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口腔の創傷治癒を促進する生体メカニズムを解明

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概要

 九州大学大学院歯学研究院の城戸瑞穂准教授、合島怜央奈研究員(佐賀大学大学院医学系研究科博士課程4年)、自然科学研究機構生理学研究所の富永真琴教授らのグループは、口腔粘膜上皮に発現している温度感受性イオンチャネルTRPV3 が、温かい温度を感知し、創傷の治癒を促進することを明らかにしました。口腔の傷が皮膚の傷よりも早く治癒し、瘢痕も少ないことに、このTRPV3が関係すると考えられることから、創傷治癒の新たな治療薬の開発に繋がる研究成果と言えます。
本研究成果は、20141028日(火)に米国科学雑誌『The FASEB Journal』に掲載されました。

 <背景>
 口腔は、消化管の入口にあり、飲食物などの多様な刺激に常に曝されています。口腔に加わる温度や機械刺激などは、粘膜に分布している神経によって感じているとされています。研究グループでは、口腔への刺激の受容には口腔内を被覆している粘膜上皮も関わっているのではないかと考え、上皮細胞に発現するセンサーとしてTRPチャネル(※1)に注目してきました。また、飲食などの際に口腔粘膜に傷を受けることも少なくありませんが、口腔に生じた傷は皮膚よりも早く治り、傷跡が残りにくいことが知られています。しかし、その分子メカニズムは分かっていませんでした。

内容

研究グループは、カルシウム透過性の高い温度感受性のチャネルであるTRPV3に着目して研究を行いました。口腔粘膜は口の中を覆っており表面には上皮細胞が層をなしています。口腔上皮細胞は温かい温度に反応を示すこと(図1)、そして、温度の受容をTRPV3とやはり温度感受性チャネルであるTRPV4(※2)が担っていること、TRPV3がより強く働いていることを明らかにしました。また、研究グループは、皮膚の培養角化細胞よりも口腔の培養上皮細胞の方がTRPV3の発現が強いことを発見し、TRPV3が口腔の傷の治癒に関わるのではないかと考えました。そこで、マウスに抜歯を行ったところ、TRPV3遺伝子欠損マウスでは、野生型マウスに比較して治癒が遅れていることが分かりました(図2)。

図1 口腔上皮細胞の温度応答

kyushu-1.jpg

2 マウス口腔内の写真。TRPV3欠損マウスでは、青い線で囲まれた抜歯後の傷の面積が野生型マウスよりも広い。

kyushu-2.jpg

さらに、TRPV3欠損により上皮細胞の増殖が野生型に比べて劣っていることが、創傷治癒の遅延に関与していることが分かりました(図3)。そして、培養口腔上皮細胞にTRPV3を活性化させる薬を投与すると増殖が促進しました。また、上皮細胞の成長と増殖には上皮成長因子受容体(EGFR)(※3)の活性化が必要ですが、TRPV3の欠損により活性化が抑えられていました(図4)。

 

kyushu-3.jpg kyushu-4.jpg
図3 マウス口腔粘膜で増殖している細胞の数がTRPV3欠損マウスでは少ない。 図4 TRPV3欠損マウスでは上皮成長因子受容体の活性化が野生型マウスよりも抑えられていた。
 

 

効果

 口腔粘膜が適切に維持され、口腔で適切に刺激を感じることで「食べる」ことができます。口腔の粘膜上皮は入れ替わりが速く、傷が治りやすいことは以前から知られていましたが、本研究で、温度感受性のチャネルがこの仕組みに関わることが明らかになりました。現在、皮膚や粘膜の傷の治療には、創傷被覆材などが使用されていますが、根本的な治療はありません。TRPV3は、口腔だけでなく消化管粘膜や皮膚にも発現していることから、火傷や手術創、口内炎などの治療に、このTRPV3チャネルを標的とした温熱療法や薬剤の開発が期待されます。

今後の展開

 温度感受性のチャネルが口腔粘膜の維持管理にどのように関わっているのかを明らかにしていきます。口腔の感覚と上皮や神経との関わりを明らかにするとともに、TRPチャネルを標的とした作動薬(※4)の中で創傷治癒が効率よく促進される条件を見出したいと考えています。

kyushu-5.jpg

<用語解説>

※1 TRP チャネル:
細胞の表面を覆う脂質二重膜はイオンを透過しないため、細胞膜にはイオンを透過させるイオンチャネルが存在している。TRP(transient receptor potential)チャネルはそのイオンチャネルの一種で、ナトリウムイオンやカルシウムイオンを透過する非選択的陽イオンチャネルであり、重要な創薬標的とされている。

※2 TRPV3、TRPV4チャネル:
TRPチャネルの一種で正式にはtransient receptor potential channel vanilloid 3、transient receptor potential channel vanilloid 4。温度感受性のチャネルとして知られており、皮膚のバリア機能にも関与することが知られている。

※3 EGFR:
上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor)。上皮細胞が成長(増殖や移動)するために様々な分子を受容するタンパク質。刺激受容によりリン酸化(活性化)されると上皮細胞が増殖する力が高くなり、活性が低下すると傷の治りが悪くなることが知られている。

※4 作動薬:
チャネルなどの受容体に働き、生体反応を引き起こす薬剤。

論文情報

掲載誌:The FASEB Journal
英文タイトル:The thermosensitive TRPV3 channel contributes to rapid wound healing in oral epithelia
著者:Reona Aijima, Bing Wang, Tomoka Takao, Hiroshi Mihara, Makiko Kashio, Yasuyoshi Ohsaki, Jing-Qi Zhang, Atsuko Mizuno, Makoto Suzuki, Yoshio Yamashita, Sadahiko Masuko, Masaaki Goto, Makoto Tominaga, Mizuho A. Kido

お問い合わせ

九州大学大学院歯学研究院
准教授 城戸 瑞穂(きど みずほ)
電話:092-642-6302
FAX:092-642-6304
Mail:kido@dent.kyushu-u.ac.jp

【研究グループについて】
本研究成果は、九州大学、大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所、佐賀大学、自治医科大学との共同研究によるものです。
なお、佐賀大学大学院医学系研究科 博士課程 合島怜央奈(日本学術振興会特別研究員DC2)は、2013年3月まで2年間、九州大学大学院歯学府に特別研究学生として在籍し、本研究に参加しました。


【本研究について】
本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金挑戦的萌芽研究「温度感受性を利用した新たな創傷治療薬の開発(研究課題番号26670870代表者 城戸瑞穂)」の研究助成により得られたものです。

 


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