補助金研究活動スタート支援 (H25-26)(研究代表者・横井紀彦)の一環として行われました。また、本研究の一部は、新学術領域研究「包括型脳科学研究推進支援ネットワーク」(領域代表:木村實 玉川大学脳科学研究所所長)における「リソース・技術支援」(渡辺雅彦拠点)を受けて実施されました。

20141209fukataPressBanner.jpg

今回の発見

1.LGI1変異によって生じるヒトの遺伝性てんかんが“タンパク質構造病 (コンフォメーション病)”であることを明らかにしました(図1、2、3)。
2.ある種の化学シャペロン薬がLGI1の構造異常を修復することにより、てんかんマウスモデルにおいて治療効果があることを突き止めました(図4)。
3. LGI1リガンドとその受容体ADAM22の結合は安定な脳の興奮状態や脳高次機能を維持するための普遍的、根源的なシステムであることを明らかにしました。

図1 ヒト家族性てんかんに見られるLGI1変異の分類

20141209fukataPress-1.jpgてんかん家系でみられるLGI1変異の多くは分泌不全型(赤色)でしたが、分泌型の変異(青色)も3つ見出しました。

図2 分泌不全型LGI1(右)はシナプスへ輸送されず、細胞体に貯留する

20141209fukataPress-2.jpg野生型(正常な)LGI1タンパク質は脳内でシナプスが存在する分子層に局在しますが(左)、てんかん家系で見られる分泌不全型LGI1は、タンパク質の構造異常が原因で、細胞体に貯留しシナプスに輸送されずに分解されてしまいます。その結果、LGI1¬–ADAM22によるシナプス伝達の制御が破綻し、てんかん病態が惹起されます。

図3 LGI1変異はLGI1のシナプスへの輸送を障害したり、受容体ADAM22との結合活性を低下させる

20141209fukataPress-3.jpg分泌不全型LGI1 (赤色)は小胞体内で異常タンパク質として認識され、速やかに分解されます。一方、分泌型変異LGI1(濃青色)はシナプスで分泌されますが、受容体であるADAM22との結合能が欠損していました。

図4 LGI1-ADAM22結合量があるレベルを下回ると“てんかん病態”が生じる

20141209fukataPress-4.jpgLGI1ノックアウト(KO;–/–)マウスは生後3週間以内に致死性てんかんを必発します。また、LGI1ヘテロマウス(+/–)や今回樹立したLGI1変異マウスでは、正常なLGI1の量が半減し、てんかん感受性が亢進しています。一方、ヒトでは先天性の遺伝子変異だけでなく、後天性(主に中高年者)にLGI1自己抗体が生じ、結果としてLGI1–ADAM22結合量が減少した場合でも“てんかん病態”が惹起されます。すなわち、LGI1–ADAM22結合量がある閾値を下回ると“てんかん病態”が生じることが分かりました。したがって、化学シャペロンを代表とする“LGI1構造・分泌改善薬”や“LGI1–ADAM22結合模倣薬”はLGI1の抗てんかん作用を賦活(活性化)することで、新規の抗てんかん薬となることが期待されます。

この研究の社会的意義

(1) 新たなてんかん治療戦略の提案
化学シャペロンによるてんかんの治療戦略はタンパク質の構造異常に基づくてんかん治療に広く応用可能であることが期待されます。また、今後、LGI1とADAM22の結合を賦活する化合物が開発できれば、従来のイオンチャンネルとは異なる作用点を有する抗てんかん薬となる可能性が高く、大きな波及効果が期待できます。

(2) 新たなてんかんモデルマウスの樹立
本研究で作成したヒトてんかんモデルマウスは、他のてんかん治療薬や治療法の評価等においても高い有用性が期待できます。

論文情報

Chemical corrector treatment ameliorates increased seizure susceptibility in a mouse model of familial epilepsy

Norihiko Yokoi, Yuko Fukata, Daisuke Kase, Taisuke Miyazaki, Martine Jaegle, Toshika Ohkawa, Naoki Takahashi, Hiroko Iwanari, Yasuhiro Mochizuki, Takao Hamakubo, Keiji Imoto, Dies Meijer, Masahiko Watanabe & Masaki Fukata

お問い合わせ先


<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門
教授   深田 正紀(フカタ マサキ)E-mail: mfukata@nips.ac.jp
准教授 深田 優子(フカタ ユウコ)E-mail: yfukata@nips.ac.jp
Tel:0564-59-5873 Fax:0564-59-5870

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp

言葉解説

“てんかん”
脳神経細胞や神経回路の過剰あるいは無秩序な興奮によって反復性のけいれん発作や意識消失等の発作が生じる疾患の総称で、人口の約1%程度に発症する脳疾患。

“てんかん関連分子LGI1”
神経細胞に特異的に発現する分泌タンパク質であり、その変異は遺伝性側頭葉てんかんを引き起こします。LGI1はシナプスで分泌され、受容体であるADAM22と結合し、シナプス伝達(AMPA受容体機能)を精緻に制御します。LGI1を完全に欠失したノックアウトマウスでは、シナプス伝達の異常により全てのマウスが致死性てんかんを必発します。

“シナプス伝達”
神経細胞同士はシナプスという接続部を介して互いに情報伝達を行います。シナプス伝達はこのシナプス間の情報伝達を指します。

“化学シャペロン”
化学シャペロン(ケミカルシャペロン)とはタンパク質高次構造の形成や安定化を促す低分子化合物の総称で4-phenyl butyric acid(4PBA)などがあります。

素材表面のテクスチャを知覚する脳メカニズムを解明

$
0
0

内容

私たちの持つ重要な視覚機能の一つに様々な素材(木材、金属、布など)の表面のテクスチャを識別する能力が挙げられます。この機能が私たちの脳内のどのような働きで実現されているのか多くは知られていませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の小松英彦教授、岡澤剛起研究員および理化学研究所の田嶋達裕研究員(現所属:ジュネーヴ大学)のグループは、ヒトと近縁な種であり高度に視覚機能の発達したマカクザルがテクスチャを見ているときの脳活動を計測し、得られた活動が、以前米国の研究者の開発したコンピュータ上のモデルにより部分的に説明できることを明らかにしました。本研究結果は、米国科学アカデミー紀要(2014年12月23日オンライン)に掲載されます。

 私たちが目にする多くの物体の表面には、様々なテクスチャが存在し物体固有の質感を生み出します。テクスチャを識別する視覚の機能は、物体の素材の判断(木材、金属、布など)や、物体の状態の判断(硬い、重い、新鮮である、など)に貢献する重要な働きをしています。しかしこれまで視覚入力が脳内でどのように処理されてテクスチャの識別が行われ素材の認知に繋がっているのか、そのメカニズムについてはあまり知られていませんでした。そこで本研究ではヒトと近縁な種であり高度に視覚機能の発達したマカクザルを用い、様々な素材から得た多数のテクスチャ画像(図1)をサルに見せた時の大脳のV4野と呼ばれる領域の神経細胞の応答を調べました。
 その結果、V4野の神経細胞は特定のテクスチャ画像に選択的に応答することが分かりました(図2)。そしてこれらの細胞応答は、「テクスチャ合成」モデルと呼ばれる以前米国の研究者が開発した画像処理の工学的手法(Portilla & Simoncelli 2000、図3左)で用いられる画像特徴量の組み合わせにより部分的に説明できることが明らかとなりました(図3右)。また、この応答はヒトがさまざまなテクスチャを見分ける能力とよく対応していることも分かりました(図3右)。本研究は大脳の神経細胞がどのような画像特徴にもとづいてテクスチャを見分けているかを初めて示した研究であり、テクスチャの知覚やそれに基づく質感認知のメカニズムの一端が明らかなりました。また本研究の成果はヒトと同じように物の質感を見分ける機械を作る上でも役に立つ示唆を与えると考えられます。
 本研究は文部科学省科研費新学術領域「質感脳情報学」および日本学術振興会特別研究員奨励費の支援により行われました。

今回の発見

1.ヒトと近縁な種であり高度に視覚機能の発達したマカクザルがテクスチャを見ているときの脳活動をコンピュータ上のモデルで部分的に説明することに成功した。
2.得られた脳活動がヒトのテクスチャ識別能力ともよく対応していることが明らかとなった。

<用語解説>

テクスチャとは
さまざまな自然物や人工物は物体表面に素材に固有な細かい凸凹模様を持ちます。このような物体を見ると、網膜の画像には素材に固有な細かい模様が生じます。これがテクスチャです。テクスチャは物の素材や状態を判断する重要な手がかりになります。

テクスチャの画像特徴量とは
物体表面画像のテクスチャは、一見同じパターンが規則正しく繰り返しているように見えますが、細かく見ると細部が違っています。同じように見える理由は、画像中の画素の明るさや色の配置に何らかの規則性があるからです。このような画像の持つ規則性をはかる物差しのことを画像特徴量といいます。

テクスチャ合成とは
あるテクスチャの画像と同じように見えるテクスチャの画像を人工的に合成する技術はニーズが高くさまざまに開発されています。これらの手法では、元画像と同じ特徴量を持つように別の画像を変化させることにより、元と一見見分けのつかないテクスチャ画像を合成することができます。それらの中で、生体が処理する画像特徴量を用いた手法がいくつかあり、今回研究に用いたPortillaとSimoncelliの手法はその代表的なものです。

V4野とは
目から大脳に伝えられた視覚情報は最初に第一次視覚野(V1とよばれる)で処理され、その後段階的に複数の視覚野で処理が行われます。V4野はそれらの視覚野の一つで、物体に関する視覚情報の処理に関係していると考えられています。

図1 使用したテクスチャ画像の例

 

20141224Komatsu-1.jpg実験には8つの素材を撮影した写真から採取した一万枚以上のテクスチャを用いました。(図はその中の一例です)

図2 V4野の神経細胞のテクスチャへの応答の例

20141224Komatsu-2.jpg左図:サルがテクスチャ画像を見ている時のV4野の神経細胞の応答を記録しました。
右図:ある神経細胞から得られた応答の一例。この細胞は木目のようなテクスチャに強く応答しました。各テクスチャの下部にあるグラフは、神経活動の強さを時間経過とともに示したヒストグラムです。横軸は時間、縦軸は20ミリ秒あたりの発火率を表します。神経細胞ごとに応答するテクスチャは様々でした。

図3 「テクスチャ合成」モデルと結果の概要

20141224Komatsu-3.jpg左図:V4野の細胞応答を説明するのに用いた「テクスチャ合成」モデル。このモデルでは一枚のテクスチャ画像から、「フィルタ処理」や「相関計算」といった複雑な演算により、多数の特徴量を算出します。
右:結果の概要。多数のテクスチャ画像を見ている時のマカクザルの脳活動を計測した一方で、「テクスチャ合成」モデルに基づき画像の特徴量をコンピュータ上で計算したところ、モデルが得られた脳活動の一部を説明できることが分かりました。またこのモデルに基づき解析を行った結果、脳活動がヒトのテクスチャ識別能とよく類似した特徴を持っていることが分かりました。

この研究の社会的意義

今後さらに研究が進むことで、ヒトの脳がテクスチャを識別する仕組みをコンピュータ上で再現できる可能性があります。このようにヒトと同様の識別能を持つ機械があれば、商品や素材の画像に基づく自動品質鑑定やユーザーの希望に合わせた写真の質感加工技術などといった工学的応用が期待されます。

論文情報

Image statistics underlying natural texture selectivity of neurons in macaque V4.
G. Okazawa, S. Tajima, H. Komatsu
Proceedings of the National Academy of Sciences, USA.   2014年 12月

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚認知情報研究部門
教授 小松英彦 (コマツヒデヒコ)
Tel: 0564-55-7861   FAX: 0564-55-7865
email: komatsu@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp
 



 

正常な顔認識に必要な脳内ネットワークを解明

$
0
0

内容

 顔認知は言語認知と同様に、人間が社会生活を送る上で非常に重要な脳機能ですが、これまで十分には、そのメカニズムは解明されてきませんでした。
今回、自然科学研究機構生理学研究所の松吉大輔研究員(現所属:東京大学)、柿木隆介教授、定藤規弘教授らの研究グループは、顔を認識している時の人間の脳活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)に用いて詳細に解明しました。
 人間は、顔が逆さまになっていると、それを正確に認知する事が大変困難になり、「倒立顔効果」として知られています。松吉研究員らは、正立顔と倒立顔を認知する時の脳活動の相違を比較しました。
 通常、顔認知機能は、他の物体認知機能とは独立して脳内に存在する事が知られています。しかし今回の研究で、正立顔の認知の場合には、物体認識に関わる脳部位が抑制される一方、倒立顔ではこの抑制が行われておらず「顔か物体か分からない」状態になっていることが分かりました。つまり、顔認識に不要な部位を抑制して、必要な部位だけを活動させるようにすることが、正常な顔認識にとって必要であることを世界で初めて明らかにしました。本研究結果は、米国科学誌The Journal of Neuroscience誌(2015年3月11日号)に掲載されます。

 
 柿木隆介教授は「今回の研究で、顔処理を行う脳部位のみならず、従来は顔認識に本質的ではないと考えられてきた脳部位をどのようにコントロールするかが、正常な顔認識に重要であることが分かりました。相貌失認などの顔認識に障害のある疾患では、この脳ネットワークがうまく働いていないことが要因となっている可能性が考えられ、今後研究を進めて行きます。」と話しています。

 本研究は文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム・課題D「社会能力の神経基盤と発達過程の解明とその評価・計測技術の開発」(研究代表:定藤 規弘)、及び文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金、JST 戦略的創造研究推進事業 CRESTの「人間と調和する情報環境を実現する基盤技術の創出」(研究総括:西田 豊明 京都大学 教授)における研究課題「潜在的インターパーソナル情報の解読と制御に基づくコミュニケーション環境の構築」(研究代表:柏野 牧夫 (株) 日本電信電話株式会社 NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部 部長/上席特別研究員)、大阪大学グローバルCOE「認知脳理解に基づく未来工学創成」の一環として行われました。

今回の発見

1.顔認知には直接関連のない脳部位を抑制しつつ、顔認知に特化した脳部位だけを活動させるようにすることが、正常な顔認識に必要であることを示しました。

2.相貌失認などの顔認識に障害のある疾患が、このような脳ネットワークがうまく働いていないことが要因となっている可能性があります。

図1 逆向きの顔の認識は難しい

matsuyoshi-120150309.jpg

 ヒトは物の認識が非常に得意であり、明るさなどの見え方が変わっても、それがそれであると簡単に分かります。しかし、それは逆向きの顔には通用しません。例えば図1右側の顔画像(目と口に加工)は画像をひっくり返さない限り、この顔の奇妙さに気付く事は困難です。
本研究では、この現象が生じる脳内メカニズムを調べました。この現象を調べる事で、目に入る情報は全く同じなのに、うまく顔認識ができない理由を知ることができると考えました。


 
 

 

 

 

 図2 モデルに基づく脳内ネットワークの理解

20150309matsuyoshi-2.jpg

 機能的磁気共鳴画像法(fMRI)によりヒトの脳のどの場所が活動しているかを知ることができますが、「どこ」だけでは、脳全体としてどのように働いているかは分かりません。
そこで、我々の研究ではさらに脳での信号の流れをモデル化することで、脳が「どのように繋がっているか」その脳内ネットワークを調べました(図2)。

 

 

 

 

 

 

 

 図3 不要な部位を抑制しつつ、必要な部位だけを働かせることが正常な顔認識の鍵

pressMatsuyoshi-3.jpg

 ヒトの脳では、顔認識に関わる部位と、物体認識に関わる部位が別々の場所に分かれて存在しています。
研究の結果、通常の向きの顔では物体認識に関わる脳部位が抑制を受けて「物ではなく顔とはっきり分かる」のに対し、逆向きの顔では抑制が行われていないために「顔を物としても処理してしまう」曖昧な状態になっている可能性が示されました(図3左)。また、このような抑制の一方で、顔認識を担う複数の領域間の協調(繋がり)が顔認識の成績と関連していることが明らかになりました(図3右)。すなわち、顔認識には不必要な部位を活動させないようにしつつ、顔認識部位だけをうまく働かせることが、正常な顔認識にとって重要であることが分かりました。

この研究の社会的意義

脳部位間の抑制と協調が正常な顔認識の鍵となっているという本研究の知見は、相貌失認など正常な顔認識に困難を抱える疾患(全人口の約2%との推定)の原因解明に役立つ可能性があります。

論文情報

Dissociable cortical pathways for qualitative and quantitative mechanisms in the face inversion effect
D. MATSUYOSHI, T. MORITA, T. KOCHIYAMA, H.C. TANABE,
N. SADATO, and R. KAKIGI.
The Journal of Neuroscience.   2015年 3月11日掲載

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節研究部門
教授 柿木隆介 (カキギリュウスケ)
Tel: 0564-55-7751   FAX: 0564-52-7913 
E-mail: kakigi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp