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生理学研究所 西村幸男 准教授、文部科学大臣表彰・若手科学者賞 受賞

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内容

西村幸男准教授(39歳)が、文部科学大臣表彰・若手科学者賞を受賞いたしました。平成24年4月17日に東京にて表彰式が行われます。

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 対象となった研究内容

脊髄損傷からの機能回復を支える神経メカニズムの研究

脊髄損傷からの機能回復を支える神経メカニズムの研究
脳・中枢神経系の障害後、リハビリテーションにより機能回復することが知られていますが、臨床現場では経験知を頼りにしている面が強く、学問的に体系づけられる必要があった。
 西村は、ヒトに近い身体特性・神経構造をもつサルで、特定の神経経路を損傷する脊髄損傷モデルを確立し、運動機能回復とそれに関わる脳活動との因果関係を明らかにしました。また、これを用いて、これまで着目されていなかった機能回復を支えるモチベーションの神経機構を解明し、心理的治療の重要性を訴えました。さらに、損傷により切断された神経経路をブレインコンピューターインターフェイス技術により人工的に神経接続し、運動機能を再建することに成功しました。
 本研究成果は、神経障害患者への新しいリハビリテーション法や機能再建法として、臨床現場で利用されることが期待されています。

<西村准教授の過去のプレスリリース>

"元気・やる気"がリハビリテーションによる運動機能回復と関連することを脳科学的に証明
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2011/09/post-190.html

<研究について>

自然然科学研究機構 生理学研究所
准教授 西村 幸男 (ニシムラ ユキオ)
Tel: 0564-55-7757   FAX: 0564-55-7766 
E-mail: yukio@nips.ac.jp

<広報に関すること>

自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
pub-adm@nips.ac.jp

 


 


せいりけん市民講座 5月26日(土曜日) 脳科学大実験ショー ~脳が生み出す不思議な世界~

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内容

あなたが今見ている物は、本当にその形と色ですか?ありえないことが普通におこる錯視の不思議な世界。せいりけんの脳科学者が、不思議な脳科学の世界にご招待します。
毎年恒例の岡崎高校スーパーサイエンス部のみなさんの科学実験ショーも開催します!

第1部 錯視の不思議な世界 : あなたは脳にだまされている!
講師:自然科学研究機構生理学研究所 小泉 周(あまね)准教授
第2部 岡崎高校SSH部による科学実験ショー
愛知県立岡崎高等学校スーパーサイエンス部

日時:5月26日 13:30より
場所:岡崎げんき館 大講堂
予約不要・入場無料です。

詳しくはこちらをご覧ください。

天皇陛下御即位20周年奉祝曲「太陽の国」(歌唱:EXILE)の収益による寄附により創設された自然科学研究機構若手研究者賞を、東島眞一准教授が受賞

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内容

自然科学研究機構では、エイベックス・エンタテインメント株式会社から、天皇陛下御即位20周年を祝う奉祝曲「太陽の国」(歌唱:EXILE)の収益の一部についてご寄附頂いたことを受け、新しい自然科学分野の創成に熱心に取り組み、成果をあげた優秀な若手研究者を表彰することを目的として「自然科学研究機構若手研究者賞」を創設しました。
今回、生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の東島眞一准教授が受賞しました。授賞式と記念講演が6月10日に秋葉原にて行われます。

授賞式・記念講演会
「宇宙、生命、エネルギー」若手研究者によるRising Sun
日時:平成24年6月10日(日)午後1時~
場所:UDX THEATER (東京都千代田区外神田4-14-1)
申し込み:事前申し込みが必要です(E-mailのみ受け付けます)。無料です。
※ 詳しくは、http://www.nins.jp/をご覧ください。
 

脳にやさしく脳の中の神経の活動を知る技術 ―脳表面から脳内部の神経活動を知ることに成功― ―脳に優しい低侵襲なブレイン・マシン・インターフェース開発へ―

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研究成果

これまで脳の神経活動を知るには、脳波計のように脳の表面の電気活動を測るか、fMRI(機能的核磁気共鳴法)のように脳の血流を測ることしかできませんでした。したがって、脳内部の神経活動を知るには、脳の中に電極を刺していくなどの方法しかなく、脳に傷をつけてしまうこともありました。今回、生理学研究所の渡辺秀典研究員、西村幸男准教授らの研究チームは、脳表面でとらえた硬膜下皮質表面電位(Electrocorticogram ; ECoG)という電気活動から、脳の内部の神経活動をより正確に推定することに成功しました。今回の研究成果は、米国神経科学専門誌(ジャーナル・オブ・ニューラル・エンジニアリング電子版5月9日)に掲載されました。


今回、研究チームは、サルが腕を動かしているときの脳(運動野)の神経活動を、東京大学・鈴木隆文講師の開発したECoG電極を用いて、脳表面の32カ所(1ミリ間隔)から同時計測した電気信号から脳内部(脳表面下0.2 mmから3.2 mm)の神経活動を高い精度で推定することに成功しました。この際、神経活動の推定にはATR脳情報解析研究所の佐藤雅昭所長の開発した計算手法(“Sparse linear regression algorithm”)を用いました。つまり、これによって、脳の中に電極を刺し込まなくても、脳の表面から脳の内部の神経の活動を高い精度で知ることができるのです。

研究チームは、これまで、脳の活動に同期して義手などのロボットを動かす“ブレイン・マシン・インターフェース”という技術の開発を行ってきました。今回の研究成果によって、脳の中の神経活動を脳に電極を刺さずに知ることができれば、脳に優しい低侵襲なブレイン・マシン・インターフェースの開発につながるものと期待されます。

本研究成果は、文科省脳科学研究戦略推進プログラム課題A「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の開発」の一環として、ATR脳情報研究所、東京大学との共同研究で行われました。

今回の発見

1.脳表面の硬膜下皮質表面電位(Electrocorticogram ; ECoG)でえられた電気活動から脳内部(脳表面下0.2 mmから3.2 mm)の神経活動の高精度の推定に成功しました。

図1 脳表面の電気記録(ECoG)から脳内部の神経活動の推定に成功

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脳表面に1 mm間隔で配置した32か所の電極による硬膜下皮質表面電位(Electrocorticogram ; ECoG)から、脳内部の神経細胞(脳表面下0.2 mmから3.2 mm)の電気活動を高い精度で推定することに成功しました。実記録と推定値がほぼ一致しました。

この研究の社会的意義

脳に優しい低侵襲なブレイン・マシン・インターフェース開発へ
手足に障害をもった方に対して、脳の活動に同期して義手や義足などのロボットを動かす“ブレイン・マシン・インターフェース”という技術の開発がおこなわれています。今回の研究成果によって、脳の中の神経活動を脳に電極を刺さずに知ることができれば、脳に優しい低侵襲なブレイン・マシン・インターフェースの開発につながるものと期待されます。

図2 脳にやさしく脳の中の神経の活動を知る技術の開発(概念図)

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論文情報

Reconstruction of movement-related intracortical activity from micro-electrocorticogram array signals in monkey primary motor cortex.
Watanabe H, Sato M, Suzuki T, Nambu A, Nishimura Y, Kawato M, Isa T (2012)
Journal of Neural Engineering (5月9日電子版掲載)

お問い合わせ先


<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
研究員 渡辺 秀典(ワタナベ ヒデノリ)
Tel:0564-55-7763 Fax:0564-55-7766 
E-mail:watanabe@nips.ac.jp

准教授 西村 幸男 (ニシムラ ユキオ)
Tel: 0564-55-7766   FAX: 0564-55-7766 
E-mail: yukio@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp
 

霊長類の複雑な脳神経回路から特定の経路を選り分ける"二重遺伝子導入法"を開発脳から筋肉に至る"間接経路"も指先の巧みな動きをコントロールしていることを発見― 高次脳機能解明の方法論に大きな突破口 ― ― 特定の神経回路を標的にした遺伝子治療法開発へ期待 ―

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内容

自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐正教授・木下正治特任助教らと福島県立医大・京都大学の共同研究チームは、新しい二種類のウイルスベクターを用いる ことで特定の神経回路選択的に遺伝子を導入する方法を新たに開発しました(二重遺伝子導入法)。この手法により、進化の過程で霊長類において新しく脳から の電気信号を筋肉に伝える直接の経路ができてきた一方で、取り残されてしまったと考えられてきた“間接経路”が、実は私たち霊長類においても手指の巧みな 動きを作りだすことに重要な役割を果たしていることを発見しました。文部科学省・脳科学研究戦略推進プログラムの共同研究プロジェクトによる研究成果で す。英国科学誌Nature(6月17日号電子版)に掲載されます。


ヒトを含めた高等な霊長類は、手を巧みに動かす能力を身につけたことで、爆発的な進化を遂げたとされています。このように手指を一本ずつ器用に動かす能力は、大脳皮質の運動野が、筋肉を支配している脊髄の運動神経細胞に直接接続するようになったからと考えられてきました。一方で、ネコやネズミといった、より下等で手先が不器用な動物では大脳皮質からの指令は脊髄の介在ニューロンを介して間接的にしか運動神経細胞につながっていません。このような“間接経路”は我々霊長類にも残っていますが、何をしているのかはよくわかっていませんでした。このように進化の過程で残された“古い回路”が高等動物の脳でも使われているのか?それとも邪魔だから抑制されているのかについては、多くの議論がありましたが決着はついていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐正教授・木下正治特任助教らと福島県立医大・京都大学の共同研究チームは、新しい二種類のウイルスベクターを組み合わせることで特定の経路選択的に遺伝子を導入する方法(二重遺伝子導入法)を新たに開発し、この間接路を中継する脊髄介在ニューロン系(脊髄固有ニューロン:propriospinal neuron)を選択的に抑制することに成功しました。これにより“間接経路”が、実は手指の巧みな動きを作りだすことに重要な役割を果たしていることが明らかになり、長年の論争に決着がつきました。今回の研究で鍵となったのは、2種類の新しいウイルスベクターを組み合わせて、特定の神経回路を選択的・可逆的に遮断する技術の開発に成功したことです。これまで生殖細胞での遺伝子改変が可能だったマウスではこのような操作は可能でしたが、霊長類では不可能でした。今回開発された方法を用いることで、将来、特定の神経回路を標的とした脳神経の遺伝子治療が大きく進むことが期待されます。

伊佐教授は「今回開発した霊長類への二重遺伝子導入法は、同じ高等哺乳類である人間の脳神経の遺伝子治療にも応用できる方法として期待できます。また、脊髄は単なる反射の経路ではなく、精緻な運動を制御する高度な役割を担っていることを見つけた教科書の常識を覆す発見です」と話しています。

文部科学省・脳科学研究戦略プログラム(課題C)にもとづく、福島県立医科大学・京都大学との共同研究による研究成果です。

今回の発見

 
1.霊長類の複雑な脳神経回路から特定の神経回路を選り分ける“二重遺伝子導入法”の開発に成功しました。
2.1の二重遺伝子導入法を、脊髄の中でも脳から電気信号を直接手指の筋に伝える直接経路と並行する“間接経路”(脊髄固有ニューロン)に適用したところ、この“間接経路”の神経伝達だけを抑えることに成功しました。
3.2によって、脊髄の“間接経路”も指先の巧みな動きをコントロールしていることを発見しました。

図1 二重遺伝子導入法の開発(概念図)

noupro-1.jpg3つの神経(領域)(A,B,C)と、3つの神経(領域)(X,Y,Z)がつながり、複雑な神経回路を作っていると仮定します。このうち、BからYへのつながり(経路)を標的に遺伝子導入したいと想定します。この際、神経Yの神経のつなぎ目(シナプス)部位に逆行性ウイルスベクターである高頻度逆行性遺伝子導入 (highly efficient retrograde gene transfer , HiRet)ウイルスベクターを注入すると、神経Yに通じている神経に遺伝子(赤)が導入されます。その上で、神経Bに順行性ウイルスベクターを注入すると、神経Bの神経に別の遺伝子(青)が導入されます。この2つの遺伝子(赤と青)が二重に導入されたときのみに働くような仕組みを作っておけば(二重遺伝子導入法)、神経Bから神経Yへの経路だけに特異的に遺伝子発現による影響を与えることができます。

図2 脊髄の“間接経路”の神経伝達だけを自由に止めることに成功

 

脊髄の“間接経路”に二重遺伝子導入法を適用しました。逆行性ウイルスベクターであるHiRetウイルスベクター(福島医大が開発)と順行性ウイルスベクターの両方に二重感染した脊髄固有ニューロン(Propriospinal neuron: PN)だけに特異的に遺伝子導入することに成功しました。これによって、DOXという薬物をサルに飲ませることで、この“間接経路”の神経伝達(シナプス伝達)だけを効果を強めた破傷風毒素(京都大学が開発)を使って特異的に止めることに成功しました。

図3 二重遺伝子導入法によってGFPを発現した脊髄固有ニューロン

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二重遺伝子導入法を適用した結果、GFPを発現している脊髄固有ニューロン(PN)(“間接経路”)。

図4 “間接経路”の神経伝達を止めた時、サルの手指の巧みな動きが遅くなり、失敗が増えた

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DOXを投与して“間接経路”の神経伝達を止めると、サルが手指をつかって筒の中のえさをつまむ運動ができなくなりました。つまり、“間接経路”が阻害されたことによって、手指の巧みな動きができなくなったと言えます。

この研究の社会的意義

 
1.特定の神経回路を標的にした遺伝子治療法開発へ期待
 今回開発した二重遺伝子導入法は、霊長類や高等哺乳類の特定の神経回路に遺伝子導入することができる技術です。人間の脳神経系の疾患では、特定の神経回路の異常によって引き起こされる疾患も多く知られています。今回の研究成果によって、脳の複雑な神経回路の中でも特定の神経回路に対して、行動に影響を与えることができるほどにまで高い効率で遺伝子導入できる技術が開発されたことから、今後、こうした脳神経疾患の患者へのより副作用が少なく、効果的な遺伝子治療法の開発につながる研究成果といえます。

2.脊髄は単なる反射の経路という教科書的常識を覆す成果
 教科書の常識では、脊髄は、脳からの電気信号を伝える通り道であり、せいぜい反射の経路としか考えられていませんでした。今回の研究成果により、脳から筋肉への信号の通り道の中でも、進化によって取り残された“間接経路”(脊髄固有ニューロン)が、手指の巧みな動きを生み出しコントロールしていることがわかりました。脊髄の神経回路も、精緻な運動を制御する高度な役割を担っていることを見つけた教科書を書き換える成果です。

3.高次脳機能解明の方法論に大きな突破口
 ヒトを含む霊長類の脳は、1千億を超える神経細胞が複雑に絡み合う神経回路をつくり、高次脳機能を生み出しています。今回の手法を用いれば、こうした複雑な神経回路の中から特定の神経回路を選り分け、その機能を探ることができると期待できます。

4.脊髄損傷後のリハビリテーションに理論的基礎を与える成果
 従来より、脊髄損傷が起きて、運動野から脊髄に至る直接経路が切れてしまうと運動能力の回復は困難とされていました。しかし、今回の結果から、進化的の過程で退化してしまったのではないかと考えられてきた間接経路をうまく活用することで、脊髄損傷の患者でも手指の器用な運動の機能回復を促進できる可能性があることがわかりました。このような新たなリハビリテーション法の開発や再生医療研究の発展が期待されます。

図5 複雑な神経回路から、特定の経路を選り分ける手法を開発

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図6 導入した遺伝子のオン/オフを簡単に制御できる

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論文情報

Genetic dissection of the circuit for hand dexterity in primates
Masaharu Kinoshita, Ryosuke Matsui, Shigeki Kato, Taku Hasegawa, Hironori Kasahara, Kaoru Isa, Akiya Watakabe, Tetsuo Yamamori, Yukio Nishimura, Bror Alstermark, Dai Watanabe, Kazuto Kobayashi, Tadashi Isa
英国科学誌Nature 6月17日電子版

お問い合わせ先

 
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達研究部門
教授 伊佐 正 (いさ ただし)
特任助教 木下 正治 (きのした まさはる)
Tel:0564-55-7761 Fax:0564-55-7868 
Email:tisa@nips.ac.jp (伊佐教授)

福島県立医大 医学部附属生体情報伝達研究所 生体機能研究部門
教授 小林 和人 (こばやし かずと)
助教 加藤 成樹 (かとう しげき)
Tel:024-547-1667 Fax:024-548-3936
Email:kazuto@fmu.ac.jp (小林教授)

京都大学 大学院生命科学研究科 認知情報学講座
大学院医学研究科 生体情報科学講座
教授 渡邉 大(わたなべ だい)
助教 松井 亮介 (まつい りょうすけ)
Tel: 075-753-4437  Fax: 075-753-4404
Email:dai@phy.med.kyoto-u.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

「脳科学研究戦略推進プログラム」事務局 
大塩 立華
TEL:03-5282-5145/FAX:03-5282-5146
E-mail: oshio@nips.ac.jp

福島県立医科大学 
企画財務課(広報担当)
橋本 孝幸
TEL:  024-547-1013     
Email: h-taka@fmu.ac.jp

京都大学 渉外部 広報・社会連携推進室
 掛長(広報企画掛)  東 年昭 (ひがし としあき)
 TEL: 075-753-2071   FAX:075-753-2094
 email:kohho52@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
 

 

霊長類で脳の特定の神経回路を"除去"する遺伝子導入法を開発 ―パーキンソン病などにかかわる脳部位(大脳基底核)への適用に成功―

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内容

 

ヒトやサルの脳は、1千億を超える神経細胞が複雑に絡み合った神経回路をつくり、高次脳機能を生み出しています。たとえば、パーキンソン病などの神経疾患 の遺伝子治療を行う際には、こうした複雑な神経回路の中から特定の働きをしている神経回路を見つけ出し、それを標的にする必要がありますが、特定の神経回 路だけを標的にして遺伝子を導入することはこれまで困難でした。今回、京都大学・霊長類研究所の高田昌彦教授、自然科学研究機構・生理学研究所の南部 篤 教授、福島県立医科大学の小林和人教授の共同研究グループは、サルで特定の神経回路だけを“除去”できる遺伝子導入法の開発に世界で初めて成功しました。 この方法をパーキンソン病など、さまざまな運動疾患にかかわる脳部位である大脳基底核の神経細胞に適用したところ、特定の神経回路の除去に成功、その神経 回路の働きを明らかにしました。今後、ヒトの神経疾患の遺伝子治療にも応用できる技術です。この研究成果は、文部科学省・脳科学研究戦略推進プログラムの 共同研究プロジェクトによるもので、米国科学誌プロスワン(6月25日号電子版)に掲載されます。


研究グループは、細胞死を誘導する物質として知られるイムノトキシンの受容体であるヒトインターロイキンタイプ2受容体を発現する特殊なウイルスベクター(NeuRet-IL-2Rα-GFPウイルスベクター)を開発。このウイルスベクターに感染した神経細胞は、イムノトキシンと結合することによって細胞死を引き起こします。研究グループでは、まずこのウイルスベクターを大脳基底核の一部である視床下核に注入しました。次に、運動野(運動を制御する大脳皮質の領域)にイムノトキシンを注入することによって、運動野から大脳基底核に至る神経回路のうち“ハイパー直接路”と呼ばれる神経回路だけを選択的に除去することに成功しました。その結果、大脳皮質から大脳基底核に運動情報が入る際に、早いタイミングでみられる神経細胞の興奮活動が、このハイパー直接路を経由して起こることを発見しました。

高田教授と南部教授は、「今回の方法は、霊長類の高次脳機能の解明、さらにはさまざまな精神・神経疾患の霊長類モデルの開発やこれらの疾患を克服するための遺伝子治療研究など、脳科学研究に日本発の新展開を与えることが期待できます」と話しています。

本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム:課題C「先端的遺伝子導入・改変技術による脳科学研究のための独創的霊長類モデルの開発と応用」により実施されました。

今回の発見

1.霊長類で脳の特定の神経回路を“除去”する遺伝子導入法を開発しました。
2.パーキンソン病などにかかわる脳部位(大脳基底核)への適用に成功し、大脳皮質(運動野)から大脳基底核(視床下核)にいたる“ハイパー直接路”が、大脳基底核(淡層球内節)の神経細胞でみられる早いタイミングの興奮活動を引き起こしていることを発見しました。

図1 今回開発した特定の神経回路を“除去”する遺伝子導入法(概念図)

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領域A,B,Cに分布する3つの神経細胞がそれぞれ入力(刺激)をうけ、共通の1つの神経細胞に連絡し、そこから出力する神経回路の模式図。このような神経回路の神経連絡のつなぎ目(シナプス)の部分に、NeuRet-IL-2Rα-GFPウイルスベクターを注入すると(①)、これによって導入された遺伝子が神経線維を逆行性(神経伝達とは逆向き)に輸送され(②)、領域A,B,Cの神経細胞(細胞体)で、細胞死を誘導する物質として知られるイムノトキシンの受容体であるヒトインターロイキンタイプ2受容体が発現します(③)。この時、領域Cの神経細胞にだけイムノトキシンを作用させると(④)、領域Cの神経細胞だけを選択的に死滅させることができます。

図2 パーキンソン病などにかかわる脳部位である大脳基底核に遺伝子導入

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図1の原理に基づいて、ウイルスベクターを大脳基底核(視床下核)に注入。さらにイムノトキシンを大脳皮質(運動野)に注入することによって、運動野から視床下核に至る神経回路(“ハイパー直接路“と呼ばれています)だけを選択的に“除去”することができます。その際、大脳基底核の神経回路の働きがどのように変化したかを、運動野の電気刺激に対する神経細胞の反応を淡層球内節(GPi)から記録して確かめます。

図3 イムノトキシンを大脳皮質(運動野)に注入すると、早いタイミングで起こる大脳基底核(淡蒼球内節)の神経細胞の興奮活動が消失

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大脳皮質(運動野)にイムノトキシンを注入して、運動野から視床下核に至る神経回路(大脳基底核の“ハイパー直接路“)だけを選択的に“除去”すると、淡層球内節(GPi)の神経細胞でみられる運動野刺激に対する早いタイミングの興奮活動がなくなりました。

図4 “ハイパー直接路“が大脳基底核(淡蒼球内節)でみられる早いタイミングの興奮活動を引き起こすことを発見

nanbu-4.jpg

パーキンソン病などの運動疾患にかかわる大脳基底核の神経回路の模式図。大脳皮質(運動野)から大脳基底核に至る神経回路のうち“ハイパー直接路”と呼ばれる神経回路だけを選択的に除去すると、淡蒼球内節の神経細胞で早いタイミングの興奮活動だけがみられなくなったことから、この神経回路が早い興奮を引き起こす働きをしていることが明らかになりました。
Cx: 大脳皮質、GPe: 淡蒼球内節、GPi: 淡蒼球外節、SNr: 黒質網様部、STN: 視床下核、Str: 線条体、Th: 視床

この研究の社会的意義

パーキンソン病をはじめとする精神・神経疾患の遺伝子治療法の確立に期待
今回の遺伝子導入法を使えば、霊長類で特定の神経回路を除去できることから、パーキンソン病をはじめとした、特定の神経回路の活動異常によって起こるさまざまな精神・神経疾患の治療法に応用できる可能性があります。

論文情報

mmunotoxin-Mediated Tract Targeting in the Primate Brain: Selective Elimination of the Cortico-Subthalamic “Hyperdirect” Pathway
Ken-ichi Inoue, Daisuke Koketsu, Shigeki Kato, Kazuto Kobayashi, Atsushi Nambu, Masahiko Takada
PLoS ONE(プロスワン) 6月25日号電子版

お問い合わせ先

 
<研究について>
京都大学 霊長類研究所 分子生理研究部門 統合脳システム分野
教授   高田 昌彦(たかだ まさひこ)
特定助教 井上 謙一(いのうえ けんいち)
Tel:0568-63-0572 FAX:0568-63-0576 
Email:takada@pri.kyoto-u.ac.jp(高田教授)

自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
教授   南部 篤(なんぶ あつし)
特任助教 纐纈 大輔(こうけつ だいすけ)
Tel:0564-55-7771 FAX:0564-55-7773 
E-mail: nambu@nips.ac.jp(南部教授)

福島県立医科大学 医学部附属生体情報伝達研究所 生体機能研究部門
教授 小林 和人(こばやし かずと)
助教 加藤 成樹(かとう しげき)
Tel:024-547-1667 Fax:024-548-3936 
Email:kazuto@fmu.ac.jp(小林教授)


<広報に関すること>
京都大学 渉外部 広報・社会連携推進室
 掛長(広報企画掛)  東 年昭 (ひがし としあき)
 TEL: 075-753-2071   FAX:075-753-2094
 email:kohho52@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

福島県立医科大学 
企画財務課(広報担当)
橋本 孝幸
TEL:  024-547-1013     
Email: h-taka@fmu.ac.jp

文部科学省脳科学研究戦略プログラム事務局
大塩 立華(おおしお りつ)
Tel: 0564-55-7803  Fax:0564-55-7805
Email:srpbs@nips.ac.jp
 

第23回 せいりけん市民講座 「発達障がい その今と未来を考える」<Now Closed>

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内容

生理学研究所では、名古屋大学医学部と共同主催、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」との共催、愛知県の後援にて、市民講座「発達障がい その今と未来を考える」を開催いたします。参加無料、ただし、要事前申し込み(定員は300名)です。

(内容)
・自閉症スペクトラム障がいとは?
・原因は何?
・どう接したらいいの?
 
(日時・場所)
 2012年9月16日 午後1時30分~4時
 名古屋大学医学部病院 中央診療棟講堂

(対象)
発達障がいのある子どもの家族、福祉・教育関係者、医療関係者
※未就学児の入場はできません。

講演1
自閉症スペクトラム障がい(広汎性発達障がい)の診断:その現状と課題
講演者:名古屋大学大学院医学系研究科
     親と子どもの心療学分野 講師
     岡田 俊
講演2
自閉症スペクトラム障がいについてわかっていること 今後わかる必要があること
講演者:名古屋大学大学院医学系研究科
     精神医学・親と子どもの心療学分野 教授
     尾崎 紀夫
講演3
今、家族ができること、気をつけたいこと
家庭でできる幼児への対応について
講演者:自然各研究機構生理学研究所 研究員
     宍戸 恵美子
討論
診断と対応、および福祉について

※司会:自然科学研究機構生理学研究所 生体情報研究系 神経シグナル研究部門
井本 敬二 教授
宍戸 恵美子 研究員

(申し込み方法など)
E-mail(nagoya@nips.ac.jp)で必要事項をご記入の上、お申込みください。
なお、E-mailがご使用できない場合に限り、FAXまたはTELでも受け付けます。
詳しくはチラシをご覧ください。

<申し込み多数のため、受付終了しました。ありがとうございました。>

ひらめき☆ときめきサイエンス 脳や体を動かす電気信号でロボットアームを動かしてみよう!高校生募集開始!<Now Closed>

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内容


生理学研究所・広報展開推進室では、日本学術振興会と共催で、ひらめき☆ときめきサインエンスの高校生体験学習会を開催します。
ヒトの脳や体は電気信号で動いていますが、この電気信号はとっても小さいので普段は感じることはできません。そこで簡易筋電位計測装置「マッスルセンサー2」(日本科学未来館と共同開発)を使用してこの電気信号を感知し、レゴブロックでつくったロボットアームを動かしてみましょう。

※参加費無料。使用したマッスルセンサー2は参加各校1台お持ち帰りいただけます。

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日時: 8月27日 土曜日 12:30集合
会場: 自然科学研究機構 岡崎コンファレンスセンター
対象: 高校生20グループ(参加校1校で1人の、理科教員の引率をお願いします)
オンライン申し込み:http://www.nips.ac.jp/public/hiratoki
お申込み締め切り:7月6日(金)17:00まで
 


「見えてないのに無意識に見えている」盲視を日常生活シーンで証明 ―脳血管障害による視覚障害で"見えている"と意識しなくても「動き」「明るさ」「色」で目立つ部分には目を向ける―

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内容

「見えている」という意識をしなくても、脳の中には目(網膜)からの視覚情報が脳に無意識に送り込まれています。これは、脳の視覚野という部位が損傷して、見えてないはずなのに無意識に見えているという現象(盲視)があることから分かってきました。これまで、視覚野の脳血管障害患者でも“見えている”と意識していないのに障害物をよけて歩いたりすることができるなどの不思議な現象が知られていましたが、これが本当に盲視なのかは証明されていませんでした。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の吉田正俊 助教・伊佐正 教授らの国際共同研究チームは、脳の視覚野に障害をもったサルの盲視現象は、実験室での特定の条件のもとで起こるだけではなく、日常生活シーンの中でも、起きていることを証明しました。米国科学誌カレント・バイオロジー(Current Biology, 6月28日電子版)に掲載されます。
 

研究チームはこれまで、視覚野に障害のあるサルでも、「見えている」と意識せずに視覚刺激のある場所を言い当てることができる“盲視”を証明してきました。今回、研究チームは、実験室の特殊な視覚刺激条件ではなく、日常生活のシーンの中でも、そうした盲視現象が生じるかどうかを、日常生活シーンの映像を利用して検証。とくに、見えないはずの視野の中でも、「動き」「明るさ」「色」で目立つ部分には目を向けることが出来ることを明らかにしました。つまり、目の動きをみるだけで、見えないながらも、無意識にどこに注意をむけているのか分かることがわかりました。

吉田助教は、「脳血管障害による視覚障害患者(脳梗塞後の同名半盲など)において、盲視の能力が日常生活でも使える可能性を明らかにしたことで、視覚障害患者でもリハビリなどによって視覚機能回復を行う意義と可能性を示したといえます。また、“ムービークリップ視聴中の眼球運動の測定”という検査方法によって、どの程度(無意識に)見えているのか検査することが可能ということもわかりました」と話しています。

ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム (2005-2008)による三ヶ国での国際共同研究(日本・生理研、アメリカ・南カリフォルニア大学、カナダ・クイーンズ大学)および、文部科学省科学研究費補助金、そして日本学術振興会による補助をうけて行われました。

今回の発見

1.脳血管障害(視覚野障害)による視覚障害サルの“見えてないのに無意識に見えている”という盲視現象は、実験室の特殊な視覚刺激条件だけでなく日常生活シーンの中でも生じることがわかりました。
2.見えないはずの視野の中でも、「動き」「明るさ」「色」で目立つ部分には目を向けることが出来ることを明らかにしました。
3.目の動きを測定することによって、“無意識に見えている”ことを検証することができることが分かりました。

図1 (これまでの研究成果より)盲視とは?

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盲視とは「見えていると意識できないのに見えている」という現象と定義されます。1973年、視覚野に障害を持った患者であるD.B.が、その見えないはずの視野にあるモノの位置を当てることができることに医師は気付きました。例えば、スクリーンに光点を点灯させて当てずっぽうでいいから位置を当てるように指示すると、D.B.はそれが見えないにもかかわらず、光点を正しく指差すことができました。また、棒が縦か横かを当てるテストでもほとんど間違いがなく答えることができました。
このように本人は見えていると意識できていないにもかかわらず、眼球運動など一部の視覚機能は損傷から回復させることができます。この現象を「盲視」と呼びます(詳細は、日本神経回路学会 オータムスクール ASCONE2007 吉田 正俊 講義概要「盲視(blindsight)の神経機構」(http://www.nips.ac.jp/~myoshi/blindsight.html http://www.nips.ac.jp/~myoshi/blindsight.html)を参照)。

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通常、眼の「網膜」で見た情報は、「視床」を経由して、「視覚野」に送られ、ここで初めて「見ている」として意識されます。しかし、伊佐教授ら研究チームのこれまでの研究成果から、脳梗塞などで「視覚野」が障害を受けた場合には、中脳の「上丘」を介して脳の中に無意識に情報が伝わっていくことが分かってきました。

図2 実験:日常生活シーンの映像から「動き」「明るさ」「色」「傾き」のどこに目をむけるかを検証

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視覚野の障害による視覚障害のサルに、日常生活シーンの映像を見せ、そのときの目の動きを測定。日常生活シーンの映像から、「動き」「明るさ」「色(赤―緑)」「色(青―黄)」「傾き」に関わる視覚情報の特徴を分析し、その映像を見ているときの視覚障害サルの目の動きと比較しました。

図3 盲視でも「動き」「明るさ」「色」をとらえ正常と変わらず目をむける

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正常のサルと、視覚障害の盲視のサルの目の動きを比較したところ、盲視のサルでも、「動き」「明るさ」「色(赤―緑)」の画像特徴を認識して、そこに目を向けることがわかりました。一方で、「傾き」については、盲視のサルでは、注視できないこともわかりました。

図4 盲視のサルの“見え方”(イメージ画像)

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視覚障害の盲視のサルでも、視覚情報の中から「動き」「明るさ」「色」といった画像情報の特徴をとらえ、目を向けることができることがわかりました。つまり、“見えていないのに無意識に見えている”ことがわかりました。

この研究の社会的意義

脳血管障害による視覚障害患者の視覚回復とそのリハビリテーション法開発へ道
脳梗塞などの脳血管障害による視覚野の損傷で視野障害となった患者が多くいらっしゃいます。これまでにも研究チームが明らかにしてきたように、実際には、意識していなくても眼で見た情報は損傷を受けた視覚野をバイパスされ、脳に伝わることが今回の実験でも改めて証明されました。とくに、「動き」「色」「明るさ」といった情報は、脳に無意識に伝わり、目の動きを促すことがわかりました。こうした無意識の視覚を代償的なものとして利用して、眼を動かすリハビリテーションの訓練を行うこともできると考えられます。たとえば、意識にはのぼらない視覚機能を、「動き」「色」「明るさ」に対する目の動きをつかって評価することで、リハビリテーションの効果判定を行うことができるかもしれません。

論文情報

Residual attention guidance in blindsight monkeys watching complex natural scenes
Masatoshi Yoshida, Laurent Itti, David J. Berg, Takuro Ikeda, Rikako Kato, Kana Takaura, Brian J. White, Douglas P. Munoz & Tadashi Isa
Current Biology, 6月28日号電子版

お問い合わせ先

<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
助教 吉田 正俊 (ヨシダ マサトシ)
Tel:0564-55-7764 FAX:0564-55-7766 
E-mail:myoshi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp






 

生きたままマウスの体の中の特定の細胞を狙い、その活動を"光"で操作(光操作)することができる遺伝子改変マウスを開発

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内容

私たちの体は、200種にもおよぶ細胞が多数集まって作られています。互いの細胞は、情報や物質をやりとりしながら協調することで生命を維持していますが、細胞同士が協調して働く活動は複雑で、生きたまま特定の細胞の働きだけを解析するのは容易なことではありません。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の松井 広 (マツイ・コウ)助教、田中 謙二 (タナカ・ケンジ)助教(現・慶應義塾大学医学部准教授)らの研究チームは、マウスの特定の種類の細胞だけに「光を感じて反応するタンパク質(光感受性分子)」を、安定かつ多量に遺伝子発現させる遺伝子改変マウスを開発しました。このように操作した遺伝子改変マウスでは、光刺激の有無によって、生きたまま特定の細胞種の活動を光で制御(光操作)することが可能で、たとえば「脳における特定の細胞の活動」と行動との関係などを詳しく解析できるようになると期待されます。今回の研究成果は、セル・レポート(Cell Reports、7月19日電子版)に掲載されました。
 


 田中助教らは、緑藻類がもつチャネロドプシン2(channelrhodopsin-2, ChR2)という光感受性タンパク質の遺伝子を、特定の細胞種にのみ効率よく発現させるシステム(“KENGE-tetシステム”)を確立しました。これによって、体の中の特定の細胞種を狙い、その活動を生きたまま光によって制御(光操作)することが可能になります。
“KENGE-tetシステム”では、具体的には2種類の遺伝子改変マウスを用います。この2種類の遺伝子改変マウスの第1のマウスと第2のマウスを対象に、次のような二段階の操作を行いました。まず、第1のマウスの「目的とする細胞種だけで発現する遺伝子」の制御部位(プロモーター)に、tTA(テトラサイクリン制御性トランス活性化因子)の遺伝子を組み込みました(tTAマウス)。次に、第2のマウスのβ-actin遺伝子部位に「ChR2の発現を誘導する遺伝子(tetO遺伝子カセット)」を組み込みました(tetO-ChR2マウス)。β-actin遺伝子座に導入する理由は、β-actin分子がどのような細胞においても多く発現される分子だからです。このような2種の遺伝子改変マウスをかけあわせることによって、目的の細胞種でのみChR2を安定かつ多量に発現させることができました。このとき、第1のマウスにおいてtTAを組み込む遺伝子の種類を変えると、ChR2が発現する細胞種が変わることも確かめました。
 さらに研究チームは、この2段階の光感受性分子発現システム(“KENGE-tetシステム”)を利用し、脳の神経細胞やグリア細胞においてChR2を発現するマウスを、何系統も作り出すことに成功しました。これらのマウスの脳に光ファイバーによる光刺激を与えると、神経細胞やグリア細胞をピンポイントで活性化させることができ、その細胞の状態と行動との関連を詳細に解析するツールとして利用できることを明らかにしました。
 今回の成果は、神経科学だけでなく、医学や生物学の幅広い分野で応用できると期待されます。なお、開発された遺伝子操作マウスは、理化学研究所 バイオリソースセンターより入手することができます。

武田科学振興財団および、文部科学省科学研究費補助金、日本学術振興会による補助をうけて行われました。

今回の発見

 マウスの細胞に「光を感知して反応するタンパク質(光感受性分子)の遺伝子」を導入する試みは、世界各地で行われていました。その多くは、「無毒なウイルスを使って、光感受性遺伝子を細胞に導入する」というもので、コストは安いのですが、目的の細胞に安定かつ大量に発現させるのが難しいという問題がありました。遺伝子の発現量にばらつきがあると、同じ光刺激を与えても得られる結果が変わってしまい、「ちゃんと光刺激できているのか?」「何による効果を測っているのか?」がわからなくなってしまいます。
 その点、今回開発した2種類の遺伝子改変マウスを利用した“KENGE-tetシステム”では、ねらった細胞種にのみ、光感受性分子ChR2を安定かつ大量に遺伝子を発現させることができます。たとえば、グリア細胞にChR2を発現させたマウスの頭部に光をあてると、狙ったグリア細胞でのみ「細胞膜に陽イオンを通すチャネル」が開き、内部に電流が流れ込んで細胞が活性化されます。このように、頭蓋骨を通して、脳を全く傷つけることなく、特定の神経細胞やグリア細胞の活動を自在に操り、時系列を追って観察できる技術は、きわめて画期的だといえます。

図1 2種類の遺伝子改変マウスを使ったKENGE-tetシステムを開発

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2種類の遺伝子改変マウス(tTAマウスと、tetO-ChR2マウス)を使って、特定の細胞に光感受性分子(ChR2)を発現させる”KENGE-tetシステム”を開発しました。さまざまなtTAマウスとtetO-ChR2マウスを掛け合わせることによって、特定の細胞に光感受性分子を発現させ、光操作できるようにすることができます。tTAを組み込む遺伝子の種類を変えると、ChR2が発現する細胞種が変わることも確かめました。たとえば、ChR2を脳の海馬と呼ばれる部分に発現するマウスを作ると、脳の中に埋めこんだ光ファイバーによって、光によってそのマウスの行動を活発にすることができました。

この研究の社会的意義

生きたまま“光”で特定の細胞の活動を操作(光操作)
 たとえば、脳の研究の中心は、これまで神経細胞の働きを調べることでした。今回、研究チームは、脳をつくる神経細胞以外の細胞であるグリア細胞を主な標的細胞にして解析を進めました。グリア細胞は、脳容積の多くを占め、興奮状態が変化することなどが知られています。ただし、その形状は複雑で、培養が困難なことなどから、分子レベルの動態や脳機能に与える影響などについてはほとんど解明されていません。今回のKENGE-tetシステムを用いれば、これまで脇役だったグリア細胞と脳や心の機能との関連が明らかにできると期待されます。
 生きたままの状態で細胞レベルの活動を変えられるKENGE-tetシステムは、脳科学だけでなく、他の生物学領域や医学分野において広く応用可能です。今後、ChR2以外のさまざまな機能タンパク質を発現するマウスを作り出し、レパートリーを増やしていけば、新薬候補の効果を試す際の網羅的なスクリーニングなどにも利用できると考えられます。

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論文情報

Expanding the repertoire of optogenetically targeted cells with an enhanced gene expression system
Kenji F. Tanaka, Ko Matsui, Takuya Sasaki, Hiromi Sano, Shouta Sugio, Kai Fan, René Hen, Junichi Nakai, Yuchio Yanagawa, Hidetoshi Hasuwa, Masaru Okabe, Karl Deisseroth, Kazuhiro Ikenaka, Akihiro Yamanaka
Cell Reports, 7月19日電子版

お問い合わせ先

<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
助教 松井 広(マツイ コウ)
Tel:0564-59-5279 Fax:0564-59-5275 
E-mail:matsui@nips.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所
助教 田中 謙二(タナカ ケンジ)
(現 慶應義塾大学医学部 准教授)
Tel:03-5363-3934 FAX:03-5379-0187 
E-mail:kftanaka@a8.keio.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7722 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp
 

 

"光沢"を見分ける脳の神経細胞を発見

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内容

 人は、物をみただけで、その“質感”を判別しています。なかでも、「キラキラ」や「ピカピカ」「テカテカ」といった物の“光沢”は、見ただけで脳の中で瞬時に判断していますが、その脳内での仕組みは分かっていませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の西尾亜希子研究員、小松英彦教授らの研究グループは、霊長類動物の脳の中に、“光沢”を見分ける特別な神経細胞群があることを世界で初めて発見しました。この脳神経細胞は、物の形や照明によらず光沢を見分けられることができます。本研究成果は、米国神経科学会誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス、2012年8月1日号電子版)に掲載されました。

 研究グループは、同じ形で33種類の光沢をもつ物体をコンピューターグラフィックで作成。この33種類の物体を、ニホンザルに見せたときの脳の活動を記録しました。その結果から、脳の大脳腹側高次視覚野の下側頭葉と呼ばれる部分に、光沢に応じて反応する神経細胞群があることをつきとめました。神経細胞群の中の細胞は役割分担して、鏡面反射や拡散反射などの度合いに応じて、「鋭く輝くもの」、「ぼやけた光沢をもつ物」、「艶のないもの」、といった物の光沢の違いを判別していました。

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 小松教授は、「世界ではじめて、霊長類の脳の大脳腹側高次視覚野にある特殊な脳神経細胞が、“光沢”を見分ける機能を持っていることを明らかにしました。“光沢”は物の質を表す重要な視覚情報で、物の価値判断にも影響を与えます。おそらく進化の過程で獲得された脳の機能だと考えられ、金や銀の美しい輝きを感じる時にも、こうした“光沢”を見分ける脳の仕組みが働いていると考えられます」と話しています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

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今回の発見

1.霊長類動物の脳の大脳腹側高次視覚野の下側頭葉に“光沢”に反応する神経細胞群があることを発見しました。
2.鏡面反射や拡散反射の度合いに応じて、「鋭く輝くもの」、「ぼやけた光沢をもつ物」、「艶のないもの」、といった物の光沢の違いを判別していました。

図1  異なる33種類の“光沢”をもつ同一物の画像(コンピューターグラフィックス)

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同じ形ながら異なる33種類の光沢をもつ物をコンピューターグラフィックで作り出しました。この33種類の物を見せた時のニホンザルの脳の反応を記録しました。

図2 “光沢”を判別する神経細胞の一例

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“光沢”を判別する神経細胞の電気応答の一例。この神経細胞は、形によらず、「鋭い反射を持つ、つるつるした表面の物体(鋭く輝くもの)」の画像に強く反応しました。このように特定の光沢を見分けて反応する細胞が多数見つかりました。

図3 “光沢”の判別の分類

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記録された“光沢”を判別する神経細胞群の活動を分析して、これらの神経細胞が、どのように光沢を見分けているかを分類した図。この図では、左の方に「鋭く輝くもの」、右下は「ぼやけた光沢をもつもの」、右上は「艶のないもの」が集まっており、これらの神経細胞の活動がさまざまな光沢を系統的に表現していることが分かります。

図4 (補足説明)3種類の反射パラメーターの変化による“光沢”の変化

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入射光に対する拡散反射、鏡面反射、ラフネス(広がり)という3種類の反射パラメーターの組み合わせによって、モノの“光沢”を変化させることができます。

この研究の社会的意義

霊長類の脳の“光沢”を見分ける優れた機能の解明へ
世界ではじめて、霊長類の脳の大脳腹側高次視覚野にある特殊な脳神経細胞群で、“光沢”を見分けるという優れた機能を持っていることを明らかにしました。将来的には、こうした生体の優れた質感認識機能を模擬した自動的・効率的な質感分類・同定システムへの応用、濡れているなどの表面状態を瞬時に察知して適応的に動作・行動するロボットシステムへの応用、その他、様々な分野(アート、エンターテイメント、工業デザイン、広告、デジタルアーカイブなどの)において、豊かな質感の生成・再現を実現するための技術の開発などへ繋がると期待されます。

図5  脳の中の特定の神経細胞で“光沢”を見分けている

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脳の大脳腹側高次視覚野の下側頭葉には、「鋭く輝くもの」、「ぼやけた光沢をもつもの」、「艶のないもの」など光沢に応じて反応する神経細胞群があることを発見しました。今回発見された“光沢”を見分ける仕組みをつかって、この3つの物体の光沢の違いを判別していると考えられます。

論文情報

Neural selectivity and representation of gloss in the monkey inferior temporal cortex
Akiko Nishio, Naokazu Goda, Hidehiko Komatsu
ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス 8月1日号電子版

お問い合わせ先

<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
教授 小松 英彦(コマツ ヒデヒコ)
研究員 西尾亜希子(ニシオ アキコ)
Tel:0564-55-7861 / 7862  Fax:0564-55-7865 
E-mail:komatsu@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
pub-adm@nips.ac.jp

 

「目と目で通じあう」ときの脳活動は? 二台のMRIを使って"共同注意"の脳活動を探る −健常人と高機能自閉症者の比較−

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内容

「目と目で通じ合う」とよく言われるように、視線を介した他者とのコミュニケーションは、人と人が円滑な社会生活をおくる上で非常に重要です。今回、自然科学研究機構生理学研究所の定藤 規弘 教授・田邊 宏樹 助教(現名古屋大学 准教授)らと福井大学子どものこころの発達研究センター(福井大学医学部精神医学)小坂 浩隆 准教授らの共同研究グループは、金沢大学と共同で、成人の健常者と高機能自閉症者(ASD)を対象に、2人の脳活動を2台の機能的磁気共鳴断層画像装置(fMRI)によって同時計測することにより、目と目をあわせて同じものに注意を向ける “共同注意”の際の脳の活動について調べました。健常者ペアでは同調した脳活動がみられるのに対して、高機能自閉症者と健常者のペアではみられませんでした。文部科学省・脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、生理学研究所(課題D)と福井大学(課題F)の共同研究として行われた研究成果です。本研究成果は、欧州電子版科学誌“Frontiers in Human Neuroscience”(2012年9月10日電子速報版)に掲載されました。

今回の研究では、定藤教授が福井大学に構築した簡易型の二者のfMRI同時計測システム(Dual functional MRI)を利用し、目と目で見つめ合う2人から同時に脳活動を記録しました。健常人と高機能自閉症者から2名でペアをつくり、その組み合わせによって比較しました。お互いに目を見つめ合い、一方が目配せによって自分が注意を向けている場所を相手に伝え、両者が同じ場所に共同で目線(注意)を向ける(共同注意)時の脳活動をリアルタイムで記録しました。健常人同士のペアでは、“共同注意”時に、脳の右前頭前野(右下前頭回)の脳活動の同調がみられました(「目と目で通じあう」)。高機能自閉症者と健常者のペアでは、そうした脳活動の同調は見られませんでした(「目と目で通じあうのが苦手」)。また、高機能自閉症者では相手の目を見て反応する際に脳の視覚野の活動の低下が見られたのに対し、健常人では高機能自閉症者が相手だと、むしろ視覚野と右下前頭回の脳活動の上昇が見られました。

定藤教授は、「高機能自閉症者と健常人がリアルタイムでコミュニケーションしている最中のfMRIによる脳活動の同時計測実験はこれが世界初です。高機能自閉症者は一般に視線を介したコミュニケーションが苦手であると言われていますが、脳活動からもそれを支持する結果を得ることができました。このfMRI同時計測システムを用いれば、高機能自閉症者との違う形のコミュニケーションの在り方を模索出来るのではないかと考えています。」と話しています。

文部科学省・脳科学研究戦略プログラム(課題D、F)にもとづく、福井大学との共同研究による研究成果です。

今回の発見

1.世界で初めて、「目と目で通じあう」ときの脳活動を、二台のMRIを使い、健常人と高機能自閉症者で同時にリアルタイム記録しました。
2.健常人同士のペアでは、“共同注意”時に、脳の右前頭前野(右下前頭回)の脳活動の同調がみられました(「目と目で通じあう」)。高機能自閉症者と健常者のペアでは、そうした脳活動の同調は見られませんでした(「目と目で通じあうのが苦手」)。
3.高機能自閉症者では相手の目を見て反応する際に脳の視覚野の活動の低下が見られたのに対し、健常人では高機能自閉症者が相手だと、むしろ視覚野と右下前頭回の脳活動の上昇が見られました。

図1  人と人が「目と目で通じあう」ときの脳活動を2人から同時にリアルタイム記録

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定藤教授が福井大学に構築した簡易型の二者のfMRI同時計測システム(Dual functional MRI)を利用し、目と目で通じあう2人から同時に脳活動を記録しました(上図は、生理学研究所に設置されているDual fMRIシステムの写真)。健常人と高機能自閉症者から2名でペアをつくり、お互いに目を見つめ合い、一方が目配せによって自分が注意を向けている場所を相手に伝え、両者が同じ場所に共同で目線(注意)を向ける(共同注意)時の脳活動をリアルタイムで記録しました(下図は実験イメージ)。

図2  「目と目で通じ合う」ときの脳活動は?
 - 健常人と高機能自閉症者の比較

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健常人同士のペアでは、“共同注意”時に、脳の右前頭前野(右下前頭回)の脳活動の同調がみられました(「目と目で通じあう」)。高機能自閉症者と健常者のペアでは、そうした脳活動の同調は見られませんでした(「目と目で通じあうのが苦手」)。また、高機能自閉症者では相手の目を見て反応する際に脳の視覚野の活動の低下が見られ(上図左)、一方健常人では高機能自閉症者が相手だと、むしろ視覚野と右下前頭回の脳活動の上昇が見られました(上図中央)。

この研究の社会的意義

「目と目で通じ合う」時の脳活動   - 健常人と高機能自閉症者の違いを解明
高機能自閉症者と健常人がリアルタイムでコミュニケーションしている最中のfMRIによる脳活動の同時計測実験はこれが世界初です。高機能自閉症者は一般に視線を介したコミュニケーションが苦手であると言われていますが、脳活動からもそれを支持する結果を得ることができました。このfMRI同時計測システムを用いれば、高機能自閉症者との違う形のコミュニケーションの在り方を模索出来るのではないかと考えています。

論文情報

Hard to “tune in”: neural mechanisms of live face-to-face interaction with high-functioning autistic spectrum disorder
Hiroki C. Tanabe*, Hirotaka Kosaka*, Daisuke N. Saito, Takahiko Koike, Masamichi J. Hayashi, Keise Izuma, Hidetsugu Komeda, Makoto Ishitobi, Masao Omori, Toshio Munesue, Hidehiko Okazawa, Yuji Wada, Norihiro Sadato
欧州科学誌 Frontiers in Human Neuroscience,
電子速報版 2012年9月10日掲載
doi:10.3389/fnhum.2012.00268

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学部門
教授 定藤 規弘(さだとう のりひろ)
助教 田邊 宏樹(たなべ ひろき)(現・名古屋大学 准教授)
定藤研究室
TEL: 0564-55-7842  FAX: 0564-55-7843
e-mail:sadato@nips.ac.jp

〒910-1193 福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23-3
福井大学 子どものこころの発達研究センター こころの発達開拓部門
福井大学 医学部精神医学
特命准教授 小坂 浩隆  (こさか ひろたか)
TEL 0776-61-8363   FAX 0776-61-8136
e-mail: hirotaka@u-fukui.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

福井大学総合戦略部門広報室
古市 康博(ふるいち やすひろ)
TEL:0776-27-9733 FAX:0776-27-8518
e-mail:sskoho-k@ad.u-fukui.ac.jp

「脳科学研究戦略推進プログラム」事務局 
大塩 立華
TEL:03-5282-5145/FAX:03-5282-5146
E-mail: oshio@nips.ac.jp


 

 

心筋梗塞の進行を抑えるCFTRイオンチャネルの働きを解明 ― 心筋梗塞発症直後の新しい治療法の可能性 ―

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内容

心臓の筋肉細胞(心筋細胞)表面の細胞膜には、CFTRイオンチャネル(嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子)と呼ばれる塩素イオンの出入り口となるタンパク質(イオンチャネル)があります。このCFTRイオンチャネルは、心筋細胞の電気活動や、心筋細胞の大きさの調節にかかわっていることが知られていました。今回、自然科学研究機構生理学研究所の岡田泰伸(オカダ ヤスノブ)所長らと仁愛大学の浦本 裕美(ウラモト ヒロミ)講師の研究グループは、心筋梗塞発症直後に、このCFTRイオンチャネルを活性化させると、心筋梗塞の進行を抑えることができることを、マウスをつかった実験によって明らかにしました。国際誌Cell Physiol Biochemの9月20日号(電子版)に掲載されました。

今回、研究グループは、マウスの心臓の左冠状動脈の虚血・血流再開(再灌流)に伴う心筋梗塞発症時に、CFTRイオンチャネルがどのような働きをするのかを確かめました。心筋梗塞発症直後にCFTRイオンチャネルを薬物で活性化させると、心筋の壊死の進行を抑えることができることがわかりました。CFTRイオンチャネルを持たない遺伝子改変マウスでは心筋傷害は悪化し、CFTR活性化剤投与によっても救済も改善もされないことがわかりました。つまり、CFTRイオンチャネルを活性化させられれば、心筋梗塞の進行を抑えられることがわかりました。

岡田泰伸所長は「心筋梗塞発症直後にCFTRイオンチャネルを活性化させることで、細胞から塩素イオンが放出され、心筋細胞が膨らんで死んでしまうことを抑えることができるものと考えられます。CFTRイオンチャネルを活性化させる薬剤を投与すれば、心筋梗塞の進行を抑制できると考えられます」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

 今回の発見

 1. 心筋梗塞発症直後の血流再開(再灌流)時に、心筋細胞のCFTRイオンチャネルを活性化させると、心筋壊死を抑制できることがわかりました。
2. CFTRイオンチャネルの遺伝子改変ノックアウトマウスでは、CFTRイオンチャネルを活性化させる薬剤を投与しても心筋壊死は抑制できませんでした。
3. 心筋梗塞時の細胞破裂性(ネクローシス性)心筋細胞死は、CFTRイオンチャネルの活性化によって防御・救済されることがわかりました。

図1  CFTRイオンチャネルの活性化で心筋梗塞の進行を大幅に抑制

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マウスの心臓の左冠状動脈の虚血と再灌流によって心筋梗塞を発症させたとき、心筋細胞の壊死の様子。CFTRイオンチャネルを活性化させる薬剤を投与すると、心筋細胞が死んでいるところ(TTC染色で白色になっているところ)が大幅にみられなくなっています。

この研究の社会的意義

新しい心筋梗塞治療法へ期待
心筋梗塞発症の際、実際に心筋細胞が死にはじめるのは、一時的に血のめぐりが遮断された(虚血)後に、血のめぐりが再開(再灌流)してしばらくしてからのことです。再灌流直後は、心筋梗塞患者に治療を施すことができ、しかも薬物が病巣に到達しうるタイミングでもあるので、本研究成果は心筋梗塞に対する新しい治療法が開発される可能性を開くものと考えられます。

論文情報

Hiromi Uramoto, Toshiaki Okada & Yasunobu Okada (2012) Protective role of cardiac CFTR activation upon early reperfusion against myocardial infarction.
国際誌 Cell Physiol Biochem 30: 1023-1038

お問い合わせ先

<研究に関すること>
岡田 泰伸 (オカダ ヤスノブ)
自然科学研究機構 生理学研究所 所長
TEL 0564-59-5881 FAX 0564-59-5883
email: okada@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722 FAX 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp

補足説明

 心臓の筋肉細胞(心筋細胞)にはCFTRと呼ばれるアニオンチャネルが発現しており、細胞外シグナル(アドレナリン、アデノシン、ATP)受容体刺激による細胞内蛋白キナーゼA/Cの活性化によって開口して、心筋細胞の電気活動や容積調節や虚血プレコンディショニングに関与することが知られている。
 今回、マウスの左冠状動脈を結紮・再開放(虚血・再灌流)してもたらされる心筋梗塞(心筋壊死)に伴い、①心室筋内のCFTR蛋白質の発現は減少せずに、むしろ増大すること、②心筋傷害はCFTR活性化をもたらす各種薬剤を再灌流開始10分以内に投与することによって救済されること、③逆に心筋傷害はCFTR阻害剤の投与によっては増悪すること、④CFTRノックアウトマウスでは心筋傷害は増悪し、CFTR活性化剤投与によって救済も改善もされないことを明らかにした。更には、単離培養心室筋細胞を用いた虚血・再灌流モデル実験においても、上記①、②、③は再現され、加えて⑤この傷害の原因はアポトーシス死ではなくネクローシス死によること、⑥その傷害はCFTR遺伝子の強制発現によって救済され、CFTR遺伝子ノックダウンによって増悪すること、等を明らかにした。これらの結果は心筋梗塞時のネクローシス性心筋細胞死は、再灌流時のCFTR活性化によって防御・救済されることを示している。
そのメカニズムとしては、CFTRは膨張した細胞の容積調節に関与しうるという野間らの報告(Wang et al. 1997 J Gen Physiol)を考え合わせると、おそらくCFTRアニオンチャネルの開口(によるクロライド流出)によって、心筋細胞がネクローシス死(細胞破裂死)をおこす前に膨張した細胞容積が調節されることによるものと考えられる。
 再灌流直後は、心筋梗塞患者に治療を施すことができ、しかも薬物が病巣に到達しうるタイミングでもあるので、本研究成果は心筋梗塞に対する新しい治療法が開発される可能性を開くものである。


 

「"褒められる"と"上手"になる」ことを科学的に証明

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内容

自然科学研究機構生理学研究所の定藤 規弘 教授・菅原 翔 大学院生(総合研究大学院大学)、名古屋工業大学の田中 悟志 テニュア・トラック准教授の研究グループは、東京大学先端科学技術研究センターの渡邊克巳准教授と共同で、運動トレーニングを行った際に他人から褒められると、“上手”に運動技能を取得できることを科学的に証明しました。これまでの本研究グループの研究成果から、他人に褒められると金銭報酬を得たときと同じように脳の線条体が活発に働くことが分かっていました。今回の研究成果は、その脳の働きの結果として、運動技能の習得が、より“上手”に促されることを示したものと言えます。米国科学誌プロスワン(電子版、11月7日号)に掲載されます。

実験では、48人の成人にトレーニングを行い、ある連続的な指の動かし方(30秒間のうちにキーボードのキーをある順番に出来るだけ早く叩く)を覚えてもらいました。そして、この指運動トレーニングをしてもらった直後に、被験者を3つのグループにわけ、“褒められ”実験をしました。ある人は“自分が評価者から褒められる”グループ、別の人は“他人が評価者から褒められるのを見る”グループ、さらに別の人は“自分の成績だけをグラフで見る”グループの3つのグループです。すると、自分が評価者から褒められたグループは、次の日に覚えたことを思いだして再度指を動かしてもらうときに、他のグループに比べて、より“上手”に指運動が出来ることがわかりました。運動トレーニングの直後に褒められることが、その後の運動技能の習得を促したことがわかります。

定藤教授は「“褒められる”ということは、脳にとっては金銭的報酬にも匹敵する社会的報酬であると言えます。運動トレーニングをした後、この社会的報酬を得ることによって、運動技能の取得をより“上手”に促すことを科学的に証明できました。“褒めて伸ばす”という標語に科学的妥当性を提示するもので、教育やリハビリテーションにおいて、より簡便で効果的な“褒め”の方略につながる可能性があります」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

 

今回の発見

1.運動トレーニングのあと褒められることで、運動技能の取得が、より“上手”に促されることがわかりました。

図1 運動トレーニングを行ったあとの“褒められ”実験の方法

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今回の研究では、キーボードをある順番で連続的にたたく指運動トレーニングを行い、その後、被験者を図のような3つのグループにわけて“褒められ”実験を行いました。そして、翌日に、覚えたことを披露してもらうテスト(キーボードをある順番に30秒間に何回たたけるか)を行いました。

図2 自分が褒められると、運動技能の成績が上がる

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指運動トレーニングで覚えたことを翌日のテストで披露してもらうとき(キーボードをある順番に30秒間に何回たたけるか)、運動トレーニング直後に“自分が褒められた”グループでは、より“上手”に運動技能が取得・記憶出来ていることがわかりました。

この研究の社会的意義

教育やリハビリテーションにおける“褒めて伸ばす”の科学的裏付け

今回の研究成果より、教育やリハビリテーションの現場で、運動トレーニングによる運動技能の習得をより“上手”に促すためには、“褒める”ことが効果的であることがわかりました。“褒められる”ということは、脳にとっては金銭的報酬にも匹敵する社会的報酬であると言えます。運動トレーニングをした後、この社会的報酬を得ることによって、運動技能の記憶・取得をより“上手”に促すものと考えられます。

論文情報

Social rewards enhance the offline improvement in motor skill
Sho K. Sugawara, Satoshi Tanaka, Shuntaro Okazaki, Katsumi Watanabe, Norihiro Sadato
米国科学誌プロスワン(電子版 11月7日号)

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学部門
教授 定藤 規弘(さだとう のりひろ)
TEL:0564-55-7842    FAX: 0564-55-7843
Email: sadato@nips.ac.jp

菅原 翔 大学院生
TEL:0564-55-7845    FAX: 0564-55-7843 
Email: sugashou@nips.ac.jp

国立大学法人 名古屋工業大学 若手研究イノベータ養成センター
テニュア・トラック准教授 田中 悟志
Tel:052-735-7150 Fax:052-735-7150 
Email:tanaka.satoshi@nitech.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

国立大学法人名古屋工業大学
企画広報課 犬飼 伸宏
TEL  052-735-5004 FAX  052-735-5009
e-mail inukai.nobuhiro@nitech.ac.jp
 





 

"報酬"の量を予測し"やる気"につなげる脳の仕組みを発見

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内容

私たちの行動や運動における“やる気”は、予測されうる報酬の量により、強く影響を受けます。しかし、これまでの研究では、脳のどの部位が報酬の量を予測して、行動・運動に結びつけるのか、よく分かっていませんでした。自然科学研究機構生理学研究所の橘 吉寿(タチバナ・ヨシヒサ)助教は、米国NIH(国立衛生研究所)の彦坂 興秀(ヒコサカ・オキヒデ)博士と共同で、サルを用いた研究によって、大脳基底核の一部である腹側淡蒼球と呼ばれる部位が、この過程に強く関わることを明らかにしました。米国神経科学誌NEURON(11月21日号電子版)に掲載されます。

研究グループは、情動と運動を結びつける神経回路を持つとされる脳の大脳基底核の一部である腹側淡蒼球に注目。サルに、特定の合図のあと、モニター画面上である方向に目を動かすように覚えさせ、うまくできたらジュースをもらえるようにトレーニングし、そのときの腹側淡蒼球の神経活動を記録しました。腹側淡蒼球における神経細胞の多くが、合図をうけてからジュースをもらえるまで、持続的に活動し続けることを見つけました。予測される報酬(ジュースの量)が大きければ大きいほど、目を動かすスピード(運動)は速く、腹側淡蒼球の神経活動も大きくなりました。この神経細胞こそ、得られる“報酬”を予測して、“やる気”をコントロールする脳の仕組みの一部であると考えられます。

橘助教は「腹側淡蒼球を薬物で一時的に働かなくすると、行動の機敏さが(“やる気”の差を生み出す)報酬量の違いによって影響を受けなくなりました。これらの結果から、腹側淡蒼球が、“報酬”を予測し、“やる気”を制御する脳部位の一つであることが分かりました。これによって、報酬に基づく学習プロセスの理解が進むことが期待されます」と話しています。

今回の発見

1.報酬(ジュース)を得るために目を動かすトレーニングを施したサルでは、情動と運動を結びつける神経回路を持つとされる脳の大脳基底核・腹側淡蒼球において、予測される報酬量に応じて、神経細胞の活動が変わることがわかりました。
2.予測される報酬(ジュースの量)が大きければ大きいほど、行動(目の動き)は速く、腹側淡蒼球の神経活動も大きくなりました。
3.腹側淡蒼球を薬物で一時的に働かなくすると、行動の機敏さは(“やる気”の差を生み出す)報酬量の違いによって影響を受けなくなりました。

図1 大脳基底核・腹側淡蒼球から神経細胞の活動を記録

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研究グループは、情動と運動を結びつける神経回路を持つ大脳基底核・腹側淡蒼球に注目し、その神経細胞から記録を取りました。

図2 大脳基底核・腹側淡蒼球で、報酬の量を予測して活動しつづける神経細胞を発見

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大脳基底核・腹側淡蒼球の神経細胞の多くは、報酬の量を予測して、実際に運動をおこすまで活動し続けることがわかりました。また、予測される報酬の量が大きいほど、神経細胞の活動は高まりました。

 

図3 予測される“報酬”の量が大きいほど、運動(目の動き)も速くなる

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予測される報酬の量が多ければ多いほど、実際に報酬を得るための運動(この場合は目の動き)が速くなることがわかりました。また、大脳基底核・腹側淡蒼球の働きを薬物によって一時的に抑えると、予測される報酬量の違いによる運動の機敏さの違いが見られなくなりました。

この研究の社会的意義

“報酬”の予測と“やる気”をつなげる脳の仕組み
今回の研究から、大脳基底核・腹側淡蒼球は、報酬の量を予測して“やる気”につなげる神経回路の一部であることがわかりました。教育やリハビリテーションの場において、“やる気”が学習意欲やその習熟度を高めるといわれていますが、本研究により、その脳内神経基盤の理解が進むものと期待されます。

論文情報

The primate ventral pallidum encodes expected reward value and regulates motor action.
Yoshihisa Tachibana and Okihide Hikosaka
米国神経科学誌NEURON (11月21日号電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
橘 吉寿(タチバナ ヨシヒサ) 助教
Tel: 0564-55-7772、 FAX:  0564-55-7773 
E-mail: banao@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL  0564-55-7722、FAX  0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp
 


生理学研究所 次期所長内定について

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次期 生理学研究所所長が内定いたしました。任期は、平成25年4月1日~平成29年3月31日(4年)です。

詳細は、PDFをごらんください。

脳の中のグリア細胞の働きで、運動学習が加速することを発見 ―神経細胞とは異なるグリア細胞の活動を光で自在に操る技術を確立―

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内容

我々の脳は、神経細胞の間を信号が行き交う過程を通して、高次機能を生み出しています。しかし、脳の容積の大半は、実は神経細胞ではなく、別の種類の細胞(グリア細胞)で満たされています。過去1世紀にもわたって、このグリア細胞というものは脳の高次機能に関わるとは想定されておらず、ただ、神経細胞を囲い、栄養補給などのサポートをするに過ぎない存在だと考えられてきました。その一方で、脳疾患の中には、神経細胞の異常だけでは説明できないものも見つかってきています(以前のプレスリリースを参照 #1)。今回、自然科学研究機構生理学研究所の松井 広(マツイ・コウ)助教らの研究グループは、光によってグリア細胞のみの働きを活性化させること(光操作)に成功。小脳のグリア細胞を光で刺激すると、運動学習が進むことが分かりました。この研究を通して、グリア細胞は神経細胞と密接に連絡を取り合っており、グリア細胞の働きで脳の機能が左右されることが示されました。米国科学アカデミー紀要(PNAS、11月26日の週に発行)に掲載されます。

今回、研究グループは、遺伝子改変技術を使い(以前のプレスリリースを参照 #2)、脳のグリア細胞の働きを、光で自在に操ることができるマウスを作り出しました。電気で細胞を刺激するといった従来の手法では、神経細胞の働きとグリア細胞の働きを区別できていませんでした。今回の方法では、生きたままのマウスの脳の中に、光を照らすだけで、グリア細胞だけを選り分けて刺激することが可能になりました。このマウスを使って、脳の中の小脳という場所にあるグリア細胞を光によって刺激したところ、刺激に応じて、そのグリア細胞からグルタミン酸が放出されることが分かりました。グルタミン酸は、神経細胞同士の連絡にも使われる伝達物質ですが、神経細胞の場合は、神経と神経とをつなげているシナプスというごく狭い場所でグルタミン酸の放出が起こります。それに対し、グリア細胞からの放出の場合は、付近一帯にグルタミン酸が広がることで、その辺りの神経回路の状態を変化させると考えられました。実際、今回の実験では、グリア細胞から放出されたグルタミン酸が、近くの神経細胞に届くと、シナプスが変化して、以後、このシナプスでの信号の伝わり方が変化することが分かりました。

さらに、研究グループは、グリア細胞を刺激したときの運動学習への影響を調べました。眼の前で動くものを眼で追うといった精密な眼球運動は、最初はうまくできないのですが、長い間の訓練によってだんだんうまくできるようになります。こういった運動学習は、小脳の働きによるものであることは知られています。今回、小脳のグリア細胞の活動を光操作したところ、こういった運動学習がより速く進み、マウスは眼の前で動くものをより良く追うことができるようになりました。

松井助教は、「今回の我々の研究を通して、グリア細胞の活動が脳神経の活動に影響を与えることが明らかになりました。脳の大半の容積を占めながら、脳内情報処理において役割があるとは全く想定されていなかったグリア細胞に今後さらに注目が集まることは必至でしょう。今回の研究手法を用いて、脳の機能や心の働きにおけるグリア細胞の役割がさらに解明できれば、グリア細胞の活動を制御することで様々な脳や心の病に対処しようという医薬品の開発も視野に入る可能性があります」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

参照(以前のプレスリリース)
#1 統合失調症の認知障害の原因に新説: 脳の電気信号の伝わり方が遅いことで症状発現(2009年7月)
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2009/07/post-10.html

#2 生きたままマウスの体の中の特定の細胞を狙い、その活動を"光"で操作(光操作)することができる遺伝子改変マウスを開発(2012年7月)
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2012/07/post-219.html

今回の発見

1.遺伝子改変技術を使い、脳のグリア細胞の働きを、光で自在に操ることができるマウスを作り出しました。
2.グリア細胞から放出されたグルタミン酸が、近くの神経細胞に届くと、シナプスが変化して、以後、このシナプスでの信号の伝わり方が変化することがわかりました。
3.小脳のグリア細胞の活動を光操作したところ、眼の運動学習がより速く進み、マウスは眼の前で動くものをより良く追うことができるようになりました。

図1 小脳のグリア細胞を光で操作することに成功

 

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光を感じて興奮するチャネロドプシンを、グリア細胞だけに発現する遺伝子改変マウスを作成。光ファイバーを用いて、小脳に青色の光を照らし、グリア細胞を活性化させることに成功しました。活性化したグリア細胞からはグルタミン酸が放出され、近くの神経細胞の活動が高まりました。上図は、神経細胞が活動したときのマーカー(青)で小脳組織を染めたものであり、光を照らした辺りで神経活動が上がっていたことを示しています。

図2 グリア細胞の働きで、近くの神経細胞のつながり(シナプス)が変化し、運動学習が進むことを発見

 

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グリア細胞を光刺激すると、グリア細胞から伝達物質であるグルタミン酸が放出されることがわかりました(左図)。これによって、グリア細胞が囲んでいる神経のつながり(シナプス)が変化し、右図のように、神経から神経への信号の伝わりが弱められることが分かりました。さらに、研究グループはそのときの運動学習を調べました。目の前で動くものを目で追うという精密な運動学習は、小脳の働きによるものであり、小脳のシナプスでの信号の伝わりが弱くなることで、より良く追うことができるようになると考えられています。左右に振れるスクリーンを追跡する眼球運動の振幅を測ったところ、グリア細胞をたった一度刺激するだけで、追跡の振幅が(下図の青色波形から緑色波形へと)大きくなり、運動学習が素早く進むことが示されました。

この研究の社会的意義

1.今回の研究で、グリア細胞を光刺激することで、学習が加速することがわかりました。グリア細胞の活動を何らかの方法で操作することで、効率的に学習を進める方法や、効果的に脳機能を向上させる手法が開発されることが期待できます。
2.たとえば、心のもっとも重要な機能のひとつとして意識が挙げられますが、この意識は、麻酔薬によって一時的に失われることが知られています。しかし、その作用機構は実は良く分かっていません。近年、麻酔薬を投与することによって、グリア細胞の活動が強く抑制されることが示されました。我々の研究では、グリア細胞の活動は神経の活動へと伝わることを示しています。これをあわせて考えると、グリア細胞の活動こそが心の状態を作り出す根源になっている可能性があります。これも、これまでの脳科学の考え方に転換を迫るパラダイム・シフトと言えます。
3.心に占めるグリア細胞の役割が解明できれば、グリア細胞の活動を制御することで、様々な心の病に対処しようという動きも生じ、グリア細胞をターゲットにした医薬品の開発も視野に入る可能性があります。

論文情報

Application of an optogenetic byway for perturbing neuronal activity via glial photostimulation
Takuya Sasaki, Kaoru Beppu, Kenji F. Tanaka, Yugo Fukazawa, Ryuichi Shigemoto, and Ko Matsui
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America) 11月26日の週に電子版掲載

お問い合わせ先

<研究に関すること>
松井 広 (マツイ コウ)
自然科学研究機構 生理学研究所 脳形態解析研究部門 助教
TEL 0564-59-5279、FAX 0564-59-5275
E-mail: matsui@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp


 

 



 

2月の「せいりけん市民講座」ご案内「ヒトはなぜ眠るのか、どうして眠れないのか ―脳・神経の働きから病気まで―」

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内容

○タイトル
 「ヒトはなぜ眠るのか、どうして眠れないのか ―脳・神経の働きから病気まで―」
○主催・後援など
 自然科学研究機構 生理学研究所
 文部科学省新学術領域 包括型脳科学研究推進支援ネットワーク
名古屋市医師会後援
○場所 名古屋栄ガスホール
○日時 2月24日(日曜日) 13:00~16:35

詳細は、以下のホームページからチラシをご覧ください。
「ヒトはなぜ眠るのか、どうして眠れないのか ―脳・神経の働きから病気まで―」
http://www.nips.ac.jp/nipsquare/lecture/entry/2013/02/post-17.html
 

○講演トピックス紹介(小泉 周 生理学研究所・准教授):
「光で脳をウェイクアップ!―― 目の中の光を感じるタンパク質・メラノプシンを 用いた脳のオレキシン神経細胞への遺伝子導入で成功」
○講演トピックス概要:
目の中には光を感じる様々なタンパク質があり、明暗や色などをとらえています。その中でも、メラノプシンというタンパク質は、目の網膜の神経節細胞にある特殊なたんぱく質で、光の明暗を感じて、脳のリズム(サーカディアン・リズム)を生み出すもととなっています。自然科学研究機構生理学研究所の小泉周らの研究チームは、脳の中で睡眠―覚醒をつかさどるオレキシン神経細胞と呼ばれる神経細胞に、このメラノプシンを遺伝子導入し、青色光の照射で脳を直接覚醒させることに成功しました。本研究成果は、2013年発刊予定の日本神経科学会の学術誌(Neuroscience Research)特別号に掲載されます(電子版は公開済2012年7月)。また、2013年2月24日の市民講座「ヒトはなぜ眠るのか、どうして眠れないのか」で市民の皆さまにご紹介いたします。
 
 

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7722 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp

ドイツ・チュービンゲン大学との学術研究協力に関する覚書締結

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内容

自然科学研究機構生理学研究所とドイツ国チュービンゲン大学・ウェルナーライハルト統合神経科学センターは、2012年11月30日に、学術研究協力に関する覚書を締結いたしました。
この覚書は、脳神経系の作動原理とその物質的基盤に関する研究交流の促進を目的とするもので、記憶や認知といった高次脳機能の作動原理をさぐる“システム神経科学”とよばれる脳神経科学分野の研究に関する共同研究の促進と、大学院生・若手研究者の受入れ交流に関するものです。
両研究所の第一回合同シンポジウムは既に本年2月25日(土)にチュービンゲン大学側から10名の参加者を招いて岡崎で行われていました。それに引き続き、今回第2回の合同シンポジウムをチュービンゲンで調印式前日の11月29日に開催しました。生理研側からは岡田所長以下12名が参加しました。今後とも若手の交流を促進し、共同でのグラント獲得も目指すなど、両研究所の緊密な協力関係を発展させていくことについての話し合いを行いました。

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調印式写真
右よりBernd Englerチュービンゲン大学学長、岡田泰伸生理学研究所所長、Peter Theirウェルナー・ライハルト統合神経科学センター長、伊佐正生理学研究所研究総主幹

井本敬二 生理学研究所 次期所長 紹介

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内容

大学共同利用機関法人自然科学研究機構が設置する生理学研究所(愛知県岡崎市)の岡田泰伸 現所長が平成25年3月31日をもって任期満了となることに伴い、次期所長を下記のとおり内定しました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

井 本 敬 二 (いもと けいじ) 現・副所長
(任期:平成25年4月1日~平成29年3月31日(4年))

京都大学医学部出身。医師・医学博士。京都大学医学部助教授を経て、平成7年より生理学研究所・教授。平成23年より、生理学研究所・副所長。専門は、神経生理学。

 

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