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パーキンソン病に対する脳深部刺激療法(DBS療法)の 作用メカニズムを解明 ―神経の「情報伝達を遮断」することで治療効果が生まれるという新しい説の提唱―

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内容

 パーキンソン病やジストニアといった運動障害の外科的治療の一つとして、脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation、DBS療法)があります(図1)。この方法は、脳の大脳基底核の淡蒼球内節と呼ばれる部分に慢性的に刺激電極を埋め込み、高頻度連続電気刺激を与えるというもので、これによって、運動障害の症状を改善することができます。しかし、これまで、この方法が、どのように症状を改善させるのか、その作用メカニズムは明確にはわかっていませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の知見聡美助教と南部篤教授の研究チームは、正常な霊長類の淡蒼球内節に電気刺激を与えたときのその部位の神経活動を記録しました。その結果、DBS療法による電気刺激は、淡蒼球内節の神経活動をむしろ抑え、神経の「情報伝達を遮断」することにより効果が生まれることを明らかにしました。本研究成果は、米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience)のオンライン版で公開されました(1月16日号)。なお、本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、また文部科学省科学研究費補助金などの助成を受けて行われました。

 研究チームは、正常な霊長類(サル)の淡蒼球内節に電気刺激を与え、同時に、その付近の神経活動を記録しました(図2)。淡蒼球内節にDBS療法のような100 Hz の高頻度連続電気刺激を与えた場合には、神経活動が高まるのではなく、むしろ淡蒼球内節の自発的な神経活動が完全に抑えられました(図3)。次に、記録する電極付近の淡蒼球内節に、抑制性の神経伝達物質であるGABAの作用を抑える薬を微量投与したところ、「DBS法による神経活動の抑制」が見られなくなりました。このことから、GABAの作用によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられていたことがわかります。通常は、運動情報の発信源である大脳皮質を電気刺激すると、淡蒼球内節で反応が見られるのですが、DBS療法によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられると、このような反応も見られなくなりました(図4)。これは、DBS療法によって淡蒼球内節を経由する「情報伝達の遮断」が起きるからであると考えられました(図5)。

 これまでDBS療法の治療メカニズムとして、局所の神経細胞を刺激しているのか、抑制しているのかで、論争されてきました。今回の実験結果から、DBS療法は、淡蒼球内節の神経活動そのものを刺激するのではなく、淡蒼球内節に来ている他の神経細胞からのGABAの放出を促して、淡蒼球内節の神経活動をむしろ抑制することで、淡蒼球内節を経由する「情報伝達の遮断」が起きることによって効果が生まれていることを明らかにしました(図6)。

 南部教授は、「これまでの論争に決着をつけただけでなく、DBS療法は淡蒼球内節を経由する情報伝達を “遮断”することで治療効果を示すという新しいメカニズムを提唱することができました。そうであれば、例えば淡蒼球内節の神経活動を抑制するのに必要最小限の電気刺激を与えたりするなど、より効果的な刺激方法の開発につなげることが出来ると考えられます」と話しています。

今回の発見

1.パーキンソン病やジストニアといった運動障害の治療法である脳深部刺激療法(DBS、図1)の作用メカニズムを明らかにするため、正常な霊長類(サル)の淡蒼球内節に電気刺激を与え、同時に、その付近の神経活動を記録しました(図2)。
2.100 Hz の高頻度連続電気刺激を与えた場合には、神経活動が高まるのではなく、むしろ電気刺激付近の淡蒼球内節の自発的な神経活動が完全に“遮断”されました(図3)
3.淡蒼球内節に、抑制性の神経伝達物質であるGABAの作用を抑える薬を微量投与したところ、「DBS法による神経活動の遮断」が見られなくなりました。このことから、DBS法による高頻度電気刺激は、淡蒼球内節へ情報を送るGABA作動性神経の軸索末端(線条体あるいは淡蒼球外節からの神経と考えられる)を刺激することによって、GABAの放出を促し、淡蒼球内節の神経活動を遮断することで効果を表すと考えられました。
4.通常は、運動情報の発信源である大脳皮質を電気刺激すると、淡蒼球内節で反応が見られるのですが、DBS療法によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられると、このような反応も見られなくなりました。

図1 パーキンソン病ってどんな病気?どんな治療が行われているの?

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脳の大脳基底核のうち黒質と呼ばれる部分にあるドーパミンを作る神経細胞が減ることにより、筋肉がこわばり手足が動かしづらくなったり、手足が震えてしまうなどの症状をきたす神経難病です。人口1000人あたり約1人の患者さんがいると考えられています。現在のところ、ドーパミン神経細胞が減る原因はわかっていません。
 減ったドーパミンを薬によって補充するのが治療法としては第一で、ドーパミン受容体刺激薬やLド―パといった薬が処方されます。しかし病気が進行して薬によるコントロールがうまく行かなくなった場合、手術によって脳深部の大脳基底核に刺激電極を埋め、心臓のペースメーカーに似た装置で電気刺激を加える脳深部刺激療法(DBS)が行われます。
 また、逆に手足、首などの筋肉が持続的に収縮して、ねじれるような運動を示す神経難病にジストニアがあります。原因も不明のことが多く、なぜこのような症状を示すのかのメカニズムも良くわかっていません。治療法としては、飲み薬があまり効かず、筋肉にボツリヌス毒素を注射して緊張を取ったり、あるいは全身性の場合はDBSが用いられます。
(せいりけんニュース 第25号より引用改変)

図2 今回の研究の方法を示した模式図

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正常な霊長類(サル)の淡蒼球内節(GPi)に電気刺激を与え、同時にその付近の神経活動を記録しました。記録電極には薬物を局所投与するためのガラス管を貼りつけ、刺激に対する薬物(具体的には、抑制性神経伝達物質であるGABAの作用を抑える薬)の効果についても調べました。

図3 淡蒼球内節をDBS療法と同様に高頻度電気刺激するとその神経活動が抑えられました

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淡蒼球内節をDBS療法と同じように高頻度電気刺激したところ、その神経活動が完全に抑えられました。
矢印の時点で刺激しています。1は神経活動記録の生波形、2はそこから興奮のみを取り出して表示したものです。小さな点の一つ一つが神経細胞の興奮を示しています。興奮の数を加算したヒストグラムを下に示しています。

図4 高頻度電気刺激中にたとえ大脳皮質を刺激しても淡蒼球内節は反応しなくなりました

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通常は、運動情報の発信源である大脳皮質を電気刺激すると、淡蒼球内節(GPi)で反応が見られるのですが(図左上)、DBS療法によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられると、このような反応も見られなくなりました(図左下)。この実験で、刺激した部位、記録した部位を大脳基底核の神経回路の中に示しています(右図)。

図5 今回明らかになったDBS療法の作用メカニズムを示した模式図

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実は、淡蒼球内節は、大脳基底核の他のメンバーである線条体と淡蒼球外節から抑制性の入力を、視床下核からは興奮性の入力を受けていることがわかっています。DBS療法により淡蒼球内節の神経細胞が抑制されることから、淡蒼球内節へ抑制性の情報を送るGABA作動性神経の軸索末端(線条体あるいは淡蒼球外節からの神経と考えられる)が、主に刺激され、GABAの放出を促し、淡蒼球内節の神経活動を遮断することによって効果を表すと考えられます。

この研究の社会的意義

DBS療法の作用メカニズムが「淡蒼球内節を介した情報伝達の遮断」とする新たな説を提唱
これまで脳深部刺激療法(DBS)の作用メカニズムとしては、(a)局所の神経活動を抑制する、(b)局所の神経活動を興奮させる、(c)神経活動の発火パターンを正常化させる、などの説が提唱されてきました。しかしながら、今回の研究では、「淡蒼球内節を介した情報伝達の遮断」がDBS療法の作用の鍵である、という新しいメカニズムを提案しています。
そうであれば、例えば淡蒼球内節の神経活動を抑制するのに必要最小限の電気刺激を与えたりするなど、より効果的な刺激方法の開発につなげることが出来ると考えられます。今後、さらに、この治療戦略にそった薬物治療など、新しい治療法の開発につながるものと期待されます。

図6 DBS療法の作用メカニズム(模式図)

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DBS療法は、GABAの放出を促し、淡蒼球内節の神経活動を抑えることで、異常電気信号の“情報の流れ”を遮断するという新しい説を提唱。これによって、パーキンソン病やジストニアの症状が改善します。(画:理系漫画家はやのん)

論文情報

High-frequency pallidal stimulation disrupts information flow through the pallidum by GABAergic inhibition
Satomi Chiken, Atsushi Nambu
米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience)
オンライン速報版 1月16日号

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
助教 知見 聡美(ちけん さとみ)
教授 南部 篤(なんぶ あつし)
Tel:0564-55-7771 FAX:0564-55-7773 
E-mail: nambu@nips.ac.jp(南部教授)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

文部科学省脳科学研究戦略プログラム事務局
大塩 立華(おおしお りつ)
Tel: 0564-55-7803  Fax:0564-55-7805
Email:srpbs@nips.ac.jp


新世界ザルの目の中にモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞を発見 ―霊長類網膜短期培養保存法の確立および遺伝子導入で-

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内容

 自然科学研究機構生理学研究所の小泉 周(コイズミ・アマネ)准教授ならびに森藤 暁(モリトウ・サトル)博士(現・東北大学医学部)と小松 勇介(コマツ・ユウスケ)特任助教(基礎生物学研究所・モデル生物研究センター・マーモセット研究施設・研究員)の共同研究グループは、新世界ザル(マーモセット)と呼ばれるサルの目の中の神経組織である網膜には、様々な形の視神経細胞(網膜神経節細胞)があり、中でも、形態学的にモーション・ディテクターの特徴を全てもつ視神経細胞を見つけだしました。こうしたモーション・ディテクターと考えられる細胞が、霊長類網膜で発見されたのははじめて。米国科学誌プロス・ワン(PLoS One、1月15日電子版)に掲載されます。

研究グループは、世界に先駆けて、新世界ザルの網膜を、まるごと取り出し、短期培養保存する方法の確立に成功。保存した網膜への緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子導入によって、古くから知られている視神経細胞以外にも、多様な形態学的特徴をもった視神経細胞が種々あることを発見しました。中でも、ウサギやネズミといった下等な哺乳類網膜で発見されているものと同様の形態学的な特徴を全てもったモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞(方向選択性網膜神経節細胞)を見つけだしました。

小泉准教授は、「これまで人を含む霊長類網膜はデジカメのように比較的単純なものではないかと考えられていたため、モーション・ディテクターのような特殊な機能や特徴をもつ視神経細胞は見つかっていませんでした。今回、霊長類の一種である新世界ザル網膜の周辺部位でこの細胞が見つかったことから、霊長類でも周辺視野で主として働いているのではないかと考えられます。今後、この細胞が、動きや方向をどの程度検知できるか、機能的に確認することが必要です」と話しています。

なお、新世界ザル(マーモセット)網膜の提供は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの支援を受けました。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

 

今回の発見

1.新世界ザル(マーモセット)の網膜の短期培養保存法を確立し、緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子導入に成功しました。
2.1によって、古くから知られている視神経細胞以外にも、多様な形態学的特徴をもった視神経細胞が種々あることを発見しました。
3.特に、ウサギやネズミといった下等な哺乳類網膜で発見されているものと同様の形態学的な特徴を全てもったモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞(方向選択性網膜神経節細胞)を見つけだしました。

図1 新世界ザル(マーモセット)網膜の短期培養保存法の確立

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霊長類の一種である新世界ザル(マーモセット)の網膜をまるごと取り出し、短期培養保存する方法を確立しました。写真のような培養装置に、取りだした網膜をおき(写真中央 矢印)、2-3日間CO2インキュベーターの中で培養することができました。また、この網膜に対して、遺伝子銃を用いて、緑色蛍光タンパク質(GFP)を遺伝子導入することにも成功しました。

図2 モーション・ディテクターの形態学的な特徴を全てもつ視神経細胞の発見

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GFPによって緑色に染まった視神経細胞(網膜神経節細胞)の中から、ウサギやネズミといった下等な哺乳類網膜で発見されているものと同様の形態学的な特徴を全てもったモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞(方向選択性網膜神経節細胞)を見つけだしました。上図のように細胞の突起(樹状突起)が二層に重なり(断面模式図)、ハチの巣状に四方に広がっているのが形態学的特徴の一つです。Sが今回発見した細胞の細胞体。細胞体を中心に四方に樹状突起が広がっています。*は、GFPで染まった他の細胞。

この研究の社会的意義

霊長類網膜の短期培養保存法の確立
人を含む霊長類の網膜は、多くの細胞が密接に絡み合い様々な視覚情報処理を行っている複雑な神経組織です。これまでに小泉らの研究グループは、ウサギやネズミといった下等な哺乳類の網膜をまるごと取り出し培養する方法を確立していました。今回、これまでの方法を応用することで、霊長類網膜の短期培養保存法の確立に成功しました。取り出した網膜は、2-3日後でも、光にちゃんと応答することも確認しました。これまで網膜移植が実現できていない理由の一つは、網膜を取りだした後に、短期保存する方法がなかったためです。今回確立した方法は、その一つの解決策になるものと期待できます。

論文情報

Diversity of Retinal Ganglion Cells Identified by Transient GFP Transfection in Organotypic Tissue Culture of Adult Marmoset Monkey Retina
Satoru Moritoh, Yusuke Komatsu, Tetsuo Yamamori, Amane Koizumi
米国科学誌プロス・ワン(PLoS One、1月15日電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
(同上)

自然科学研究機構 基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628 FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp


 

抗酸化物質グルタチオンが細胞から放出される「通り道」を発見

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 内容

  グルタチオンは、アミノ酸3つからなる抗酸化物質で、体の中で活性酸素から細胞を守る働きをしている物質です。グルタチオンは、細胞内で絶えず作られ、細胞外に放出されています。今回、自然科学研究機構生理学研究所の岡田泰伸所長らの研究グループは、ウズベキスタン科学アカデミー生物有機化学研究所とウズベキスタン国立大学のR.Z. サビロブ教授との国際共同研究によって、ラット胸腺の免疫細胞である胸腺リンパ球からのグルタチオン放出は、VSORチャネル(ブイサーチャネル:容積感受性外向整流性アニオンチャネル)を主たる「通り道」にして放出されることをつきとめました。活性酸素から細胞を守り、細胞の傷害防止、老化防止、ガン化抑止につながる研究成果です。米国科学誌プロスワン(PLoS ONE、2013年1月30日電子版)に掲載されます。

研究グループは、ラット胸腺の免疫細胞である胸腺リンパ球からグルタチオンが放出されるメカニズムに注目。細胞周囲の溶液を薄めて細胞を刺激(低浸透圧刺激)したところ、細胞が膨張し、グルタチオン放出が著しく増えることをつきとめました。ふだんは、1秒あたり8000分子(1細胞から)を放出するのですが、およそ2倍近くに細胞膨張したときには放出量は61000分子にも上昇することが判明しました。この際、グルタチオンの細胞内から外へと放出される主たる「通り道」となるのは、VSORチャネル(容積感受性外向整流性アニオンチャネル)であることを、生物物理学的・薬理学的・電気生理学的研究によって、世界で初めて明らかにしました。

グルタチオンは、自らのチオール基(SH基)を用いて、活性酸素種や過酸化物を還元して消去するという抗酸化作用を示したり、様々な毒物や薬物のシステイン残基のチオール基にS-S結合(グルタチオン抱合)することによって解毒作用を示し、これによって、細胞の傷害死やがん化や老化を防御する役割を果たしています。岡田泰伸所長は、「VSORチャネルの開閉を薬によってコントロールすることによって、細胞内でのみ生成されるグルタチオンの細胞外放出を制御し、細胞の傷害防止、老化防止、ガン化抑止をする道が、今後の研究によってひらかれる可能性があります」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

1.ラット胸腺の免疫細胞である胸腺リンパ球周囲の溶液を薄めて細胞を刺激したところ(低浸透圧刺激)、細胞が膨張し、グルタチオン放出が著しく増えることをつきとめました。
2.この際、グルタチオンの細胞内から外へと放出される主たる「通り道」となるのは、VSORチャネル(容積感受性外向整流性アニオンチャネル)であることを、生物物理学的・薬理学的・電気生理学的研究によって、世界で初めて明らかにしました。

図1 低浸透圧刺激によって、グルタチオン放出が亢進

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ラット胸腺の免疫細胞である胸腺リンパ球の細胞周囲の溶液を薄めて刺激したところ(低浸透圧刺激)、細胞が膨張し、グルタチオン放出が著しく増えました。ふだんは、1秒あたり8000分子(1細胞から)を放出するのですが、およそ2倍近くに細胞膨張したときには放出量は61000分子にも上昇することが判明しました。

図2 グルタチオン放出は、VSORチャネルを閉じると著しく減少

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低浸透圧刺激をうけたときのグルタチオン放出は、VSORチャネルを閉じる薬剤(フロレチンやDCPIB)を投与すると、半減しました。このことから、グルタチオンの放出の主たる「通り道」がVSORチャネルであると考えられます。その他、グルタチオンを細胞内外で輸送する輸送体となるタンパク質の働きを止める薬剤(PAH)の投与ではあまり影響がありませんでした。

また、VSORチャネルを実際に、グルタチオンが一価アニオン(陰イオン)として通って電流を発生することを証明しました。

図3 VSORチャネルは、グルタチオンの主たる「通り道」

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これまでは、主として細胞膜上の輸送体と呼ばれるタンパク質が、細胞内外でグルタチオンを輸送していると考えられていました。今回、研究グループは、低浸透圧刺激をうけたときには、VSORチャネルがグルタチオンを放出させる主たる「通り道」となることを明らかにしました。

この研究の社会的意義

VSORチャネルを介したグルタチオンの放出で抗酸化作用を高める効果
グルタチオンは、自らのチオール基(SH基)を用いて、活性酸素種や過酸化物を還元して消去するという抗酸化作用を示したり、様々な毒物や薬物のシステイン残基のチオール基にS-S結合(グルタチオン抱合)することによって解毒作用を示し、これによって細胞の傷害死やがん化や老化を防御する役割を果たしています。VSORチャネルを制御することによって、細胞内でのみ生成されるグルタチオンの細胞外放出をコントロールすることができれば、細胞の傷害防止、老化防止、ガン化抑止へつながる道が、今後の研究によってひらかれる可能性があります。
また、脳では神経細胞よりもアストロサイトと呼ばれるグリア細胞の方がより多くのグルタチオンを含有しており、脳虚血や脳浮腫や脳過興奮毒性(グルタミン酸毒性)時においては、アストロサイトが細胞膨張を示し、グルタチオンを放出して、神経細胞に保護的に働く可能性があります。これも、VSORチャネルを制御することによって、これらの脳の病態時における神経細胞死を防御・救済する道が、今後の研究によってひらかれる可能性があります。

論文情報

Volume-Sensitive Anion Channels Mediate Osmosensitive Glutathione Release From Rat Thymocytes
Ravshan Z. Sabirov, Ranokon S. Kurbannazarova, Nazira R. Melanova, Yasunobu Okada
米国科学誌プロスワン(PLoS One、2013年1月30日電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
岡田 泰伸 (オカダ ヤスノブ)
自然科学研究機構 生理学研究所 所長
TEL 0564-59-5881 FAX 0564-59-5883 
email: okada@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722 FAX 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp
 

統合失調症に似た特徴を持つ遺伝子改変マウスを確立 -モデルマウスを使って患者の新しい予防・診断・治療法へ道-

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ポイント
▼統合失調症は総人口の約1%で発症し、遺伝要因と環境要因の両方が発症に関与。
▼ ヒトの統合失調症に似たモデルマウスを作成。炎症を抑えることで症状の一部が改善。
▼統合失調症の新しい予防・診断・治療法の開発と創薬に期待。

 JST 課題達成型基礎研究の一環として、藤田保健衛生大学 総合医科学研究所の宮川 剛 教授、自然科学研究機構 生理学研究所の高雄 啓三 特任准教授らは、遺伝子操作により脳内で軽度の慢性炎症を起こさせたマウスは、脳の一部が未成熟な状態になっており、その結果、作業記憶注1)の低下や巣作り行動の障害が引き起こされていることを明らかにしました。
 本研究グループは、行動異常を網羅的に調べる「網羅的行動テストバッテリー注2)」を用い、約10年にわたり精神疾患のモデルマウスの探索を行っています。これまでに160系統以上を解析した結果、Schnurri-2注3)遺伝子欠損(Shn-2 KO)マウスが作業記憶と呼ばれるタイプの記憶や、社会的行動の異常など、統合失調症注4)患者で見られる症状(主として認知障害や陰性症状)とそっくりな行動異常を示していることを突き止めました。このマウスの脳を解析したところ、遺伝子発現パターンが統合失調症患者の死後脳と酷似していたほか、パルバルブミン注5)陽性細胞数の減少や脳波の異常など統合失調症患者の脳で報告されている特徴の多くを持っていました。さらに、Shn-2 KOマウスの脳で慢性的で軽度な炎症が起こっていること、脳の一部(海馬歯状回)が未成熟な状態にあることを発見しました。炎症を抑えることにより、このマウスの海馬歯状回の成熟状態が改善し、さらに行動異常のうち作業記憶の障害と巣作り行動の障害が改善されることが明らかになりました。
 このマウスの脳は統合失調症患者の脳と特徴が極めてよく似ており、このマウスをモデルとして活用することで、統合失調症の病因・病態の理解が飛躍的に進むと考えられます。今後、抗炎症作用を持つ物質と既存の抗精神病薬とを組み合わせた投与の効果をこの統合失調症モデルマウスで検討し、効果が見られた方法で実際の患者の症状が改善するかどうかを調べることにより、統合失調症の新たな治療法の開発が進むと期待されます。
 本研究成果は、日本医科大学、理化学研究所など12機関の共同研究により得られ、2013年2月6日(米国東部時間)に米国神経精神薬理学会誌「Neuropsychopharmacology」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
(研究総括:樋口 輝彦 (独)国立精神・神経センター 総長)
研究課題名:「マウスを活用した精神疾患の中間表現型の解明」
研究代表者:宮川 剛(藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 教授)
研究期間:平成19年10月~平成25年3月
JSTはこの領域で、少子化・高齢化・ストレス社会を迎えた日本において社会的要請の強い認知・情動などをはじめとする高次脳機能の障害による精神・神経疾患に対して、脳科学の基礎的な知見を活用し、予防・診断・治療法などで新技術の創出を目標にしています。上記研究課題では、精神疾患モデルマウスの脳について各種先端技術を活用した網羅的・多角的な解析を行い、生理学的、生化学的、形態学的特徴の抽出を進め、さらに、これらのデータを人間の解析に応用することによって、精神疾患における本質的な脳内中間表現型の解明を目指します。

研究の背景と経緯

 統合失調症は、あらゆる人種や地域において、総人口の約1%で発症し、十分な予防・治療法が確立されていない深刻な精神疾患です。統合失調症の原因遺伝子探索のため、大規模なゲノムワイド関連解析注6)が近年行われ、統合失調症は単独の遺伝子変異で引き起こされることはごくまれであり、多くの場合は複数の小さい効果を持つ遺伝子多型による遺伝的要因とさまざまな環境要因の組み合わせによって発症すると考えられるようになりました。複数の信頼性の高い大規模解析により、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)という免疫にかかわる遺伝子情報が多く含まれる領域で統合失調症に関連する遺伝子多型が多数同定されており、MHC領域と統合失調症との関係が注目されています。

 遺伝子改変マウスは、現在の医学生物学研究で欠かせない実験動物になっており、精神疾患研究においても例外ではありません。藤田保健衛生大学 総合医科学研究所の宮川 剛 教授と自然科学研究機構 生理学研究所の高雄 啓三 特任准教授らの研究グループは、これまでに、多くの遺伝子改変マウスの系統について、「網羅的行動テストバッテリー」を用いて行動を調べることで、個体レベルでの遺伝子の異常がどのように行動の異常に結びつくかを調べてきました。2003年に本研究グループが発足して以来、多数の国内外の研究室との共同研究で160以上の異なる系統のマウスに対して一通りの網羅的行動テストバッテリーを行っています。Schnurri-2欠損(Shn-2 KO)マウスは、これらの中でひときわ顕著な行動異常を示す系統として同定されたものです。Shn-2は先述した統合失調症に関連するという報告のあるMHC領域に結合する分子として当初発見されたもので、MHC領域にある遺伝子の発現制御にかかわっていると考えられています。

研究の内容

 今回作成したShn-2 KOマウスは、作業記憶の低下や社会的行動の異常などの、統合失調症と非常によく似た行動異常のパターンを示しました。このマウスの脳を、分子生物学的、神経解剖学的、神経生理学的な手法を用いて解析した結果、Shn-2 KO マウスの脳は統合失調症患者の脳で報告されている特徴を極めて高い類似度で備えていることが発見されました。さらに、このマウスの脳では軽度な慢性炎症が起こっていることが分かりました。気分の調節や学習・記憶に重要であることが知られる海馬歯状回の神経細胞を調べたところ、発達期に一度は成熟しかけていた神経細胞が、マウスが成育するに従って再び未成熟な細胞の特徴を持つようになり(脱成熟)、歯状回全体がいわば未成熟な状態(未成熟歯状回注7))でした。また、抗炎症作用のある薬物を投与することによって海馬歯状回の神経細胞の成熟状態が改善し、それと同時に作業記憶障害や巣作り行動の障害など行動異常の一部が改善されることも明らかになりました。

以下、研究の詳細を解説します。

1.Shn-2 KOマウスでは野生型マウスに比べて作業記憶が顕著に悪くなっており、そのほかにプレパルス抑制注8)の障害、社会的行動の低下、巣作り行動の障害、快楽消失など統合失調症に関連する多くの行動異常を示すことが、網羅的行動テストバッテリーによる解析で明らかになりました(図1)。このうちプレパルス抑制の障害は、統合失調症の治療薬として使われているハロペリドールを投与することによって改善されています。これらの結果により、このマウスで見られた一連の行動異常は統合失調症患者で見られる認知障害や陰性症状などに相当するものと考えられます。すなわち、行動レベルで統合失調症患者にそっくりなマウスを同定することができました。

2.このShn-2 KOマウスの前頭皮質の遺伝子発現変化をジーンチップ注9)で調べ、遺伝子の発現パターンをバイオインフォマティクス的手法で解析したところ、Shn-2 KOマウスの脳で発現量が変化している遺伝子の多くは統合失調症患者の死後脳(前頭葉)でもほぼ同様に変化していました。つまり、Shn-2 KOマウスの脳と統合失調患者の死後脳の遺伝子発現パターンの間には驚くべき類似性があるということが分かりました(図2)。

3.さらにShn-2 KOマウスの脳を調べたところ、パルバルブミン陽性細胞の減少、GAD67注10)の発現低下、大脳皮質の薄化、脳波のうちガンマ波の低下など、統合失調症患者の脳で報告されている特徴が多く見られました(図3)。Shn-2 KOマウスは、脳の特徴についても統合失調症患者とそっくりでした。

4.Shn-2 KOマウスの海馬歯状回の神経細胞は、発達期にはいったん成熟細胞マーカーであるカルビンジン注11)を発現しているにもかかわらず、その後マウスが成育するに従ってほとんど発現しなくなってしまい(図4)、逆に未成熟細胞のマーカーであるカルレチニン注12)の発現を増加させており、電気生理学的な性質も未成熟な神経細胞に似ていることが明らかになりました。つまり、このマウスでは、発達期に一度成熟しかけた神経細胞が成育に伴って脱成熟しており、成体であるにもかかわらず歯状回全体がいわば未成熟な状態(未成熟歯状回)でした。これは統合失調症の発症が青年期以降であることと一致しています。また、統合失調症患者の死後脳で海馬の歯状回が未成熟な状態にあることは本研究グループの別の研究によって明らかにされています(Walton et al., Transl Psych, 2012)。

5.Shn-2 KOマウスの脳では、神経炎症の特徴の1つであるアストログリア細胞注13)の活性化が顕著でした(図5)。また、このマウスの脳で発現が変化している遺伝子群と、炎症を引き起こす典型的な状態で発現が変化する遺伝子群には、高い共通性が見られました(図5)。さらに、Shn-2 KOマウスの脳におけるそれらの遺伝子群の変化は、典型的な炎症で変化する場合と比較すると小さく(図5)、このマウスの脳では、慢性的で軽度な炎症が起こっていると考えられます。

6.そこで、抗炎症作用を持つ薬物であるイブプロフェンとロリプラムをShn-2 KOマウスに3週間にわたって投与したところ、海馬歯状回で増加していた未成熟細胞マーカーのカルレチニンの発現が低下し、正常な状態に近付きました(図6)。それと同時に、このマウスで見られた作業記憶の障害と巣作り行動の異常も改善しました(図6)。

 以上より、Shn-2 KOマウスでは、遺伝的な要因によって脳内に慢性的で軽度な炎症が生じ、それが海馬歯状回の脱成熟を引き起こし、その結果、統合失調症に似た行動異常のうち作業記憶の障害や巣作り行動の異常が生じているのではないかと考えられます。炎症の起こる原因はさまざまですが、ヒトでも何らかの遺伝・環境要因により脳内に慢性的で軽度な炎症が起これば、海馬歯状回の脱成熟などのさまざまな現象が脳で生じ、その結果として統合失調症が発症するというモデルが想定され(図7)、このモデルに基づいた新たな予防・診断・治療法の開発が期待されます。

今後の展開

 統合失調症は慢性化する症例が多く、治療効果は十分とは言えません。効果的な治療法の研究開発が重要ですが、そのためにはヒト疾患によく対応したモデル動物が必要となります。Shn-2 KOマウスは、行動および脳の特徴において統合失調症患者と極めてよく似ており、これまでにない統合失調症モデルマウスです。このマウスを活用することにより、統合失調症に対する新しい予防・診断・治療法の開発や創薬につながることが期待できます。
 今回、Shn-2 KOマウスへの抗炎症作用を持つ薬物の投与によって、神経の炎症の指標であるアストログリア細胞の活性化が抑まり、歯状回の神経細胞で増加していた未成熟細胞のマーカーが低下し、作業記憶の障害と巣作り行動の異常が改善されました。一方で、抗炎症薬の投与は、パルブルブミン陽性細胞数の低下や、GAD67の発現低下については改善しませんでした。行動レベルでは、プレパルス抑制の低下や活動性の増加などには抗炎症薬投与の効果は見られませんでした。つまり、統合失調症で見られるさまざまな症状には、脳内の慢性炎症や未成熟歯状回が関係しているものと、そうでないものに分類できる可能性があります。
 これらのことから、統合失調症の予防・治療には既存の抗精神病薬と抗炎症作用のある物質との組み合わせが有効であることが示唆されます。炎症を抑える物質にはイブプロフェンをはじめとしてすでに薬剤として使われているものが多数あるほか、開発中のものも多くあります。また、食物の成分にも炎症を抑える作用のあるものが知られています。こうした物質のうちのどれかが統合失調症の予防・治療に使える可能性が高いと考えられます。
 今後、これらの抗炎症作用を持つ物質と既存の抗精神病薬とを組み合わせた投与の効果をこの統合失調症モデルマウスで検討し、マウスで効果的だった組み合わせを用いて実際の統合失調症患者の症状を改善させる試みが可能となります。このような研究を行うことで、この疾患の新たな予防・診断・治療法の開発が進むと見込まれます。

 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の一環として、藤田保健衛生大学、自然科学研究機構 生理学研究所、日本医科大学、理化学研究所、九州大学、久留米大学、岐阜大学、愛知県 心身障害者コロニー発達障害研究所、アステラス製薬株式会社、放射線医学研究所、東京工業大学の11機関の共同研究によって行われました。なお、本研究の一部は、科学研究費補助金による支援を受けて行われました。

参考図

図1 Shn-2 KO マウスで見られた統合失調症に似た行動異常

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Shn-2 KOマウスは、8方向放射状迷路(A)で調べられる作業記憶が顕著に悪くなっていた(B)ほか、活動性の亢進、社会的行動の低下、プレパルス抑制の障害など統合失調症に似た行動異常のパターンを示しました(C)。

図2 Shn-2 KOマウスの脳と統合失調症患者の死後脳の遺伝子発現パターン

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(A、B)Shn-2 KOマウスの前頭葉における遺伝子発現パターンと、統合失調症患者の死後脳の遺伝子発現パターンを比較したところ、驚くべきことに100もの遺伝子が共通して変動しており、さらにほとんどの遺伝子発現変化の増減の向きが同じでした。
(C)共通して増加している遺伝子には炎症や免疫反応に関係しているものが多く、減少している遺伝子にはシナプス伝達やシナプス可塑性に関係しているものが多くありました。

図3 Shn-2 KOマウスの脳は統合失調症患者の脳の特徴を備えている

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Shn-2 KOマウスの脳の解析を進めたところ、パルバルブミンを発現する細胞数が減っており(上)、皮質の厚みの低下、脳波ガンマ成分の低下(下)など、統合失調症の脳で見られる特徴が多く見られました。

図4 Shn-2 KOマウスの海馬歯状回は未成熟である

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(A)Shn-2 KOマウスの海馬歯状回の神経細胞では成熟細胞に対応する分子マーカーであるカルビンジンの発現が減少(上)、逆に未成熟細胞のマーカーであるカルレチニンが増加していました(下)。 
(B)Shn-2 KOマウスの海馬歯状回の神経細胞は、発火しやすく持続しない傾向があり、電流刺激によるスパイク(神経活動電位)の誘発実験において小さい電流で発火するものの(C)、誘発されるスパイク数は少ない(D)など未成熟な神経細胞の特徴を示していました。

図5 Shn-2 KOマウスの脳では軽度な慢性炎症が起こっている

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Shn-2 KOマウスの脳では、神経炎症の特徴の1つであるアストログリア細胞の活性化が顕著でした(上)。このマウスの脳で発現が変化している遺伝子群は急性の炎症で変化する遺伝子と共通するものが多くあり、両者の間には高い類似性がありました(下)。Shn-2 KOマウスの脳におけるそれらの遺伝子群の変化は炎症で変化する場合と比較すると小さく、このマウスの脳で起こっているのは急性の炎症とは異なり、軽度な慢性炎症であると考えられます。

図6 抗炎症作用を持つ薬物の投与で未成熟歯状回および作業記憶障害、巣作り行動の異常が改善される

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抗炎症作用のあるイブプロフェンおよびロリプラムを3週間にわたり投与したところ、Shn-2 KOマウスで、神経の炎症の指標であるアストログリア細胞の活性化が抑まり(A)、海馬歯状回の未成熟神経細胞のマーカーであるカルレチニンの発現が正常レベルに戻り(B)、T字型迷路で計測される作業記憶の障害が改善し(C)、巣作り行動の障害も改善されました(D)。

図7 本研究のまとめ

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Shn-2 KOマウスでは、遺伝的な要因によって脳内に慢性的で軽度な炎症が生じ、それが海馬歯状回の脱成熟(未成熟歯状回)を引き起こし、その結果、統合失調症様の行動異常のうち作業記憶の障害や巣作り行動の異常などが生じていることが分かりました。ヒトでは複数の遺伝的要因、環境要因などのユニークな組み合わせで、患者ごとに異なる発症要因が、慢性炎症や歯状回神経細胞の成熟度異常(未成熟歯状回)など、さまざまな脳内の異常を引き起こしている可能性があります。これらは患者間である程度共通しており、統合失調症の中間表現型となります。これらの脳内で起こる異常により、共通したさまざまな行動異常(症状)が導かれると考えられます。

用語解説

注1)作業記憶
 状況の変化や作業の進行に応じて、必要な情報の処理と保持を行う記憶機能。長期的・継続的に有効な情報に関する記憶(参照記憶)に対して、その時点で一時的に有効な情報に関する記憶。マウスでは8方向放射状迷路やT字型迷路を用いて作業記憶を調べることができる。

注2)網羅的行動テストバッテリー
 遺伝子改変マウスの感覚、運動、情動、睡眠・リズム、注意、学習・記憶、社会的行動などさまざまな行動領域を解析するために用いられている行動テストを組み合わせたもの。効率の良い網羅的な解析を可能としている。

注3)Schnurri-2
 ゲノムに結合し、遺伝子の発現を制御するたんぱく質(転写因子)の一種。免疫反応で中心的役割を果たすNF-κBというたんぱく質と競合するため、NF-κBの遺伝子発現制御に影響を与えると考えられている。

注4)統合失調症
 陽性症状(妄想や幻覚)、陰性症状(無関心、意欲の低下、社会性の低下)、認知障害が認められる精神疾患。

注5)パルバルブミン
 細胞内シグナル伝達に重要なカルシウムイオンに結合するたんぱく質の1つ。海馬歯状回では介在ニューロンと呼ばれる神経細胞に発現している。

注6)ゲノムワイド関連解析
 疾患などの患者集団と一般対照集団との間で遺伝情報の違いを検定し、原因となる遺伝子の多様性を見いだすことを、全ゲノム領域で行う方法。

注7)未成熟歯状回
 歯状回は記憶をつかさどる海馬の一領域で海馬への情報入力に重要な役割を果たしている。近年、成体においても毎日数千の神経細胞が生まれてくる場所であることが明らかにされた。生まれてきた神経細胞は、刺激を受け活動することにより成長し、1~2ヵ月で「成熟神経細胞」となり海馬の回路に組み込まれ役割を果たすことができる。それまでは「未成熟神経細胞」と呼ばれ、成熟したものとは形状・性質が顕著に異なることが知られている。何らかの原因で歯状回の神経細胞が未成熟な状態になっているものを「未成熟歯状回」と呼んでいる。

注8)プレパルス抑制
 強い刺激、例えば大きな音をヒトや動物に突然与えると驚愕反応が引き起こされるが、その刺激の直前に微弱な刺激(小さな音)を提示すると驚愕反応が抑制されることが知られており、この現象をプレパルス抑制(PPI)と呼ぶ。統合失調症患者ではこのPPIが低下していることが報告されている。

注9)ジーンチップ
 ガラスや半導体の基板の上にDNAを貼り付けたもので遺伝子がどのように発現しているかを網羅的に調べることができる。

注10)GAD67
 グルタミン酸脱炭酸酵素の1つで、この酵素の働きにより、グルタミン酸からγ-アミノ酪酸(GABA)が作られる。

注11)カルビンジン
 海馬歯状回では、成熟した顆粒細胞に発現するが、未成熟な顆粒細胞には発現していない。細胞内シグナル伝達に重要なカルシウムイオンに結合するたんぱく質の1つ。

注12)カルレチニン
 海馬歯状回では未成熟な顆粒細胞に発現し、成熟した顆粒細胞では発現しない。これもカルシウムイオンに結合するたんぱく質の1つ。

注13)アストログリア細胞
 脳や脊髄などの中枢神経系に存在するグリア細胞(神経系における神経細胞ではない細胞の総称)の1つ。炎症により活性化することが知られている。

論文タイトル

“Deficiency of Schnurri-2, an MHC enhancer binding protein, induces mild chronic inflammation in the brain and confers molecular, neuronal, and behavioral phenotypes related to schizophrenia”
(MHCエンハンサー結合たんぱくSchnurri-2の欠損は脳内に軽度な慢性炎症を引き起こし、統合失調症に関連した分子・神経・行動表現型をもたらす)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
宮川 剛(ミヤカワ ツヨシ)
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門 教授
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98
Tel:0562-93-9375 Fax:0562-92-5382
E-mail:miyakawa@fujita-hu.ac.jp

<JSTの事業に関すること>
石正 茂(イシマサ シゲル)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:crest@jst.go.jp



<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkoho@jst.go.jp

藤田保健衛生大学 法人本部 総務広報部
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1番地98
Tel:0562-93-2490 Fax:0562-93-4597
E-mail:kouhou@fujita-hu.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
准教授 小泉 周(コイズミ アマネ)
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721
E-mail:public@nips.ac.jp
 

「おかしん先端科学奨学金制度」創設記念式が行われました

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平成25年2月28日木曜日、岡崎信用金庫本部にて、おかしん先端科学奨学金制度の創設記念式と奨学金授与の式典が行われました。

「おかしん先端科学奨学金制度」の概要(岡崎信用金庫)

  • 奨学金の名称: おかしん先端科学奨学金
  • 支援内容: 総額990万円(平成24年度から平成26年度までの3年間)
  • 平成24年度に3名の奨学金受給者を決定し、1年に一人当たり110万円の支援を行う。
  • 対象者:基礎生物学研究所、生理学研究所および分子科学研究所が基盤機関として、教育研究を担当する総合研究大学院大学の基礎生物学専攻、生理科学専攻、機能分子科学専攻および構造分子科学専攻の大学院生

式典の様子(写真)

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脳梗塞回復期におけるグリア細胞の働きの解明

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概要

 脳梗塞により脳の機能の一部が失われるが、適切なリハビリテーションを行えばある程度は回復が見込める。しかし、この回復の詳細な過程はまだ明らかではない。脳梗塞後の機能回復の過程において、直接障害を受けていない反対側の脳の働きが注目されている。これまでの本研究グループのマウスを用いた研究では、感覚野の脳梗塞後2日~1週間の間で反対側の感覚野の活性化が起こり、神経回路の再編成が起こったのち、健常な側の脳が従来両側の脳で分担していた役割を担うようになることによって、脳梗塞によって失われた機能の回復が起こることを報告している(Takatsuru et al., J. Neurosci., 2009)。今回、群馬大学大学院医学系研究科の高鶴 裕介 助教は、自然科学研究機構生理学研究所の鍋倉 淳一 教授と共同で、この脳の働きが活性化している過程においては、脳のグリア細胞(脳を構成する細胞のうち、神経細胞の働きを助ける細胞)が大変重要な働きをしていることを解明した。米国神経科学会雑誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス、2013.3.13掲載)に掲載される。
 脳梗塞時には、健常な側の脳では機能回復に必要な神経回路の再編成に伴い、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸が大量に放出されているが、その濃度が高くなりすぎると神経細胞を傷害してしまう。研究グループは、動物を生きたままの状態で観察することができる二光子レーザー顕微鏡と呼ばれる最先端の顕微鏡を使い、末梢神経を刺激した時の神経細胞および、グリア細胞の活動性を測定したところ、神経回路が再編成している時期ではグリア細胞の活動が高まっていることを発見した。一方、このグリア細胞が本来行っているグルタミン酸回収を抑制してしまうと機能回復が起こらないこともわかった。これらのことから、神経細胞の周りのグリア細胞が、グルタミン酸濃度が上昇しすぎないように調整していることが、脳梗塞後の機能回復に重要であることを明らかにした。

社会的意義とこれからの展望


 今回の発見は(1)脳梗塞後の機能回復に障害を受けていない健常な側の脳の働きが重要であること(2)その働きにおいて、グリア細胞が重要であること(3)グリア細胞は神経細胞の一過性の過剰興奮を抑制することで脳を保護していること、を明らかにした。グリア細胞を新たな標的として研究していくことにより、これまで以上に効果的な脳梗塞後の機能回復に向けた治療法が開発されることが期待できる。今後は、脳梗塞後の機能回復の過程でグリア細胞の働を効率よく活性化できるような新薬の開拓・開発を目指していく予定である

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お問い合わせ

(研究に関すること)
群馬大学大学院医学系研究科 応用生理学分野 
助教 高鶴裕介(タカツル ユウスケ)
〒371-8511 群馬県前橋市昭和町3-39-22
Tel:027-220-7923 Fax:027-220-7923
E-mail:takatsur@med.gunma-u.ac.jp

(取材対応窓口)
群馬大学昭和地区事務部総務課
副課長 尾内 仁志
〒371-8511 群馬県前橋市昭和町3-39-22
Tel:027-220-7711 Fax:027-220-7720
E-mail:onai@jimu.gunma-u.ac.jp

(自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室)
准教授 小泉 周(コイズミ アマネ)
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp

周囲の温度で"冷たさセンサー"の冷たさの感じ方が変わる仕組みを解明

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内容

 皮膚近くにまで広がっている末梢の感覚神経には、TRPM8(トリップエムエイト)と呼ばれるタンパク質でできた冷受容体があり、“冷たさセンサー”として冷たさを感じています。ある温度以下になるとこの“冷たさセンサー”は冷たさを感じ、それを脳に伝えて脳が「冷たい」と感じるのです。その一方で、こうした冷たさの感じ方は、周囲の温度によって変わることが以前より知られています。たとえば、温かいお湯に手をつけておいてから室温の水につけると室温よりも冷たく感じられますが、低い温度の水に手をつけておいてから室温の水につけると温かく感じられます(「ウェーバーの3つのボウルの実験」Weber’s three-bowl experimentと呼ばれています 図1)。今回、自然科学研究機構生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の富永真琴教授は、株式会社マンダムとの共同研究により、周囲の温度によってTRPM8の冷たさを感じる温度が変化することを明らかにしました。環境温度が変化しやすい状況(入浴、運動後など)において有効に働く冷感剤を開発できるようになることが期待されます。米国神経科学会誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)の2013年4月3日号に掲載されます。

 上記の「ウェーバーの3つのボウルの実験」は、脳での温度情報統合機構の変化(慣れなど)によって説明されてきましたが、研究チームは感覚神経の温度センサーの機能変化でも説明ができるのではないかと考えました。研究チームが注目したのは、皮膚に伸びる末梢の感覚神経に分布するTRPM8と呼ばれる冷たさセンサー。このTRPM8を発現させた細胞の周囲温度を30度から40度まで変化させた時に、どの温度で冷たさを感じるようになるかを調べたところ、周囲の温度が高ければ高いほど、冷たさを感じ始める温度も高くなることがわかりました(図2)。また、この働きは、細胞内の特定のリン脂質(ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸, PIP2)とTRPM8の相互作用によって制御されていることを明らかにしました(図3)。

 富永教授は、「様々に変化する環境温度へ適応する際には、温度感覚の制御は脳だけでなく皮膚の温度受容体そのものが行っていることを初めて明らかにしました。温暖化で熱帯化しつつある地球環境において、エネルギーを使わずに涼しく過ごすための外用剤などの開発に役立つ情報と考えられます。たとえば、環境温度が変化しやすい状況(入浴、運動後など)において有効に働く冷感剤を開発できるようになると期待されます」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

1.末梢の感覚神経終末に発現する冷受容体TRPM8の活性化温度閾値が周囲の温度によって変化しうることを証明しました。
2.上記現象が細胞内で特定のリン脂質(ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸)とTRPM8の結合によって制御されている可能性を見出しました。

図1 ウェーバーの3つのボウルの実験(Weber’s three-bowl experiment)

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冷水と温水と室温の水を入れたボウルを3つ用意しておきます。左手は冷水につけ、右手は温水につけたあと、両方の手を室温の水につけると、冷水につけていた左手は室温の水を温かく感じ、温水につけていた右手は室温の水を冷たく感じます。この実験を、ウェーバーの3つのボウルの実験(Weber’s three-bowl experiment)と呼びます。

図2 細胞周囲の温度が高いとTRPM8が冷たさを感じる温度も上がる

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細胞の周囲の温度を30度から40度まで変化させたとき、どの温度で冷たさを感じるようになるか(冷たさの温度閾値)を図にしたもの。上図はTRPM8が温度に反応して流す電流の記録で、下図は細胞周囲の温度変化。細胞周囲の温度が高ければ高いほど、冷たさの温度閾値(TRPM8の活性化による電流応答が観察される温度)も上がることがわかりました(下図)。

図3 細胞内の特定のリン脂質の働きによってTRPM8の温度の感じ方が変わる

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2つの細胞周囲の温度(30度と40度)でのTRPM8が活性化する温度の違いとリン脂質の影響について図にしたもの。普通の状態(薬物無処置)では冷たさを感じる温度の差が大きいが、ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸 (PIP2)を少なくする2つの薬物(m-3M3FBS、または、Wortmannin)処置によってその差がなくなりました。つまり、普通の状態では、細胞周囲の温度によって、細胞内の特定のリン脂質であるホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸 (PIP2)の働きによって、TRPM8が冷たさを感じる温度が変化することが明らかになりました。

この研究の社会的意義

周囲の温度に適応し冷たさの感じ方を変える仕組みを解明
 様々に変化する環境温度へ適応する際には、温度感覚の制御は脳だけでなく皮膚の温度受容体そのものが行っていることを初めて明らかにしました。温暖化で熱帯化しつつある地球環境において、エネルギーを使わずに涼しく過ごすための外用剤などの開発に役立つ情報と考えられます。たとえば、環境温度が変化しやすい状況(入浴、運動後など)において有効に働く冷感剤を開発できるようになると期待されます。

論文情報

Ambient temperature affects the temperature threshold for TRPM8 activation through interaction of phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate.
米国神経科学会誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)2013年4月3日号
1.藤田郁尚(Fumitaka Fujita)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)、株式会社マンダム
2.内田邦敏(Kunitoshi Uchida)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)、総合研究大学院大学
3.高石雅之(Masayuki Takaishi)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)、株式会社マンダム
4.曽我部隆彰(Takaaki Sokabe)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)
5.富永真琴(Makoto Tominaga)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)、総合研究大学院大学

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)教授
富永真琴(トミナガマコト)
TEL 0564-59-5286  FAX 0564-59-5285 
Email: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp



 

伊佐正教授が文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞

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内容

 自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐 正(いさ ただし)教授(52)は、京都大学大学院・生命科学研究科の渡邉 大(わたなべ だい)教授(50歳)ならびに福島県立医科大学・医学部附属生体情報伝達研究所の小林 和人(こばやし かずと)教授(52歳)と共同で、平成25年度科学技術分野の文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞することとなりました。受賞式は4月16日に文部科学省にて行われます。

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伊佐 正 教授

 

 

 

 

今回の受賞は、以下の受賞理由によるものです。
 


受賞理由:
霊長類の神経回路を選択的に制御する手法に関する研究

脳の複雑な神経回路機能を解明するには、個々の経路を選択的に操作することが必要であるが、従来マウスでは遺伝子改変動物の作製によって可能であったが、遺伝子改変動物の作製が困難で、巨大な脳を持つ霊長類では不可能だった。
本研究では、新規開発された高効率に逆行性輸送される改変レンチウィルスベクターに新規開発された増強型破傷風毒素を搭載して、狙った経路の投射先に注入し、さらに細胞体の位置に第2のウィルスベクターを注入することで、世界で初めてマカクザルにおいて経路選択的・可逆的に神経伝達の阻害に成功した。
本研究によって、霊長類の大脳運動野から手指の筋を支配する脊髄運動神経細胞につながる進化的に新しい直接経路と並行して存在する、進化的に古い間接経路を仲介する脊髄細胞を選択的に遮断し、手指の巧緻な運動が阻害されることを観察し、「間接経路」が霊長類固有に発達した巧緻運動に寄与することを示した。
本成果は、霊長類での経路選択的機能遮断法という、今後の高次脳機能研究に有力な技術を提供するとともに、本研究で明らかになった「間接経路」の機能に関する知見は脊髄損傷後の機能回復戦略の開発に寄与することが期待される。

主要論文

Kinoshita M, Matsui R, Kato S, Hasegawa T, Kasahara H, Isa K, Watakabe A, Yamamori T, Nishimura Y, Alstermark B., Watanabe D, Kobayashi K, Isa T (2012) Genetic dissection of the circuit for hand dexterity in primates. Nature 487: 235-238.

参考:研究成果について

自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐 正教授らと福島県立医大・京都大学の共同研究チームは、新しい二種類のウイルスベクターを用いることで特定の神経回路に選択的に遺伝子を導入する方法を新たに開発しました(二重遺伝子導入法)。この手法により、進化の過程で霊長類において新しく脳からの電気信号を筋肉に伝える直接の経路ができてきた一方で、取り残されてしまったと考えられてきた“間接経路”が、実は私たち霊長類においても手指の巧みな 動きを作りだすことに重要な役割を果たしていることを発見しました。文部科学省・脳科学研究戦略推進プログラムの共同研究プロジェクトによる研究成果です。本研究成果は、英国科学誌Nature(2012年6月17日号電子版)に掲載されました。

プレスリリース(2012年6月18日):
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2012/06/post-214.html

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達研究部門
教授 伊佐 正 (いさ ただし)
Email:tisa@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp


傷ついた脊髄を人工的につないで手を自在に動かす「人工神経接続」技術を開発

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内容

脊髄は、脳と手や足をつなぐ神経の経路となっています。脊髄が損傷し、その経路が途絶えると、脳からの電気信号が手や足に届かなくなり、手や足が動かせなくなってしまいます。今回、自然科学研究機構生理学研究所の西村幸男(にしむら ゆきお)准教授と、米国ワシントン大学の研究グループは、脊髄損傷モデルサルの損傷された脊髄の部分を人工的にバイパスしてつなぐ「人工神経接続」技術を開発。これにより、脳の大脳皮質から出る電気信号により、麻痺した自分自身の手を自在に動かすことができるようにまで回復させることに成功しました。神経回路専門誌Frontiers in Neural Circuits(4月11日号電子版)に掲載されます。

 研究グループは、脊髄損傷においては、脊髄の神経経路が途絶えているだけで、脳の大脳皮質からの電気信号を、損傷部位をバイパスして、機能の残っている脊髄に伝えてあげれば、手を健常に動かすことができると考えました。そこで、特殊な電子回路を介して傷ついた脊髄をバイパスし、人工的につなげる「人工神経接続」の技術を開発しました(図1)。実際、脊髄損傷モデルサルの損傷した脊髄を人工神経接続によってバイパスさせたところ、手の筋肉を思い通りに動かすことができるようにまで回復しました(図2)。

西村准教授は、「運動麻痺患者の切なる思いは、自分自身の体を自分の意思で自由自在に動かしたい、これにつきます。今回の手法はこれまでの研究とは異なり、ロボットアームのような機械の手(義手)を自分の手の代わりに使っていません。自分自身の麻痺した手を人工神経接続により、損傷した神経経路をブリッジして自分の意思で制御できるように回復させているところが新しい点です。従来、考えられてきた義手やロボットを使う補綴より実現の可能性が高い(早道である)のではないかと考えています」と話しています。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人 光男 (株) 国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピューターインターフェイス」(研究代表者:西村 幸男)の一環として行われました。

また、今回の動物実験に関しては、動物実験の指針を整備するとともに、研究所内動物実験委員会における審議を経て、適切な動物実験を行っております。

今回の発見

1.脊髄を損傷したサルの損傷部位をバイパスして、脳の大脳皮質の信号を脊髄の運動神経に人工的につなげて送る「人工神経接続」技術を確立した。
2.「人工神経接続」によって、麻痺した手を自在に動かすことができるまで回復した。

図1 損傷した脊髄をバイパスさせる「人工神経接続」技術を開発

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「人工神経接続」の模式図。損傷した脊髄の経路をバイパスして、人工的に脳と脊髄の運動神経をつなぐ技術。原画:理系漫画家はやのん。

図2 人工神経接続によって、筋肉を自在に動かすことができるように回復

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脳の局所電位を記録し、そこから腕の運動にかかわる電気信号を抽出しました。その信号にあわせて障害部位より下の脊髄に刺激をあたえたところ、刺激にあわせて腕の筋肉の収縮がみられ(腕の筋電図)、手を動かし、レバーを押すことができるようになりました。人工神経接続の電子回路をオフにしたときには、こうした手の動きは見られませんでした。

この研究の社会的意義

脊髄損傷患者の手足の運動回復に応用へ
今回の手法はこれまでの研究とは異なり、ロボットアームのような機械の手(義手)を自分の手の代わりに使わずに、自分自身の麻痺した手を人工神経接続により、自分の意思で制御できるように回復させているところが新しい点です。従来、考えられてきた義手やロボットを使う補綴より実現の可能性が高い(早道である)のではないかと考えています

論文情報

Restoration of upper limb movement via artificial corticospinal and musculospinal connections in a monkey with spinal cord injury
Yukio Nishimura, Steve I. Perlmutter, Eberhard E. Fetz
Frontiers in Neural Circuits 4月10日号掲載(電子版のみ)

お問い合わせ先

 
<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
准教授 西村 幸男 (ニシムラ ユキオ)
Tel: 0564-55-7766   FAX: 0564-55-7766 
E-mail: yukio@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkoho@jst.go.jp





 

 

手や足の「運動」をストップさせる大脳基底核の神経経路の働きを証明 ―ハンチントン病のモデルマウス、パーキンソン病の病態解明にも期待―

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内容

ハンチントン病やパーキンソン病といった難治性神経疾患で起きる手や足の「運動」の異常は、脳の大脳基底核と呼ばれる部分の異常により生じることが知られています。今回、自然科学研究機構生理学研究所の佐野 裕美助教、南部篤教授らの研究チームは、大脳基底核内部の神経回路の一つである線条体-淡蒼球投射経路が手や足の運動をストップさせる機能を担うことを、遺伝子改変マウスを用いた巧みな実験で実証することに成功しました。本研究成果は、米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience)で公開されます(4月24日号)。なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金の助成を受け、また、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として行われました。
 

 研究チームは、大脳基底核の線条体-淡蒼球投射経路だけをなくすことができる遺伝子改変マウスを用いてその働きを調べました。これまでの定説では、線条体-淡蒼球投射経路をなくすと、運動と関係のない自発的な大脳基底核からの出力信号(黒質網様部の活動)が減るとされていました。今回の実験結果はこれまでの定説とは異なり、この経路を無くしただけでは自発的な出力信号の変化は生じませんでした。一方、大脳皮質を刺激して運動の指令を出したところ、正常であれば大脳基底核の出力信号に三相性(興奮―抑制―興奮)の反応が見られるところが、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。これまでの研究から、線条体-淡蒼球投射経路が働かなくなると、手や足の「運動」を止めることができなくなることが知られていました。今回の研究成果から、線条体-淡蒼球投射経路は大脳基底核出力信号の三相目の遅い興奮をもたらして手や足の「運動」をストップさせる役割を果たしており、この経路が働かなくなると手や足の「運動」を止めることができなくなると考えられました。

 南部教授は、「難治性神経疾患であるハンチントン病の初期には、この線条体-淡蒼球投射経路が侵されることから、今回のマウスは初期のハンチントン病のモデル動物と考えることができます。ハンチントン病の病態生理の解明や治療法の開発に貢献できるでしょう。また、大脳基底核はパーキンソン病とも深く関わる領域です。パーキンソン病の場合、本実験で明らかにした「運動」をストップさせる機能が逆に亢進し、動きづらくなってしまっていると考えられています。今回、線条体-淡蒼球投射経路が運動のストップ機能を担っていることが明らかになったので、この経路を働かなくすることができれば、パーキンソン病の治療法や病態生理の解明にもつながるものと期待できます」と話しています。  

今回の発見

1. 大脳基底核の線条体-淡蒼球投射経路だけをなくすことができる遺伝子改変マウスを用いてその働きを調べました。
2. これまでの定説と異なり、線条体-淡蒼球投射経路をなくしても、自発的な大脳基底核からの出力信号(黒質網様部の活動)は変化しませんでした。
3. 大脳皮質を刺激して運動の指令を出したところ、正常なら大脳基底核の出力信号に三相性(興奮―抑制―興奮)の反応が見られるところが、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。
4. 線条体-淡蒼球投射経路をなくすと、手や足の「運動」をストップさせる機能がなくなることが知られています。このことから、大脳基底核の出力信号の三相目の遅い興奮が、手や足の「運動」をストップさせる役割を果たしていることがわかりました。

図1 大脳皮質からの指令は、大脳基底核の3つの経路を通り、「運動」を制御する

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大脳皮質から「運動」の指令が出ると、その情報は大脳基底核の中でハイパー直接路、直接路、間接路という3つの経路を通り、出力部(黒質網様部)に伝えられ、「運動」が制御されます。今回の遺伝子改変マウスでは、このうち、間接路の途中で線条体と淡蒼球をつなぐ、線条体-淡蒼球投射経路のみを選択的にイムノトキシンと呼ばれる毒素を使って無くすことができます(上図点線赤丸)。

図2 大脳基底核出力部(黒質網様部)の三相性の反応のうち第三相の遅い興奮が消失

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黒質網様体部の神経の活動の記録。正常(左側)では、興奮―抑制―興奮の三相性の反応が見られます。一方で、線条体-淡蒼球投射経路を無くした遺伝子改変マウス(右側)では、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。

図3 大脳基底核からの出力の三相目の遅い興奮がなくなると、手や足の「運動」のストップ機能が消失し、「運動」の活動性が上昇する

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遺伝子改変マウスで、線条体-淡蒼球投射経路を除去すると、黒質網様部での遅い興奮がなくなり、「運動」をストップさせることができず、自発運動量が上昇しました。このことから、線条体-淡蒼球投射経路は、「運動」をストップさせる機能があることがわかりました。

この研究の社会的意義

ハンチントン病やパーキンソン病の病態と、「運動」のストップ機能異常との関連性の解明
難治性神経疾患であるハンチントン病の初期には、この線条体-淡蒼球投射経路が侵されることから、今回のマウスは初期のハンチントン病のモデル動物と考えることができます。ハンチントン病の病態生理の解明や治療法の開発に貢献できるでしょう。また、大脳基底核はパーキンソン病とも深く関わる領域です。パーキンソン病の場合、本実験で明らかにした「運動」をストップする機能が逆に亢進し、動きづらくなってしまっていると考えられています。今回、線条体-淡蒼球投射経路が運動のストップ機能を担っていることが明らかになったので、この経路を働かなくすることができれば、パーキンソン病の治療法や病態生理の解明にもつながるものと期待できます。

図4 ハンチントン病とパーキンソン病の運動障害

20130424nanbu-4.jpg画:はやのん理系漫画制作室

論文情報

Signals through the Striatopallidal Indirect Pathway Stop Movements by Phasic Excitation in the Substantia Nigra
Hiromi Sano, Satomi Chiken,, Takatoshi Hikida, Kazuto Kobayashi, Atsushi Nambu
米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience) 4月24日号

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
助教 佐野 裕美(さの ひろみ)
教授 南部 篤(なんぶ あつし)
Tel:0564-55-7771 FAX:0564-55-7773 
E-mail: nambu@nips.ac.jp(南部教授)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

 




 

光で泳ぎのオン・オフに成功! 魚の泳ぎの指令塔となる神経細胞群を発見

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内容

魚は、尾を左右に振ることで、泳ぐことができます。このような尾を左右に振るリズミカルな動きは、人でいう歩行のメカニズムにつながる動物の基本的な作動メカニズムと考えられます。今回、自然科学研究機構生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)東島眞一准教授は、脊髄の付け根にあたる「後脳」という部分にあるV2aと呼ばれる神経細胞群が、尾を左右に振り泳ぎをコントロールする指令塔になっていることを明らかにしました。V2a神経細胞群に、光に反応する光感受性色素タンパク質を遺伝子発現させたところ、光に応じて、尾を振ったり、止めたり、泳ぎを光でオン・オフさせることに成功しました。米国生物学専門誌カレント・バイオロジー(4月25日電子版)に掲載されます。

研究グループは、ゼブラフィッシュという小型魚の脳の後脳にあるV2aと呼ばれる神経細胞群に注目しました。このV2a神経細胞群に、光に反応して神経細胞を興奮させることができるチャネロドプシンという光感受性色素タンパク質を遺伝子発現させたところ、光をあてることで尾を左右にふり泳ぎ始めました。逆に、同じV2a神経細胞群に、光に反応して神経細胞の働きを抑えることができるアーキロドプシンという別の光感受性色素タンパク質を遺伝子発現させたところ、光をあてることで尾を左右にふるのをやめ、泳ぎが止まりました。以上から、後脳のV2a神経細胞群によって、尾を左右に振り泳ぎのリズムをつくる神経細胞の働きがコントロールされており、V2a神経細胞群が泳ぎの制御に指令塔として必要十分な働きをすることがわかりました。

東島准教授は、「小型魚であるゼブラフィッシュも、人と同じ脊椎動物です。人をはじめとする脊椎動物の脳幹にも同じ種類の神経細胞群があると考えられることから、脊椎動物の歩行などのロコモーションを制御する主要な神経回路の1つが明らかになったと言えるでしょう」と話しています。

kakenhi-logo.jpg


文部科学省科学研究費補助金による支援をうけて行われました。

今回の発見

1.ゼブラフィッシュの後脳のV2a神経細胞群に光感受性色素タンパク質チャネロドプシンを遺伝子発現させ、光によって神経細胞を興奮させると、遊泳行動が起きました。
2.後脳のV2a神経細胞群に光感受性色素タンパク質アーキロトプシンを遺伝子発現させ、光によって神経細胞を抑制させると、遊泳行動が停止しました。

図1 V2a神経細胞群にGFPを遺伝子発現させたゼブラフィッシュ

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V2a神経細胞群にGFPを遺伝子発現させて緑色に光るゼブラフィッシュの頭部の写真。実際には、Chx10プロモーター存在下にGFPを遺伝子発現させました。V2a神経細胞群はこのGFP発現細胞のうち、後脳と脊髄に存在する神経細胞群を指します。本研究では、この中で後脳のV2a神経細胞群に注目しました。

図2 V2a神経細胞群にチヤネルロドプシンを遺伝子発現させた魚

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後脳のV2a神経細胞群に、光を感じて神経細胞を興奮させることができるチャネロドプシンというタンパク質を遺伝子発現させました。この魚の後脳に青色光を照射したところ、光に反応して、止まっていた尾を左右にふりはじめました。

図3 V2a神経細胞群にアーキロドプシンを遺伝子発現させた魚

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後脳のV2a神経細胞群に、光を感じて神経細胞の活動を抑制させるアーキロドプシンというタンパク質を遺伝子発現させました。この魚の後脳に緑色光を照射したところ、光に反応して、左右に振っていた尾が止まりました。

この研究の社会的意義

脊椎動物の脳幹にある神経細胞群がロコモーションに重要な役割をしている
ゼブラフィッシュは哺乳類と同じ脊椎動物であり、脊髄及び後脳の遺伝子発現パターンも進化的に保存されているので、哺乳類でも後脳V2a神経細胞群がロコモーションに不可欠な役割を果たしているであろうと考えられます。今回の研究によって、ヒトをはじめとする脊椎動物の脳幹で、歩行などのロコモーションを制御する主要な神経回路の1つが明らかになったと言えます。

図4 光で泳ぎのオン・オフに成功!

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論文情報

Hindbrain V2a neurons in the excitation of spinal locomotor circuits during zebrafish swimming
Yukiko Kimura, Chie Satou, Shunji Fujioka, Wataru Shoji, Keiko Umeda, Toru Ishizuka, Hiromu Yawo, and Shin-ichi Higashijima
カレント・バイオロジー(Current Biology) 4月25日電子版

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 (岡崎統合バイオバイオサイエンスセンター) 准教授
東島眞一 (ヒガシジマ シンイチ) 
Tel:0564-59-5255 Fax:0564-59-5259 
E-mail: shigashi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp


 

位相差クライオ電子顕微鏡で酵素タンパク質ダイサーと小分子RNAの結合をくっきり観察することに成功!

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内容

自然科学研究機構 生理学研究所の永山國昭教授を中心に開発された位相差クライオ電子顕微鏡は、通常の電子顕微鏡とは異なり、標本を染色などすることなく、凍らしただけで、タンパク質や微生物の中まで明瞭に観察することができる最先端の電子顕微鏡です。今回、米国エール大学、カルフォルニア大学バークレー校、中国精華大学の研究グループは、生理学研究所と共同で、この位相差クライオ電子顕微鏡を用いて、ヒトのダイサーと呼ばれる酵素タンパク質と小分子RNA(リボ核酸)が、どのように結合し複合体をつくり機能しているのかを明らかにすることに成功しました。これまでの手法では、複数の異なる構造が混在した複合体の構造解析は困難でしたが、位相差クライオ電子顕微鏡の高いコントラスト性能をいかすことで、主要な構造を選別して構造解析を行うことができました。今回の研究成果は、ネイチャー誌の姉妹誌であるNature Structural and Molecular Biologyに掲載されました(4月28日発刊)。

 ダイサーは、細胞の細胞質で働く酵素タンパク質の一つであり、遺伝情報の発現を抑制させる小分子RNAを生み出す働きを持ちます。小分子RNAは、 長さ20から25塩基ほどの短いRNAのことをいい、他の遺伝子の発現を調節する機能を持っています。実際に遺伝子の発現を調節する時には、小分子RNAの前駆体にダイサーが結合し、小分子RNAが作り出されます。これまでは、小分子RNAが作られる際に、ダイサーがどのようにRNAと結合して複合体を作っているのかは直接明らかになっていませんでした。

 現在、人工的な小分子RNAを作り、特定の遺伝子情報の発現を抑えるRNA干渉技術が、新たな創薬として注目されています。研究グループの重松 秀樹 エール大学研究員(元生理学研究所)は、「RNA干渉技術など、小分子RNAを用いた創薬が注目を集めています。今回の技術を応用すれば、RNA創薬における効果的な分子設計に対する理解が深まるものと期待されます」と話しています。

今回の発見

1.自然科学研究機構 生理学研究所の永山國昭教授を中心に開発された位相差クライオ電子顕微鏡によって、細胞内の酵素タンパク質ダイサーと、RNAの結合の様子を高いコントラストで観察することに成功しました。

図1 位相差クライオ電子顕微鏡の仕組み

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特殊な染色をせず、ただ凍らしただけの標本を用いることで、タンパク質や微生物の本来の姿を観察することができます。位相差クライオ電子顕微鏡法では、電子の波が、透明なサンプルを通過するときに生じる目に見えない波の位相の変化を、位相板によって目に見える波の振幅の変化に変換することで、透明なサンプルを可視化することができます。

図2 位相差クライオ電子顕微鏡で観察したダイサー分子

sigematsu-2.jpg

通常の電子顕微鏡画像にくらべて、位相差クライオ電子顕微鏡では、より高いコントラストでダイサーのような小さな分子をよりくっきりと観察することができます。

図3 ダイサーと小分子RNAの結合の様子

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今回の研究から明らかになったダイサーのタンパク質構造と小分子RNAとの結合の様子。(a) ダイサーのタンパク質構造。(b) ダイサーとsiRNA(small interfering RNA)と呼ばれる小分子RNA前駆体の結合の様子。(c) ダイサーとマイクロRNAと呼ばれる小分子RNA前駆体との結合の様子。この前駆体が分解されて小分子RNAが出来る。

この研究の社会的意義

小分子RNAを用いた創薬への貢献に期待
細胞内で遺伝子の発現を抑制させるRNA干渉技術など、小分子RNAを用いた創薬が注目を集めています。今回の技術によって、小分子RNAを細胞内で作り出すダイサーとRNAの結合様式が分かったことから、RNA創薬における効果的な分子設計に対する理解が深まるものと期待されます。

論文情報

Substrate-specific structural rearrangements of human Dicer
David W Taylor*, Enbo Ma*, Hideki Shigematsu*, Michael A Cianfrocco, Cameron L Noland, Kuniaki Nagayama, Eva Nogales, Jennifer A Doudna & Hong-Wei Wang
ネーチャー姉妹誌 Nature Structural and Molecular Biology 4月28日刊

お問い合わせ先

<研究に関すること>
重松秀樹 Hideki Shigematsu, Ph.D.
Associate Research Scientist
Department of Cellular & Molecular Physiology
Yale University School of Medicine (米国エール大学医学部所属、元生理学研究所)
e-mail : hideki.shigematsu@yale.edu (日本語可)
TEL:+1- (203)737-2808 FAX: +1-(203)785-4951

永山國昭 Kuniaki Nagayama, PhD
自然科学研究機構 生理学研究所・特任教授
E-mail:nagayama@nips.ac.jp
TEL/Fax:0564-59-5212

<広報に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp
 

手の把握動作に関わる新たな神経機構を発見

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ポイント

・手先で物を扱う運動(把握動作)に関わる脊髄神経の細胞活動の記録に成功
・脊髄の神経細胞が脳からのさまざまな運動命令を集めて、筋肉に伝えていることが判明
・運動障害時の新たなリハビリ法開発につながる可能性が期待

 JST 課題達成型基礎研究の一環として、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の武井 智彦 室長と関 和彦 部長らの研究グループは、手先で器用に物を扱う運動(把握動作)の際に活動する新たな神経機構を世界で初めて明らかにしました。
これまで「ものをつまむ」ような器用な運動では、大脳皮質が直接手指の運動ニューロンを活動させて運動を制御していると考えられていました。しかし、大脳皮質の機能が成熟していない乳児でも反射的に手で物をつかむことができることから、研究グループは把握動作の神経機構が大脳皮質以外の部位、特に脊髄に存在するのではないかと考えました。
そこで本研究グループは、把握動作を行なっているサルの脊髄から神経活動を記録したところ、運動の開始時や運動の継続時に活動する神経細胞が多数見つかりました。この結果は、脊髄神経細胞が大脳皮質からの運動司令を統合して、筋活動へと変換している可能性を示唆する結果でした。
今回の研究成果は、大脳皮質のみと思われていた把握動作の中枢が実は脊髄にも存在することを示したものです。そのため、この脊髄中枢を刺激することによって、脳梗塞などで大脳皮質に損傷をもつ患者の把握動作を再建することができるようになるかも知れません。今回発見された脊髄の機能を有効に活用することで、今後新たなリハビリ法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2013年5月15日(米国東部時間)発行の米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:「脳情報の解読と制御」
(研究総括:川人 光男 (株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所/脳情報研究所 所長/ATR フェロー)

研究課題名:「感覚帰還信号が内包する運動指令成分の抽出と利用」
研 究 者:関 和彦(国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発部 部長/元 自然科学研究機構 生理学研究所 助教)

研究実施場所:国立精神・神経医療センター 神経研究所
研究期間:平成21年10月~平成27年3月

JSTはこの領域で、運動や判断を行っている際の脳内情報を解読し、外部機器や身体補助具などを制御するブレイン・マシンインターフェイス(BMI)を開発し、障害などにより制限されている人間の身体機能を回復するための従来にない革新的な要素技術の創出に貢献する研究を支援しています。
上記研究課題では、運動することに生ずる感覚が、自分の脊髄の神経回路に戻ることにより、筋肉が駆動されるメカニズムを研究史、外部から感覚帰還信号を強化することによって脳損傷の運動制御を支援し、リハビリテーションを促進する方法を開発する基礎を築くための研究を行っています。
 

研究の背景と経緯

「ものをつまむ」などの手の細かな動作は、ヒトやサルなど一部の高度に進化した動物のみが行うことができる特殊な動作です。そしてヒトやサルの脳では、脳の中でも特に大脳皮質が大きく発達しています。そのため、「把握動作は大脳皮質によって制御されている」と考えられてきました。しかし、大脳皮質の機能が成熟していない乳児でも把握動作を行うことができます。例えば、生まれたての乳児の手のひらに棒を触れると乳児は反射的に手を握ることが知られています(把握反射)。このことから、本研究グループは「大脳皮質以外に把握動作をコントロールしている部分があるはずだ」と予想しました。
本研究グループは、これまでの研究からサルの脊髄に存在する神経細胞(前運動性介在ニューロン)注1)が把握動作に関わる筋活動を引き起こしていることを発見しました。しかし、把握動作の際にこのようなニューロンがどのように活動するのかは明らかではありませんでした。そのため、これらのニューロンが把握動作にどのように役立っているのか分かっていませんでした(図1)。

研究の内容

 研究グループは、把握動作中のサルの脊髄から前運動介在ニューロンの活動を記録することで、これらのニューロンが把握動作時にどのように活動するのかを世界で初めて調べることに成功しました。すると、これらのニューロンには、運動の開始時だけに活動するもの(P型)、運動を継続している際に活動するもの(T型)、またそのどちらでも活動するもの(P+T型)が存在することが分かりました(図2A)。さらに、その割合をみてみると多くのニューロンがP+T型を示していることが明らかになりました(図2B)。これは、驚くべき結果でした。なぜなら、大脳皮質のニューロンでは、運動開始(P型)か運動継続(T型)のみで活動するものが大半でした(図2C[参考論文1])。むしろ、このようなP+T型は、手先の筋肉の活動とよく似た特徴でした。そのため、前運動介在ニューロンは大脳皮質からの運動司令(P型やT型)を統合して、最終的な筋活動を作り出している可能性が示されました。この結果から、脊髄介在ニューロンは大脳皮質からの情報を筋肉へと単純に「リレー」しているだけではなく、情報の統合や処理を行なっていると考えられます。

今後の展開

 今後は、このような神経機構を積極的に利用したリハビリテーション法の開発などへ研究が進展する可能性があります。例えば脊髄損傷を患った場合、大脳皮質から脊髄への連絡経路が絶たれることにより手足のまひが生じます。このような四肢まひの患者に「取り戻したい機能」についてアンケート調査した結果、その第1位に挙げられたのが「手の運動機能」だったという報告があります[参考論文2]。それにもかかわらず、従来は大脳皮質が手の運動に関わる処理を全て行っていると考えられていたため、脊髄損傷後の手先の運動の再建は難しいと考えられてきました。しかし、本研究によって脊髄内の神経機構が運動に必要な情報処理を行なっていると考えられ、受傷直後はこの脊髄内神経機構は正常である可能性があります。そのため、この残された神経機構を外部刺激や感覚刺激によって有効に活性化させることで、より効果的かつ生体に近い形で手先の運動の再建ができるようになる可能性があります。本研究の成果は、今後の新たな治療法開発へとつながると期待されます。

参考図

press20130515SEKI-1.jpg

図1 把握動作における脊髄介在ニューロン機能の仮説
脊髄前運動性介在ニューロンが大脳皮質のからの運動司令を筋肉へと伝える際に、P型およびT型の活動を別々にリレーしている可能性(仮説1)と、両者を統合して筋肉に伝えている可能性があった(仮説2)。

press20130515SEKI-2.jpg

図2 把握動作中の前運動性介在ニューロンの活動パターン
(A)前運動性介在ニューロンには、P型、T型およびP+T型が存在することが明らかとなった。
(B)P+T型を示すニューロンの割合が、P型、T型に比べて大きいことが分かった。
(C)一方、大脳皮質ではP+Tの割合がより少ないことが知られていた[参考論文1]。

<用語解説>
注1)脊髄前運動性介在ニューロン
脊髄に存在し運動ニューロンに対して興奮性もしくは抑制性の効果を及ぼすニューロンのこと。運動出力に直結した機能を持つと考えられている。

参考文献

[1]Anderson KD (2004) “Targeting recovery: Priorities of the spinal cord- injured population” J Neurotrauma 21:1371-1383.
[2]Smith AM, Hepp-Reymond MC, Wyss UR (1975) “Relation of activity in precentral cortical neurons to force and rate of force change during isometric contractions of finger muscles” Exp Brain Res 23(3):315-32.

論文タイトル

“Spinal premotor interneurons mediate dynamic and static motor commands for precision grip in monkeys”
(脊髄前運動性介在ニューロンは把握運動時の動的および静的運動司令を伝達する)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
武井 智彦(タケイ トモヒコ)、関 和彦(セキ カズヒコ)
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部
〒187-8502 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel:042-346-1724 Fax:042-346-1754
E-mail:seki@ncnp.go.jp

<JSTの事業に関すること>
川口 貴史(カワグチ タカフミ)、木村 文治(キムラ フミハル)、稲田 栄顕(イナダ ヒデアキ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:presto@jst.go.jp

<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkoho@jst.go.jp

国立精神・神経医療研究センター 広報係 今井
Tel:042-341-2711 Fax:042-344-6745
E-mail:mimai@ncnp.go.jp

自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周(コイズミ アマネ)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp

 

神経と神経の"つなぎ目"(シナプス)の「数」と「サイズ」は、どのように決まっているの? ―神経細胞シナプスにおける脂質修飾酵素DHHC2の役割を解明―

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内容

脳の中で信号を伝える役割をしている神経細胞は、神経細胞と神経細胞の間にシナプスと呼ばれる“つなぎ目”をつくり複雑な神経回路を作っています。シナプス一つ一つの大きさは1ミクロン(マイクロメートル)ほどですが、神経細胞1個あたり1万個にも及ぶシナプスがあり、それが神経細胞内の正しい「場所」で、一定範囲の「数」と「サイズ」で一生涯維持されます。一方、 それら“つなぎ目”(シナプス)の数、サイズ、伝達効率は、経験や刺激の種類に応じて柔軟に変化することも知られています。こうしたシナプスの“精緻性”と“柔軟性”は、脳の発達や高次機能に不可欠であり、そのバランスの破綻が様々な神経系疾患の発症につながります。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の深田正紀教授ならびに深田優子准教授の研究グループは、最先端の顕微鏡と新たに開発した蛍光プローブを用いて、生きた神経細胞のシナプスがダイナミックに変化する様子を直接‘視る’ことに成功しました。これによって、シナプスがさらに小さなナノサイズの構造単位(ナノドメイン)が集まってできていることを発見し、脂質修飾酵素DHHC2がその数とサイズを制御していることを明らかにしました。本研究成果は米国の細胞生物学誌(Journal of Cell Biology)に掲載されます(2013年7月8日号)。

研究グループは、脂質修飾酵素DHHC2に注目。この脂質修飾酵素は、神経細胞の中でもシナプスが存在する樹状突起と呼ばれる突起に多く存在しています。この酵素はシナプスの土台となるタンパク質(PSD-95と呼ばれるタンパク質)に脂質(パルミチン酸という脂肪酸の一つ)をくっつけ(脂質修飾)、シナプスの位置を決めます。研究グループは、この酵素によって脂質修飾されたPSD-95を生きた細胞で’視る’ことができるプローブを開発し、最先端の特殊な蛍光顕微鏡(STED超解像顕微鏡)で観察しました。すると、1つ1つのシナプスは、脂質修飾されたPSD-95 からなる更に小さなナノサイズの構造単位(ナノドメイン)が集まってできていることを発見しました。また、シナプスの「数」や「サイズ」は、シナプスに存在するDHHC2の働きによって維持されていることを明らかにしました。さらに、DHHC2は神経の活動に応じてダイナミックにシナプスの「サイズ」を変化させることを明らかにしました。

深田教授は「今回見出した脂質修飾酵素DHHC2は、シナプスを正常に維持することで、脳の働きの原動力となっていると考えられます。今後は、記憶や学習などにおけるDHHC2の役割を明らかにするとともに、DHHC2の機能異常と精神発達遅滞や認知症など脳病態との関連を明らかにすることが必要であると考えます。DHHC2の酵素活性を修飾する薬剤は、脳疾患の魅力的なターゲットとなるかもしれません。」と話しています。

本研究は、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSPO) (H18-21) (研究代表者深田正紀)による支援の下に、仏国キュリー研究所のフランク・ペレス博士らとの国際共同研究として開始しました。その後、本研究は、最先端・次世代研究開発プログラム(内閣府) (H22-25)(研究代表者深田正紀)による支援を受けて行われました。

今回の発見

1.超解像顕微鏡(STED顕微鏡)と新たに開発した蛍光プローブを用いることにより、これまで知られていなかったシナプスの中のナノサイズのサブドメインを発見しました。
2.脂質修飾酵素DHHC2によって、シナプスが正しい「数」と「サイズ」で維持、再構築されるメカニズムを解明しました。

図1 神経と神経の“つなぎ目”、シナプスとは?

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神経と神経の“つなぎ目”であるシナプス。シナプスは、2つの神経細胞(シナプス前部とシナプス後部と書いてある神経細胞)のつなぎ目です。大きさが、約1ミクロン(マイクロメートル)ほどで、髪の毛の太さの100分の1ほどの小さな小さな突起が互いに結合しています。その体積は、1ミリリットルのおおよそ1兆分の1となります。
また、シナプス後部には、シナプス・タンパク質であるPSD-95が土台として存在しています。
このような極めて微小な部分で起きている化学反応は、試験管を用いるような通常の方法で調べることはできません。そこで、その中で起きているダイナミックな変化をのぞくために、最先端の蛍光顕微鏡技術が活躍しています。

図2 1つの神経細胞は1万にも及ぶ“シナプス”で他の神経細胞と“つなぎ目”をつくり情報交換を行っている

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星の数ほどある小さなシナプス(赤い点、直径1マイクロメートル未満)は、一定の範囲でサイズと数が維持されている。いったいどのようにしてシナプスができる場所と数、サイズが決まるのだろう。神経細胞の核(遺伝子情報が貯蔵されている場所、直径10マイクロメートル程度)を青色で示した。左下に拡大図を示した(矢印がひとつひとつのシナプスを示す)。

図3 シナプスを超解像度で観察することに成功し、ナノドメインに分かれていることを発見

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今回、新たに脂質修飾(パルミトイル化)されたシナプス・タンパク質(PSD-95)だけを検出する蛍光プローブを開発し、生きた神経細胞のシナプスを可視化することに成功しました。また、超解像STED顕微鏡(右)を用いることで、従来の共焦点顕微鏡(左)ではひとつのかたまりにしか見えなかったシナプスが、実はナノ単位の幾つかの構造(ナノドメイン)の集まりであることが分かりました。また、一つのナノドメインは平均の直径が約200 ナノメートルであることが分かりました。シナプスは1から4あるいはそれ以上のナノドメインが集まってできていました。

図4 脂質修飾酵素DHHC2の働きによって、シナプスの「数」と「サイズ」が決まっていることを発見

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シナプス・タンパク質PSD-95を脂質修飾(パルミトイル化)する酵素のうち、シナプスに存在するDHHC2が機能しないとナノドメインが作られず、しいてはシナプスの「サイズ」や「数」が減少することがわかりました。

<参考> 超解像顕微鏡 (STED顕微鏡)
STED顕微鏡は、青色の励起光にあわせて、STEDビームとよばれるドーナツ状の長波長の光をあてることにより、中心のごく一部の蛍光を解像度高くとらえる最先端の顕微鏡技術です。
従来の共焦点顕微鏡で撮影した画像に比べるとSTEDによる画像はより高い空間分解能(理論的には80 ナノメートル)を有し、これまで見逃されていた微細構造や動態をより正確に解析することが可能となってきました。

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この研究の社会的意義

DHHC2の機能異常と精神発達遅滞や認知症など脳病態との関連も

脂質修飾酵素DHHC2によって、神経と神経の“つなぎ目”(シナプス)の数とサイズが精緻にダイナミックに調節されていることがわかったことから、この酵素が正常に機能することが、脳の高次機能に不可欠であると考えられます。今後は、記憶や学習などにおけるDHHC2の役割を明らかにするとともに、DHHC2の機能異常と精神発達遅滞や認知症など脳病態との関連も調べます。DHHC2の酵素活性を修飾する薬剤は、脳疾患の魅力的なターゲットとなるかもしれません。

論文情報

Local palmitoylation cycles define activity-regulated postsynaptic subdomains
Yuko Fukata, Ariane Dimitrov, Gaelle Boncompain, Ole Vielemeyer, Franck Perez, and Masaki Fukata
米国の細胞生物学誌(Journal of Cell Biology)2013年7月8日発行

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門 教授
深田 正紀(フカタ マサキ)
〒444-8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5-1
Tel:0564-59-5873 Fax:0564-59-5870
E-mail:mfukata@nips.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門 准教授
深田 優子(フカタ ユウコ)
〒444-8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5-1
Tel:0564-59-5873 Fax:0564-59-5870
E-mail: yfukata@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp




 

みらいの科学者大集合14   見えない真実をみる 顕微鏡がひらく生物の世界 ―レーウェンフック顕微鏡でミクロの世界を見てみよう!―

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内容

 生理学研究所は、岡崎市保健所とタイアップのもと、7月20日に岡崎げんき館にて恒例の「第27回せいりけん市民講座」を開催いたします。
 今回は、夏休み中ということで、永山 國昭 特任教授(生理学研究所)による子供向け(小学生以上&ご家族等)の体験教室&講演会を開催します。歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物の観察をおこなったレーウェンフックの顕微鏡の復刻版や、最新の実体顕微鏡を使い、実際にミドリムシや花粉、毛髪などを観察してみます。講演会は、永山教授が開発した最先端の位相差電子顕微鏡についての講演です。


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レーウェンフック顕微鏡(復刻版)


 

 

 

 

  ・タイトル
 見えない真実をみる 顕微鏡がひらく生物の世界
-レーウェンフック顕微鏡でミクロの世界を見てみよう!-
・場所 岡崎げんき館
・日時 7月20日(土曜日) 13:30~15:00
参加自由、無料。先着200名まで。
 

お問い合わせ先

自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
小泉 周 (コイズミ アマネ)准教授
永田 治 (ナガタ オサム)技術係長
TEL:0564-55-7722 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp


痒みを想像しただけで痒くなる!その脳内メカニズムの一端を解明

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内容

他人の痒みを見たり、痒みを想像したりすると、痒くなったり、体を掻いてしまったりします。このような現象は以前から知られていました。しかしながら、その脳内メカニズムはわかっていませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の望月秀紀特任助教、柿木隆介教授は、ハイデルベルグ大学と共同で、痒みを見たり想像したりすると、島皮質と大脳基底核の機能的なつながりが強化され、それが原因で掻きたくなるという現象が起こる可能性を明らかにしました。本研究成果は学術専門誌PAINの10月号に掲載されます(6月12日早期電子版掲載)。本研究は、アレキサンダー・フォン・フンボルト財団の支援をうけて行われました。

研究グループは、痒みを想像させる写真を見せたときの脳の活動を、磁気共鳴断層画像装置(fMRI)を使って調べました。その結果、痒みを想像できる画像を見たときには、情動をつかさどる島皮質(とうひしつ)と呼ばれる部位の活動と、運動の制御や欲求をつかさどる大脳基底核の活動の間で相関性が高まることを明らかにしました。すなわち、島皮質と大脳基底核の機能的なつながりが強化され、それが原因で掻きたくなると考えられます。

望月助教は、「抑えられないほどの掻きたいという欲求の際には、今回発見した島皮質と大脳基底核の機能的なつながりが強くなっているものと考えられます。もしこのつながりを上手にコントロールできれば、アトピー性皮膚炎などで問題となっている制御困難な掻破欲求・掻破行為を制御する新たな治療法開発につながることが期待されます」と話しています。

今回の発見

1.痒みを想像しただけで痒くなるときの脳の働きをfMRIを使って調べました。
2.痒みを想像すると、情動をつかさどる島皮質(とうひしつ)と運動の制御や欲求をつかさどる大脳基底核の間で、機能的なつながりが強化されることを明らかにしました。

図1 痒みの画像をみただけで痒みが想像され、痒くなる

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痒みを想像できる画像(画像元:有限会社モストップ)を見せたときの脳の反応をfMRIを使って調べました。

図2 島皮質と大脳基底核の機能的なつながりが強化される

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他人の痒みを見たり、痒みを想像したりすると、情動をつかさどる島皮質と、運動の制御や欲求をつかさどる大脳基底核の活動が高まり、機能的なつながりが強くなることがわかりました。このつながりは、掻破欲求や掻破行為の誘発に関係する可能性があります。

この研究の社会的意義

抑えきれない掻破欲求や掻破行為の脳内メカニズム
今回の成果から、痒みの画像をみたり想像するだけで、情動をつかさどる島皮質と、運動の制御や欲求をつかさどる大脳基底核の活動が高まり、機能的なつながりが強くなることがわかりました。もしこのつながりを上手にコントロールできれば、アトピー性皮膚炎などで問題となっている制御困難な掻破欲求・掻破行為を制御する新たな治療法開発につながることが期待されます。

論文情報

Cortico-subcortical activation patterns for itch and pain imagery.
Mochizuki H, Baumgärtner U, Kamping S, Ruttorf M, Schad LR, Flor H, Kakigi R, Treede RD.
Pain. 2013 Jun 12. pii: S0304-3959(13)00312-6. doi: 10.1016/j.pain.2013.06.007. [Epub ahead of print]
学術誌PAIN 10月号掲載(早期電子版2013年6月12日掲載)

お問い合わせ先

<研究に関すること> 
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節研究部門
柿木 隆介 教授
Email: kakigi@nips.ac.jp
電話:0564-55-7756(秘書室)

望月 秀紀 特任助教
Email: motiz@nips.ac.jp
電話:0564-55-7753(居室)

*基本的には秘書室あるいは居室に電話をいただきたいと思います。

<広報に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp




 

日本学術振興会「ひらめき☆ときめきサイエンス」開催について(8月26日 開催)

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内容

脳や体を動かす電気信号でロボットアームを動かしてみよう!II

人の脳や体はどうやって働いているのでしょうか? じつは電気信号で働いています。電線の役割をする神経を電気信号が伝わり、脳や体が働きます。
 でも、この信号はとても小さくて普段は感じることができません。そこで、簡単に人体で働く電気信号を取り出すことができる生体電気測定回路”マッスルセンサー”を使用して体験してみます。

毎年恒例のこの企画ですが、今年は、愛知県下の高校9校の高校生23名に参加していただきます(すでに募集は閉め切っています)。

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(昨年開催時の写真)
http://www.nips.ac.jp/public/hiratoki/

 

開催日:平成25年8月26日(月) 11:00 ―17:00
会 場:自然科学研究機構 岡崎コンファレンスセンター(愛知県岡崎市)
主 催:自然科学研究機構 生理学研究所 情報処理・発信センター 広報展開推進室
共 催:日本学術振興会
協 力:愛知県立岡崎高等学校

文部科学省"情報ひろば"における常設展示について (8月~11月)

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内容

文部科学省「情報ひろば」にて「脳神経科学の現在と未来」の展示

自然科学研究機構 生理学研究所は、平成25 年8 月1 日(木)~11月末(予定)まで、文部科学省 情報ひろば「科学技術・学術展示室」(東京都千代田区、旧文部省庁舎3 階)で、生理学研究所で行われている最先端の脳科学研究や研究に用いられている技術を紹介する「脳神経科学の現在と未来」についてパネルおよびデモ機器を用いた展示を行います。

■テーマ: 脳神経科学の現在と未来 -研究を支える様々な技術-

■展示期間
平成25 年8 月1 日(木)~11月末(予定) ※開館は午前10 時~午後6 時

■展示場所
文部科学省 情報ひろば「科学技術・学術展示室」
(東京都千代田区霞が関3-2-2 旧文部省庁舎3 階)
※文部科学省情報ひろばについては、下記の文部科学省Web サイトを御参照ください。
http://www.mext.go.jp/joho-hiroba/index.htm

■企画展示の概要:
脳は、人類にとって最後のフロンティアであり、多くの研究者が脳の仕組みや働きを知る挑戦をしています。この未知なる脳を研究するために、様々な技術を総動員して、「脳の働きを可視化する」努力が行われています。また、脳神経科学が扱う領域は非常に広がってきており、分子から神経細胞、そして、脳そのもの、あるいは、人の社会的行動における脳の相互作用に至るまでが研究対象となっています。そうした様々なレベルを統合的に扱う古くて新しい脳研究の技術が求められています。本企画は、文部科学省の大学共同利用機関である生理学研究所の共同利用研究を通じて行われている脳神経科学研究を中心に、現代の脳神経科学を支える「脳の働きを可視化する」様々な技術を、分子から脳、社会脳に至るまで階層的に御紹介します。特に、蛍光物質とそれを用いた研究手法を、ポスター展示と実物展示で御紹介します。

■展示内容
<ポスター展示>
・分子から神経細胞、そして、脳そのもの、あるいは、人の社会的行動における脳の相互作用に至るまで、「脳を可視化する」技術を紹介するポスター
・蛍光物質を用いた研究手法を紹介するポスター(蛍光顕微鏡の仕組みなど)
<実物展示>
・蛍光顕微鏡による蛍光物質で光らせた脳標本の観察
ノーベル化学賞受賞“緑色蛍光タンパク質(GFP)”などの蛍光物質で光らせた脳標本(マウス)を、蛍光顕微鏡を用いてのぞいていただきます。

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・蛍光顕微鏡の仕組みを示す展示物
 蛍光顕微鏡の基礎となる色(波長)により蛍光を励起光から分離する技術(ダイクロイックミラーの仕組み)について、その仕組みを紹介するデモンストレーション機器を操作していただきます。

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■内容に関して連絡先
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp

炎症時の痛みに「ワサビ受容体」が関わる仕組みを明らかに ― 炎症性疼痛や神経障害性疼痛の発生にワサビ受容体のスプライスバリアントが関与する

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内容

 痛み刺激を感知するセンサーの1つにワサビの辛みを感知するワサビ受容体があります。ワサビ受容体は全身の皮膚の神経にもあり痛みセンサーとして働いていることが知られていますが、炎症時の痛みや神経障害後に起こる痛みにワサビ受容体がどのように関わるかは明らかではありませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の周一鳴研究員と富永真琴教授は、マウスのワサビ受容体であるTRPA1(トリップ・エーワン)にスプライスバリアント(一つの遺伝子から複数種類のタンパク質が作られる仕組みによって生成される構造の異なるタンパク質)が存在し、その構造の異なるTRPA1スプライスバリアントが炎症時や神経障害後に増えることによって痛み増強につながることを明らかにしました。本研究結果は、Nature誌の姉妹誌であるネーチャー・コミュニケーションズ(9月6日電子版)に掲載されます。
 

研究グループは、マウス感覚神経のTRPA1というイオンチャネルに注目して、普通のTRPA1タンパク質より30アミノ酸だけ小さいスプライスバリアントが存在することを見つけました。普通のTRPA1をTRPA1a、スプライスバリアントをTRPA1bと名づけました。TRPA1 DNAからの転写過程においてTRPA1a mRNA(エムアールエヌエー)とTRPA1b mRNAができて、それぞれが翻訳されて2つのTRPA1タンパク質が生成されるのです。細胞の中でTRPA1aとTRPA1bが結合することによって、細胞膜にTRPA1a/TRPA1b複合体量が増えることがわかりました。

さらに、今回発見したTRPA1a/TRPA1b複合体の働きを調べるために、活性化メカニズムの異なる2つのTRPA1活性化剤(AITC: ワサビの辛み成分アリルイソチオシアネートと2-APB: ツーエーピービー)によって活性化したTRPA1を介して流れるイオン電流を測定したところ、TRPA1aとTRPA1bの両方があるとより大きな電流が観察されました(図1)。TRPA1bだけでは電流は見えませんでした。さらに、炎症性疼痛モデルマウスの感覚神経で、炎症発生後にTRPA1b遺伝子(mRNA)量がどんどん増えていくことがわかりました(図2)。神経障害性疼痛(神経に障害が起こった後に、神経損傷自体は治癒しても痛みが続く状態で、慢性疼痛の一種)モデルマウスでも同様にTRPA1b遺伝子(mRNA)量が増えました。こうした炎症性疼痛モデルマウスや神経障害性疼痛モデルマウスの感覚神経ではTRPA1の応答性は増大していることから、TRPA1bの増加によってTRPA1活性が増大して痛み増強につながっていると考えられました(図3)。

富永教授は「今回の研究で、ワサビ受容体TRPA1が炎症性疼痛や神経傷害性疼痛の発生に関わる分子メカニズムが明らかになりました。スプライスバリアントが増えないようにすることが痛みの発生をおさえることから、新たな鎮痛薬開発につながるかもしれません。」と話しています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見


1.痛みセンサーとして働くワサビ受容体TRPA1に新しいスプライスバリアントが存在することが分かり、スプライスバリアントがあるとTRPA1電流が大きくなりました。
2.そのスプライスバリアントがマウスの炎症性疼痛モデルや神経傷害性疼痛モデルで増えることがわかりました。
3.スプライスバリアントはTRPA1の機能増強をもたらすことから、炎症性疼痛や神経傷害性疼痛における痛み発生にスプライスバリアントが関わっていることが示唆されました。

図1 TRPA1a とTRPA1bの複合体のTRPA1機能(電流)への効果

press20130906tominaga-1.jpg普通のワサビ受容体(TRPA1a)とTRPA1のスプライスバリアント(TRPA1b)をもった培養細胞の2種類のTRPA1活性化剤に対する反応。TRPA1bだけをもった細胞ではTRPA1の応答は見られませんでした。TRPA1aとTRPA1bの両方をもった細胞では、TRPA1aだけをもった細胞より大きな電流応答が観察されました。TRPA1aとTRPA1bの両方があることによってTRPA1機能が増強することがわかりました。これは、痛みが強くなることにつながると考えられます。

図2 炎症性疼痛モデルにおけるTRPA1b遺伝子の発現変化

press20130906tominaga-2.jpg正常マウスではTRPA1b遺伝子(mRNA)は14日まで変化しませんが、CFA(シーエフエー)という起炎物質を足底に注射した炎症性疼痛モデルマウスでは、TRPA1b mRNA量がどんどん増えていくのがわかります。神経障害性モデルでも同様の現象が認められました。

図3 TRPA1bの量と疼痛増強のモデル図

press20130906tominaga-3.jpg炎症時や神経障害時にはTRPA1bが増えて、感覚神経細胞膜上のTRPA1a/TRPA1b複合体量が増加します。そして、TRPA1の応答性が増強して大きな電流が流れることによって痛み増強につながると考えられます。

この研究の社会的意義

TRPA1のスプライスバリアントをターゲットとした新しい創薬戦略の提唱

今回の発見で、ワサビ受容体TRPA1が炎症性疼痛や神経障害性疼痛の発生にかわる仕組みが分かりました。TRPA1bと同一のものはヒトでは見つかっていませんが、同様のことがヒトでも起こっていると想定されるため、TRPA1のスプライスバリアントやその調節因子が炎症性疼痛や神経障害性疼痛の治療のための新しい創薬ターゲットになることが期待されます。
 また、病態時における選択的スプライシングの役割の解明につながることが期待されます。

論文情報

Identification of a splice variant of mouse TRPA1 that regulates TRPA1 activity. 
Yiming Zhou, Yoshiro Suzuki, Kunitoshi Uchida & Makoto Tominaga.
Nature Communications.   2013年 9月6日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永真琴 (とみなが まこと)
Tel: 0564-59-5286   FAX: 0564-59-5285 
email: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721 
pub-adm@nips.ac.jp

はじめて明かされたウイルス感染生活史の全容:位相差電子顕微鏡の金字塔

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内容

 電子顕微鏡の一技術として、急速凍結法が近年開発され、氷に封じられた細胞やウイルスを生状態で観察できるようになった。ホルマリン漬けにしたり、重金属で染色したりする破壊的試料作成法を避ける画期的手法であるが、像のコントラストが弱く微小形態の特定が困難であった。この問題は生理研の永山教授らが開発した位相電子顕微鏡法により解決され、共同研究者のWah Chiu教授率いるベイラー医科大のグループにより、地球上炭酸ガス固定の主役シアノバクテリア中でのウイルスの立体構造形成の解明に応用された(図1)。感染初期にまずウイルスの外殻ができ、次にDNAゲノムがその中に封入され、最後に角や尾が出来る形作りの過程(図2)が明らかにされ、ウイルス感染の生活史モデルが提出された(図3)。


 無染色で透明な生きた細胞の微細観察を最初に可能としたのは、光学顕微鏡の位相差法で、オランダのFritz Zernikeにより発明され1953年のノーベル物理学賞に輝いた。同じ方法を電子顕微鏡に応用する試みは50年以上続けられてきたが、その成功は21世紀になりはじめて生理研永山教授のグループにより達せられた。鍵となったのは、位相差法の心臓部である薄い炭素膜でできた位相板の帯電防止法の確立だった。今回のウイルス感染生活史研究はこの位相差電子顕微鏡が医学生物学研究に真に役立つ強力な方法であることを実証する金字塔といえる。

永山教授は「今回の研究で、10年来地道に続けてきた位相差電子顕微鏡の開発研究が医学、生物学分野で正しく評価されることを期待している。」と話しています。

本研究は国際共同研究として行われました。参照:(https://www.bcm.edu/news/biochemistry-and-molecular-biology/tecnique-sharpens-view-of-phage-assembly)

今回の発見

1.シアノバクテリア内のウイルス感染生活史は地球上炭酸ガス固定の主役シアノバクテリアの生態系を明らかにする。
2.今回のウイルス感染生活史全容解明と同等のことがヒト細胞で可能となれば、ウイルス感染対策の前進が期待される。
3.位相差電子顕微鏡が医学生物学研究の最先端を切り拓く有力な方法であることが実証された。

図1 シアノバクテリアと感染したウイルス(バクテリオファージ)の立体像。金色の楕円構造がバクテリアの細胞壁。バクテリア内にちらばる赤紫色粒子がウイルス

nagayama-press20131025-1.jpg急速凍結法により氷に閉じ込められたシアノバクテリアについて、位相差電子顕微鏡より内部のウイルスを含めたシアノバクテリアの微細立体構造が明らかとなった。(ベイラー医科大のホームページより)

図2 感染過程で変わるのウイルスの立体構造(左側:位相差電子顕微鏡像、右側:ウイルス立体構造モデルー下から上に成人型)


Nagayamapress20131025-2.jpg

感染初期にシアノバクテリアに注入されたウイルスのゲノムDNAはその遺伝情報を使い、シアノバクテリアにウイルスの蛋白質外殻(キャプシド)を作らせる。そのキャプシドがDNAを内包し最後に角や尾を付加する感染生活史の全容が、各段階の立体構造解明により明らかになった。(Nature論文より)

図3 細胞内でのウイルス感染生活史モデル

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図2に示す各段階の立体構造がどのような順序でウイルス形成に関わるのか。その形成過程を示す生活史モデルが構築された。(Nature論文より)

この研究の社会的意義

 地球上炭酸ガス固定の主役シナノバクテリアのウイルス感染生活史解明を通じ、CO2問題の解決につながる期待および位相差電子顕微鏡法によりヒトウイルス感染の詳細が解明され、予防や治療につながる期待がある。

論文情報

Visualizing virus assembly intermediates inside marine cyanobacteria. 
Wei Dai, Caroline Fu, Desislava Raytcheva, John Flanagan, Htet A. Khant, Xiangan Liu, Ryan H. Rochat, Cameron Hasse-Pettingell, Jacqueline Piret, Steve J. Ludtke, Kuniaki Nagayama, Michael F. Schimid, Jonathan A. King & Wah Chiu.
Nature.   2013年10月31日号

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 特別研究
特任教授 永山國昭 (ナガヤマクニアキ)
Tel: 0564-59-5212   FAX: 0564-59-5212 
email: nagayama@nips.ac.jp, knagayama100@gmail.com 

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp


 

 

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